感謝し足りなく 冬櫻の咲き

 

冬櫻

広隆寺 冬櫻

 

 

 

 

              感謝し足りなく 冬櫻の咲き

 

 

 ご心配をお掛け致しております。かくも数多くのお見舞いのメールを頂戴するとは全く思ってもみないことで、ただただ平伏し恐縮しております。少々元気になった後、ゆっくり皆さまにお返事させて戴きとう御座いますが、今回このブログのコメント欄を閉めてしまって、多分最も辛く哀しい思いをしていらっしゃるであろう御方がおられます。毎回どんな記事にでもお付き合いを戴き、温かいコメントを寄せて下さった道草先生です。今朝先生から、いつもながらの実直なお人柄のメールが届いておりました。それをご本人にお断りもなしにここに公開させて戴き、取り敢えず皆さまからのたくさんのお励ましに、勝手ながら道草先生のお文を代表とさせて戴き、心からなるご深謝を申し上げたく存じ申しあげます。

 以下「ご回復なによりです」と題された道草先生から僕へのメールです。~『ブログを見てメールしていますので、硯水亭さんと書けば宜しいのか。いずれにしましても、急速なご回復で何よりです。先ず、その事を御喜び申し上げます。しかし、最近の貴殿の行動を見て(読んでですが)いますと、やはり少々常軌を逸しておられますゾ。この事ははっきり申し上げておきます。年末の仕事(それも退社した本社の)が超多忙で睡眠もままならない状態の中で、なおかつ、眠らずにブログを書き込むなど信じられない行為ではありませんか。それも、腰痛を抱えながらの所業とは・・・。いかにファンの為とは申せ、もう少しご自分を大切に考えることです。大袈裟に申せば、まるで鬼神もかくや、とばかりの驚きであります。まぁ、冗談が言えるのも素早い回復をなされた超人的な体力と気力を知ったからこそですが、本来なら笑っ て済ませるべき事態ではありません。脳梗塞の恐ろしさを肝に命じなはれ。CEOも反省されておられるご様子。今後は貴殿に負担を掛けることは避けられるでしょうが、貴殿ご自身も自分自身と奥様それにお子様(達)を、もっともっと大切になされませ。言葉や文章だけではダメです。直接声を掛け肌で触れ合い、そして笑ったり泣いたり、労わり合ったりするのが夫婦であり家族です。いつまで離れて暮らしているのですか。まだ若い奥様は、いかに毅然としておられるとは言え、日々愛する伴侶と肌の触れ合う所で一緒に暮らしたい、と思っておられるに決まっております。杏ちゃんは、毎晩お父さんに抱っこされたいと思わないはずはありません。私は2人の子供らを毎晩風呂へ入れておりました。貴殿も杏ちゃんを抱っこして、毎晩一緒に風呂へ入りなはれ。夜が遅くなるのなら、朝でもいいではないですか。せめて、出勤前に抱き上げて高い高いをして上げなされませ。辛い夢を見られたのは優しい心がある証拠です。それが現実になるなんてことは金輪際ないでしようけど、一日も早く親子3人で(もうすぐ4人で)、温かくも人間らしい暮らしをなさいますよう、念願しております。今朝の京都は曇り空ですが、気温はそれほど低くはありません。もう今年も10日余りとなりました。くれぐれもご自愛なさいますように。暴言は何とぞご容赦の程を。道草』

 いずれの御方のメールに対しても同じ気持ちなのですが、日頃懇意にさせて戴いている道草先生のこのメールには強か落涙をさせて戴きました。暖かなお気持ちと愛情に満ちた叱責と、本当に快く有難いと思いました。心から御礼を申し上げます。全くその通りで、多分近いうちに同居することになるでしょう。そして嬉しいことがありました。櫻チームからの報告ですが、先ず節分の日に土浦にて、30本ほどの山櫻を植樹することになったそうです。今年は各所全部で約500本ほどの植樹にあいなりましょうか。下支えになるこうした補植は最も大切な行為だと信じています。名前も出さず、ひたすら下支えをすることを、亡き主人もきっと心から歓んでおられることでしょう。私も、頑張って早くよくなりチームに合流したいと念じています。皆さまのお気遣い、本当に有難う御座いました。心から感謝申し上げます!

 僕らの櫻事業は決して売名行為などではありません。明治・大正・昭和・平成と、時代が進むにつれ次第に巨大化して来た非人格化、非人間化、非個人化に対する一種の激しい抵抗運動です。運動と言ってもさり気なく皆さまとともにやって行く祈りであり願いだけですが。システムのみが強くなり、失われ後退した「個」の復活を目指しています。次のアメリカの新大統領になるオバマ氏が「Change!」と叫ばれました。多分いいことには違いないのでしょうが、まだ発足しておりません。1968年にパリであった5月革命と言われるカルチェ・ラタンの騒動の時、声高に叫ばれた「Changer La Vie!」を僕たちは目指しています。直訳すると「生活を変えよう」と言うのでしょうが、「生き方を変えよう」と言う意味で標榜したい一念なのです。そんな意味で、あの「プラハの春」を思い出されます。エコの問題は現在、特別重大な問題なのにまだまだホンの序の口です。確たる日本発信の「人間回復」を目指し、あらゆる意味で頑張りたい所存です。その象徴が「櫻」です。ブログを一旦閉じるのも、坂村眞民先生が、よくおっしゃられた『本気』と言うことに真正面から対峙したい一心からだけです。出来うれば千年先の日本を見据え頑張る覚悟ですが、いずれ皆さまにも、日本古来の品種の櫻を一本ずつ御手植えされて戴きたく心からお願い存じおりまする。今後ともよろしくお願い申し上げます。多分後三日で退院出来るかも。

 

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ターシャの心境になるまで まだまだ苦労と修行が足りませぬ 頑張りまする!

 

 

 本日のBGMは Beethoven作曲・『Fur Elise』 「エリーゼのため」にです

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