ベス・チャトー(Beth Chatto)の奇跡のガーデン

 

Beth

良きガーデナーは良き母のようなもの 植物が満足して育つようにしてあげなさい

 

 

 

         ベス・チャットー(Beth Chatto)の奇跡のガーデン

 

 

 今や世界中にたくさんの園芸家はいらっしゃいますが、中でもここでご紹介申し上げますベス(85歳)は特別な存在のガーデナーと思って疑いありません。確か先週ハイビジョンで放映されましたが、下記に掲載しましたベスの顔写真入りの本は、実は僕の大切な聖書にも似た本となっており、ベスの植物に対する考え方が真摯に書かれてある素晴らしい本なのです。何が素晴らしいか、どこが奇跡かと申しますと、ロンドンから南西に行ったところにコッツウォルズという大変土壌がいいところで、イエロー・ブックにもその多くが登場しているガーデナーの憧れの村があるのですが、ベスのいるエセックス州のコルチェスターは、ロンドンから車で1時間半ほど北東に行ったところで、コッツウォルズとは何もかも正反対で、強い風が年中吹き荒れる北海に面し、土壌は酸性で植物には非常に悪い場所なのです。二重三重の悪さが重なってあります。4000年~1万年前に溶け出した氷河のせいで、砂利が混じった酸性土壌が中心であるからです。しかも下層には大変重い粘土があります。それをベスは、先ず手始めに土壌改良から徹底的に手を入れました。そこが奇跡の第一です。雑草は少ししか咲かない場所を見事に花のガーデンとして再生させたのですから。

 ベスはイギリス一有名なフラワーアレンジの大家です。チェルシー・フラワー・フェスティバルで連続10年グランプリを獲得、何十類もの植物を組み合わせたアレンジメントは素晴らしいの一語につき、天性のセンスの良さも加わって、ついに大英国勲章まで「永年のガーデニングへの功績」として輝いています。実はベスのアレンジメントに最も影響を与えたのは、何と日本の生け花だったのです。「天・地・人」という思想や考え方は、ベスの庭造りにも深く関わっています。

 ハリケーンによってなぎ倒された雑木林を「森の庭」に変身させました。石ころだらけの不毛の土地から出て来た無数の石ころを利用して「砂利の庭」にしました。雑草だらけでぬかるんだ湿地帯の水辺を「水辺の庭」にしました。ベスは凡そ2万坪の広大な土地に、そうして美しい奇跡の庭を永年に渡って創造して行ったのです。今や世界一のプランツ・ウーマンであるベスは私たちに何を教え何を語り掛けているのでしょう。

 ここまで下書きしてあったのですが、無論もっと書き足したいと存じます。でも今日12月14日午前10時から、NHK・BS2でアンコール放送「ベス・チャトー 荒れ地に育む奇跡の庭 四季」としてベスの庭が四季を通して描かれた映像が再放送されています。僕の、この原稿の完成は後回しにして、もし運良くこの記事を御覧になられればと思い、是非ベスの庭を御覧下さい。又後日に!

 「心の師匠」「プランツの師匠」「土質改良の師匠」、僕はどうにでも表現出来る方ですが、ここにちゃんと聞き取り見取りを書きたいと思っています。

 

   <この部分から、ベスの写真までが書き足し部分です>  

                     (この部分は午前2時から書き初めて終了した時間は4時 未だ本来やるべき仕事が少々残っています 頑張ります)

 夫アンドリュー・チャトーはりんご園を経営していました。ベスは子供の時から庭造りが大好きで、ご両親の影響もあったのでしょう。将来庭造りしたいなぁというのが乙女心の夢だったのです。そしてそんな彼女に素晴らしいチャンスが参ります。ベス17歳で、アンドリュー32歳の「信じられない速さ」で結婚しました。チャトー家は代々りんご園の旦那さまだったのです。ベスは初めてアンドリューを見た一瞬の電撃は大きく美しい瞳を持った大男で、植物の造詣に深く、物凄い勉強家であったということ、つまりただのリンゴ園の跡取り息子ではなかったのでしょう。これはベスのちょっとした自慢話です。夫のアンドリューは単なる継承者ではなく、植物学方面で大変詳しい上、同時に熱心な研究者であったのです。植物の原産地の研究やそれぞれの植物の性質や性格などを詳しく調べ上げ、そうした資料や植物分布の地図さえあり、現在実際に近くのサウスヨークシャー州立シェフィールド大学に大量に保管されています。日本で活躍していた当時の友人を頼って日本の植物にも頗る詳しい人で、それらの資料は園芸家や生態学者にとって垂涎の的で、非常に興味深く素晴らしい資料でした。ベスにとってのアンドリューは又とない良き伴侶でありました。婚前『運命の人よ』と吹聴したぐらいですから。そのアンドリューが、その後妻・ベスに多大な影響を与えたことは言うまでもありません。二人のお子さんに恵まれましたが、その辺は今回の放映には含まれておりませんでした。

 ベスは、第一次世界大戦後夫アンドリューとともに、アルプスに出掛けました。これがベスを大きく決定的に変えたようです。岩肌の吹き曝しの中で懸命に生きている花々を見て、故郷でも充分園芸は出来るんだわと確信して凄い感動をしたようで、帰ってから直ぐ一週間ごとの降雨量を付け出します。これは現在でも50年間続いている大切な年中行事で、干ばつ対策や逆に雨量の多い年の対策の目安となる参考資料となったのです。普通日記が三日と続かない人が多いのに、その熱心さから彼女のひたむきさがヒシヒシと伝わって参ります。最初小さな沼を造りましたが、樹間から見える豪快な雲に見惚れて、ヨ~~シ大きな沼を造ってやれとアンドリューに持ち掛けるのですが、りんごの果樹で忙しいアンドリューには話し相手になる余裕がなかったのでしょう。ベスは自身で判断し早速大きな沼を造ってしまいました。「自然はコピー出来ない。人は自然に導いてもらうことが出来ても」、これが最初の信念です。従って植物の性格や性質を徹底的に調べ、海外から大量に性格ごとに買い取ったり、日ごとに造園の仕事は過酷を極めたようです。氷河時代からやって来た瘠せた酸性の不毛な砂利土、その下には重い重い粘土質の土壌がゴッソリあって、幾らベスにでも相当こたえたようです。でも枯葉を集めては自然の状態で蒸して腐葉土造り(最低2年間寝かせて発酵させる)に熱心に取り掛かって、堆肥づくりからやり遂げたのです。手伝う人は皆無ではなかったのでしょうけれど、大変な作業で重労働だったはずです。砂利土に腐葉土を丹念に混ぜ、何とか植物を植えられる条件の、普通に栄養がある状態の土に創りました。その準備だけで10年の月日を充分費やしています。或る日夫・アンドリューが突然病で倒れた時、ベスは家計を助けるために、販売用に多種多様な苗を育てました。湿地を好む植物、日当たりを好む植物、日陰が好きな花、水気を欲しがらない花などを区分けし、その性質ごとに仕分け展示して販売したのですが、それが分かりやすいと評判になり大成功をおさめました。庭創り専用に必要な多くの協力者も得たのもこの頃です。「水に石ころを投げるでしょ、すると小波の波紋が次第次第に外に広がって行くじゃない、それと同じことなのよ」と確信した様子でした。造園担当のベン・フォードは最も信頼した人で、その協力な助っ人も出来ました。お陰で、大きな沼地が出来、やっと水生植物を植えることが出来たのです。

 「ガーデニングは芸術である。ガーデニングとは世界中の様々な植物の組み合わせた芸術である」とベスはよく性質を心得、植物の配置に心配りをしました。それまでの園芸家は殆ど色味だけでやっていました。画材にただ赤だの青だのと塗って行くだけの英国園芸界はそんな程度でした。でもそれを完全に止めさせたのです。科学を尊重し、同じ性質の植物を、それなりに適応する土地を造り、そこに集中して集めました。そしてその後ベスに強い影響を与えた画家がいました。花の画家モリスは、自分で考案して人工交配を重ね、新しい新種を次々と創るのが大得意で楽しみでした。だがやがて1982年、ベスに多大な影響を与えたモリスはパッタリと急死します。悲しみの中ベスはモリスは色の選択だけで、肝心な風景は一つも描かなかったことに気付きました。だからベスは自分の庭にはモリスにはない風景を描きたいとキッパリと心に決めました。奥の森の庭、手前の水辺の庭、そしてこれから後で詳しくご説明いたしますが、砂利の庭と。日本の枯山水を模した風景を描くように、大量に出た砂利で砂利の道を造り、所々植物の島を創りました。そこは乾燥に強い草木を植え、水遣りを一切しない新しい実験にこだわり取り組みました。時代の風とともに、エコ庭園とでも言うべきでしょうか。それを始めて2年後、とんでもない干ばつが出あったことがありました。ベスはみんなと議論して考えます。植物に水をあげるべきかどうかと。草木だってストレスが貯まってどうしようもなく弱くなって来ているのではないかと。だから可哀想で水遣りをしたいのと主張するベスと、嫌今まで頑張って来たじゃないですか、今更水泡に帰するのかとベンは主張します。お互いに誠意を持って議論し合いました。でもこの議論は全く無駄ではありませんでした。そこでどうしたかと申しますと、草木の枝木を豪快にバッサバッサと刈り込んで、植物に余分なストレスを掛けまいと努めました。それでどの植物も最少の水でも元気に生きぬいて、どうにか乗り切ることが出来たのです。ベンの言う通りだったわぁと素直に認めるベスでした。ベンもにっこり!

 もっともベスは、フラワーアレンジメントのアーチストとして当時既に有名になっていました。沼地に咲く花、それだけを集めてアレンジをしたり、乾燥地帯に生える花だけを集めてアレンジしたり、性質の異なる植物は決して同じものには入れませんでした。植物の性質やどんな場所で育ったものかを最も大切にした結果なんです。1950代同好会を募り、英国中廻って教え歩きました。アレンジメントこそ、同じ性質と共に同じ環境に適合した花同士を一緒にするというのがベス流の基本原則でした。その結果、あの最も厳しい審査で有名なチェルシー・フラワー・フェスティバルに参加することにします!そこに1960年代頃から果敢に挑戦しています。あっという間にベスのアレンジメントが評判になり、直ぐトップに立てたのです。しかも10年連続グランプリ獲得という栄光に浴したのですから凄いものですね。それだけでも素晴らしいのに、2002年、大英国勲章がチャールズ皇太子から直接受け取られました。同じような環境で育つ植物を使ってアレンジする基本原則と持って産まれた天分と熱心な知識意欲と正しい実践、又永年に渡るガーデニングへの功績がその受賞の理由でした。

 実は彼女のアレンジメントには、日本の生け花の真髄が隠されていたのです。長年日本から生け花の本を取り寄せ、毎月のようにたくさんの生け花の本が読んで、ベスは完全に魅了されます。特に「天・地・人」と言う不均衡の美の素晴らしさから打たれた衝撃は印象的でした。最小の花々で、広い大宇宙を再現する生け花の真髄は技術だけではなく、その精神性がベスに評価されたと言えましょう。ベスは言います。「天・地・人のラインの考え方こそは、デザインの黄金比なのねぇ。多分絵画や音楽や建築にも適応しうることが出来ることでしょう」と。そしてベスの庭で植える草花と木々の組み合わせや立体的な構成の感性はすべて「天・地・人」の考え方から成り立っているのです。中でも実験的な砂利の道は、枯山水のような印象の歩道を創られ、その川のように流れる道の脇に典型的に緑濃い島々が描かれ、人もうらやむガーデナー垂涎の的となって世界一のベス・チャトーズ・ガーデンが誕生したのです。

 今の時代、なかなか若い子が集まらないとベスは嘆いています。園芸の道は辛く厳しく、時季を待つ季節を待つ、そんな忍耐が絶対に必要だからでしょう。でもベスにも可愛い弟子がいます。ディヴィット・ワードは長年の友人ですが、仕事仲間の中に最も若い苦学生のジェイコブ君います。ジェイコブ少年は17歳。思えばベスは17歳で結婚した年でしたね。大変に可愛いがっています。ベス・チャトー・ガーデンに、特に苗売り場には大勢のお手伝いで溢れています。永年来ているものから、苗床担当者クンから、園芸を勉強したくて手伝う子から、遠く日本からやって来た女の子もいるようです。苗の即売場は植物の性質ごとにコーナーで分けられ、そのアイデイアはお客さまには分かりやすく大満足で、選びやすいと大評判です。そうして今後、この庭は誰かに確実に引き継がれて行くことになるのでしょう。

 エコの問題からガーデナーには厳しい水遣り禁止令が出ました。確かにガーデナーにだけは許されるはずもないでしょう。そんな折園芸家として英国一有名な天才園芸家のロイドと知り合いになり、そこからお互いを認め合う文通をすることになるのです。僕ロイドはそんなに道徳的ではないが、水遣りと言っても邸内だけだし、自由に造るのが私の流儀だと。ベスは水の件だけは譲らず、今後益々増えて行く人口のために文明人として少しでも節水をし、ガーデナーだけが特権を持っているようではいけないと反論し、ロイドの負けじと、道徳的な匂いがするのはどうかなぁ、本来自分の庭園は永久に自由であるべきだよと言い返し、時には大喧嘩に発展することもありました。でも文通はロイドが2006年に亡くなるまでずっと続き、それは二人の対照的な考え方や方法論を書かれたものとして勉強するのに最適な本になり、二人からのプレゼントとして出版されています。モリスがベスにパレットをくれて、夫からは科学としてのガーデナーを教えられました。そしてロイドとの議論に明け暮れた文通の往復書簡では明日の園芸のための確信を得、真剣に蓄積されたベスの開かれた財産として、これから後の世の人たちから大いに活用されることになるでしょう。最下部の記事に、その二人の書簡の本名を明記しておきました。

 夫・アンドリューが死亡したのは1999年9月です。夜は日中の喧騒から開放され、ベスは「思い出と猫一匹と植物」が直ぐ傍にいます。でも横になって休んでいても、ベスはあの植物はどうしたろうかとか不図考えるタチなんです。今年85歳、殆ど老齢を感じさせないにこやかで素敵なご婦人です。きっとベスはここに、ベスの植物に対する経験を駆使し、モリスが描かなかった風景画を、自らのでベスの人生観を封じ込め描いたガーデンなのでしょう。私が死ぬ時は落ち葉が散って逝くように、静かに、庭で眠るようにしていたいと最期の言葉です。ノンベンダラリンと過ごして一生を終える人が一方にはいれば、死ぬまで働きづめで、しかもかくも若々しくお元気な様子のベスの人生、何が違うのでしょう。大きな差ではなく、ホンのささいなやる気があるかないかの問題でしょう。問題は継続です。ともかくベスの庭で、ベスの結果を出したのですから、皆さんとともに心から拍手を送りたいと思いました。テレビ中継はここで終了です。ベスからは植物に沿うように似あった育て方をするべきよと、もし天国があったなら人生の中で天国を見つけるべきねとか、植物と私が一体となって人生に意味のある絵を描きたいの、この三つは素敵な僕たちへの伝言と受けとめました。そして『実は結果や業績ではなく、そこに至るまでの過程が実に楽しいのではないでしょうか』とベスのお言葉が最後を結んでいます。ベスよ有難う、きっと日本の櫻にも多大な影響を及ぼすことになるでしょう。 (書き足した部分はここまでです。以上で御座います)

 

ベス・チャトーさん

 僕のバイブルになっている ベスの本です

 

       Beth Chatto’s Gardens

 

There will be little need to introduce Beth Chatto, one of the great woman gardeners of our time and said to be today’s Gertrude Jekyll. She has not only won ten consecutive gold medals at the Chelsea Flower Show, but also the coveted Victoria Medal from the Royal Horticultural Society.

Beth’s special expertise is in her familiarity with plants’ suitability to varying soils and conditions, her own garden being a transformation of several acres of swampland from her husband’s fruit farm. Here she has divided the garden in its natural variations to suit widely differing plants from a water-garden to a dry gravelly Mediterranean-type garden. She adheres to her one strict rule of planting – ‘Pick the plants that naturally thrive in the conditions you have in your garden’. A rule I have tried to follow, but so often break.

This garden presents a very harmonious picture throughout the seasons with carefully placed foliage and texture, this being as important as colour to Beth. In the garden a series of pools runs along a shallow hollow, edged with moisture loving plants. Further up the slopes are sweeping beds containing a rich abundance of bulbs and herbaceous perennials backed with shrubs and trees.

Gardeners will find valuable information and an example of suitable planting for their own microclimate here. Beth’s recognition of soil conditions and her use of the sculptural and architectural value of plants, results in a most pleasing picture of contrasting form and undulating colour, a tapestry in greens.

             I know a bank whereon the wild thyme blows,
             Where oxlips and the nodding violet grows
             Quite over-canopied with luscious woodbine,
             With sweet musk-roses, and with eglantine:
                           William Shakespeare (1564-1616)

                                                      by Ryu

 

コルチカム

秋を告げる花「コルチカム」   春のクロッカスのようなものです ベスはさりげなく株分けし樹のもとに散らして植えています

 

 砂利の道で、ベスは水をやらない方法の植物を育てる新しい実験をしている最中ですが、永年交流したのあったイギリス一のガーデナー・ロイドとの火花散る往復書簡は、最高に興味深く出版されています。水をやるのは自分の範疇だけだからいいんじゃないと主張するロイド、一方世界中人が益々溢れて来る近年の人口増加の事情やエコから、余りにも贅沢に水遣りをしているガーデナーは我侭ではなかろうかと疑問視し主張しています。実際ベスは現在実験中でありますが、この対照的な二人のガーデナーの考え方が、明確に分かって面白く、下記の往復書簡集の本は余りにも有名ですが、二人の思考は、今後の私たちの進路に大きな影響を与えてくれるでしょう。

      「Dear Friend and Gardener: Letters on Life and Gardening」

                           by Beth Chatto and Christopher Lloyd  (Hardcover – 2 April 1998)

 一睡もせず今朝7時に自宅に帰り、何とか再放送まで間に合わせようとしたのですが、パソコンを前にしてどうやらウタタ寝をしてしまったようで不覚の極みです。自分に、とっても腹立たしく本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ただ一人でも多くの方に観て戴きたく、それだけを希望して途中でアップしてしまいました。でも現在のこの記事を完成文と致したく!

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