家族 無念 シャルトル大聖堂

        

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          家族 無念 シャルトル大聖堂

 

 

 15日真夜中、まだ会社で仕事中に、急に容態が可笑しくなって、僕は救急車で運ばれて遂に病院行きとなったらしい。その前後のことはよく覚えていない。現在院内で三本点滴中である。その日の夜だったと思う。CEOが青い顔してやって来て、休んでいた僕をハッシと抱き上げるようにして「御免ね、あなたを大事にしてなかったね」とポロポロと涙を零す。でも僕は、まだ意識が半分程度で何が何だか分からなかったから泣けなかった。何事があったのか、実にさっぱり分からなかいが、僕は仕事中に急に倒れこんでしまったらしい。その後、当病院の先生による事後報告では、僕は血圧が一瞬異常に高くなって、寸でのところで「蜘蛛膜下(くもまっか)出血」かになるところだった言う。素早い異様な早さで運ばれて来たから、何事もなく助かったのだと。頭脳に小さな血瘤という程のものでもなかったが、一応カテーテルで通りをよくした処置が取れ直ぐ対応出来たから、今の所見では特に問題なく、正常に戻っているとおっしゃられた。一時はそんな大事だったのかぁ、普段血圧に全く問題がない僕にとっては驚きであった。ひと息ついて看護士の方にお願いをし、個室の電話を使えるようにして貰い、電話機の子機を持って来て下さった。少しだけですよと念を押されて、妻に連絡を取った。朝晩必ず電話しあっていたのに、妻と連絡をぷっつり取らなくなって既に30時間以上も経ている。やっと電話したら、妻が真っ先に電話を取った。普通妻が実家の電話を取るなんて滅多にないことだ。妻に、大雑把にコトの顛末を話すと、突然あっと声を上げ、ボロボロと泣いた。僕は我が妻を我が人生で初めて泣かせたことになる。悪かった、僕は必死になって、妻に詫びた。「あなたが昨日来なかったから、多分連絡も出来ないくらい忙しいんだ」と判断し、恵文社一乗店さんに杏と母と行って来たと。高柳佐知子さんの気に入った素敵なものをたくさん仕入れて来たからと少しは安堵しながら言う。あんなに楽しみにしていた高柳先生に、僕が伺うことが出来なかったのが、残念でならないが、でもまだ期日がある。それまで回復もしよう。

 兎に角今もよく眠らされている。僕はやっとの思いでチョッピリ覚醒した間に、ぼやっとした意識でこれを書いている。検査へ行く途中に院内の写真を撮った。社員はどんな時も、バカチョン・カメラと携帯用のパソコンなど、僕が常に携帯しているものを、必ず傍に置いてくれる習慣がついているらしい。ここは普段行き付けの病院ではないので、全く勝手が分からない。でもどうにもならないからすべて任せている。疲労と睡眠不足とストレスと、あれもこれもタップリ重なったらしい。でもよく眠って、多分一年分は眠ったろうか。短時間でよくここまで回復したものだ。奇跡に近いとつくづく有難く思い返す。無論パソコンはまだ一切禁じ手であるが、僕は書くことが余程好きらしい。人目を盗んでこうして書ている。検査に行くのに、カメラ持参とは、こんなヤンチャな患者さんはいないと看護士が怒ったようにのたまうが、構うことはない。このパソコンだって、今こそ生命線の一つだから。

 

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  今朝の気分は上々。点滴は二本取れたが、三日ぶりに食い物を出されそれをどうにか食べた。恐らく味付けはなくそんなに美味しくものではないのだろうけど、イヤァ実に旨い朝粥だった。多分少しよくなった証拠であろう。でも夕べか朝方か酷い汗をかいて夢を見た。普通なら、卒論に取ったヴェズレーのマドレーヌ大聖堂を、きっと夢見るはずなのに、ゴシック調の巨搭・シャルトル大聖堂の中での夢であったと思う。アダムとイヴの失楽園のモザイクが鮮やかにあったからで間違いない。そのパリ南西部にあるシャルトルの教会は何度も見ているが、学士卒論ではラテン語を懸命に勉強してまで、このロマネスク調の教会・聖マドレーヌ教会を専攻し、その構造の問題までを興味津々で、やっと書きあげた経験を持つ。シャルトルの夢の中、そこで僕は妻に激しく罵られ見捨てられる夢を見た。何てみすぼらしく、哀しくて悔しくて、ザマァなく、そしてハッと飛び起きて、夢か・・・・・・。幻となって茫漠と消えた。まるである筈のない悲惨な夢幻能を見ている風であった。

  手許に、白洲次郎と正子のご自宅「武相荘」で求めたエコバッグが置いてある。僕の信玄袋とこれらといつも持ち歩いている。このエコバッグは全部で三つあるが、いつもどれか一つは肩身離さずに使い込んでいるものだが、それぞれがあちこち破れてしまっている。そこで妻に頼んで、この夏補修して貰えた。穴が空いたから接いでと半分冗談めいて言ったら、下手だから上手くやれないと言いながら本気で、あれまぁちゃんと穴が塞がっているではないか。その出来に、得意満面の僕の気持ちは、古ぼけたエコバッグのことなぞに誰が知ろう。モノを粗末にする人間は大嫌いな性分(タチ)で、だから僕はそれをとっても誇らしく思う。そしてもう幾日かまだ入院しなければならないらしいが、妻が何とかして来たいと言って聴かないのをやっと止めた。何だか悪阻が酷いらしいからで、杏の時はそんなことはなかったのにどうしたことだろう。逆に、懐妊して一度も逢っていない僕のことを深く詫びた。夢の修羅場はやっぱり夢でしかなかったようでとても・・・・・・。

 この写真は、見舞いに来た財団の子に頼んで、この病院で撮った写真を、僕のパソコンに送って貰ったヤツだ。あの時、CEOは今後は何とか曲がりなりにもやれるからといつになく力強く言って、本社の仕事はもういいからねと涙ながらそう告げて帰った。実際、どこかほっとしている僕がいる。そして彼ならもう大丈夫だと確信が持てた。それでも今後も心配には違いないのだが、僕にとって何があっても折角摑んだ今の立場なんで、その上家族が第一である。家族がいて僕がいる。そして僕はどうしても心して健康でいなければならないだろうと思う。今の僕に集中しよう。そしてまたたっぷり眠ろう。だんだん!

 

                      しんみん五訓   (坂村眞民先生の)

 

              クヨクヨするな

              フラフラするな

              グラグラするな

              ボヤボヤするな

              ペコペコするな

 

 

マイディスクトップ

   今日も元気をくれる僕のディスクトップ(元亡き主人の遺品)の画像 もう直ぐこのパソコンともお別れ

 

 今日のBGMは Beethoven作曲 『Moonlight Sonata』

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