ウブ毛の杏(アン)がやってきた

 

僕の家族

  僕たちの家族 足裏からの眺めた僕たち家族 ベットでの風景

 

 

 

                ウブ毛の杏(アン)がやって来た

 

 ついに、僕の家に杏がやって来た。京都のジ~ジとバ~バの車に乗って、風・花薫る最中に、妻と杏がやって来た。大変な心配をかけた一月の大手術以来の再会、待ちに待った僕たち家族一緒の日、新しく生活が始まる。やって来た昨日は『利休忌』で、先日主人のお宅に伺った日に、赤坂の虎屋さんで買い求めた櫻の和菓子を出し、薄茶を点て、義父母の労を労った。杏はハイハイしながら、快適そうに床暖房のついた床を這い回る。日差しがあってもビルの室内は寒い。未だろくに歩けない杏、驚いたことに、大きい方はほぼトイレでする習慣がついていた。忙しい娘に代わってやったバ~バにWBC以上の金メダル!その仕組まれた習慣は伝統だったらしいが、バ~バに大感謝!でも杏は何て可愛いんだろう。妻と、やっと元気になった僕が不図見つめ合う。僕は何度も杏に顔をスリスリする。嬉しくて堪らい。夕べは義父母も当家に泊まって戴いたが、今朝早く自宅を出立した。今夜どこかの温泉に二人で一泊するらしい、ウンウンゆっくりしてネ、気をつけて帰ってね!別れ際に、バ~バが泣いている。妻も杏も涼しい顔で二人を見つめる。オイオイ、それはないだろう、バ~バよ!淋しがらないで!僕たちはいつまでもどこに行ってもバ~バとジ~ジの子であり孫だから。いつでも京都へ僕らは行くからネと、ウン部屋はずっとそのままにしていると呼応する。二人は明るい春の日差しをいっぱい浴びながらゆっくりと走り去って行った。明日(~4月5日まで)は奈良・薬師寺さんで花会式が始まる頃だろう。去年は、両脇佛さまが東京・国立博物館に初のご出張あそばれたのでご本尊さまただ一人の花会式であった。今年はご三尊のお薬師さまが揃っておいでで、さぞ賑やかな本来の花会式が行われるだろう。時の移り変わりは早いものだとつくづく思う。

 昨日の朝、みんなが京都を出たとの報を受け、僕はお手製の夏蜜柑マーマレードを作り始める。妻は僕が作ったモノは何でも美味いと食べてくれるが、ミルク半分で離乳食中の杏、果たして当家の姫君の味覚はいかに、緊張しながら先ほど舐めさせてみた。そしたら変な顔をしてプイと出してしまった。そうかやっぱりなぁ、杏はいい味覚をしている。子供は正直で嘘は絶対に通用しない。水に晒す時間が少なくて、少し苦味が残ったかも知れないと深く反省す。妻は、出来るだけ僕と一緒に調理場に立つ。それが結構楽しいらしい。杏に早く自立して貰いたいと、ボソボソと言う。まだウブゲのアンなのに、女って情が薄いのかなァ、嫌々これは彼女の子育て哲学なのだと仰られている。禅僧のような一汁一菜、そこまで行かないものの、しばらく二三年は貧乏暮らしが続く。妻にあげた或る程度の預金などビタ一文も当てにしない。この際だから、妻の言う通り何でも手作り、何でも節約倹約主義で行こう。これが歓びの春の爆発である。

 

僕のお手製マーマレード

 

 何一つ捨てる物がない夏蜜柑マーマレードのレシピ(自己流) ①夏蜜柑を水洗いする  ② 6~8等分の切り分けて、皮と袋の実に取り分ける  ③ 黄皮は白くフワフワしたのをつけたまま、筋目に沿って薄切りし、それを水で晒す  ④ 薄切りした黄皮のその部分を湯通しし、又水に晒す。それを三度繰り返す(注意点/よく晒さないと苦味が残る  ⑤ 実は白皮の袋から取り出し、種も取り分ける ⑥ 白皮の袋は堅いのでなかなか柔らかく煮えないからスピードカッターで細かくしておく  ⑦ 実を鍋に入れ火にかける、中火ぐらい。白皮の袋も一緒に最初から煮る。コトコトと、そして次第に弱火で丁寧に仕上げを待つ。種はガーゼに包んで具財と一緒に煮る。するととっても不思議だがトロミがつく  ⑧ ⑦に④を加え、黍(きび)砂糖を何回か分けて入れる(甘さはお好み)。水は一切加えない  ⑨ 荒熱を取ってからタッパーに入れ冷蔵庫に収納し保存する。経験上賞味期間は長くて約一ヶ月間かなぁ。

 

山櫻  

櫻を描く

 

 都心の染井吉野は、この二三日でほぼ満開。江戸彼岸は『櫻忌』で申し上げた通り既に散って葉櫻、山櫻も盛りを過ぎた。でも何をするんでも四季の中で最もいい季節を迎えた。杏はお昼寝、妻はお勉強中、僕はまだあったヒロッコ(主に秋田県~庄内の呼び名 都内では表参道の紀伊国屋にあり 雪の下から掘り出される太い浅葱の根っこ)をあっさり茹で、タコのブツ切りと酢味噌和えや、細魚(サヨリ)や鯵(アジ)や生烏賊(ナマイカ)を開いて日干し作り<カンカン照る中でするが必ず簾をかけ日陰で干す、風当たりをよくするのが目的だ>や、切干大根造り、ポニョポニョ可愛い杏ちゃまの離乳食メニュー造りなどに色々と精を出す。ランラン!堪らない楽しさ!僕たち家族は、今のところどこにも出掛ける予定はない。空中庭園から眼下に広がる花見や春の星座の観察などが主であろう。質素な生活であるがために晩酌の予定は全くない。でもこんなことが、人生の中で一番の幸せなことであるに違いない。スッカリ病が癒え無念かな貧乏な僕と、元気いっぱいの杏と、キリリとすべてを許容してくれた妻がいれば、あとは何も要らない、何もかも満ち足りている。春の日、感謝の念が沸々と沸いて出る!明日から再び仕事、最後に残った櫻山候補地買取交渉の大詰めである。

 京都から川崎インターまで、高速料金がたった千円で来れたっていうけど、ホンマかいな!それと今日ワシントンの友人から入った情報によれば、ポトマック河畔の櫻は7~8分咲いたという。折りしも財団法人日本さくらの会がワシントン市と共催しているチェリーフェスティバルで、日本のシャンソンである演歌の歌手ジェロさんが母国に凱旋帰国し、暮れの紅白歌合戦で歌った「海雪」を歌ったらしい。8割がアメリカ人で日系人はそこそこだったので反応はイマイチのようで当たり前だろうけれど、英語で挨拶し本国アメリカではまだ無名のジェロさんを大いに応援したいもので、何かとても微笑ましく思える。日本より少し濃いピンク色した染井吉野の櫻の花もニッコリと微笑んだに相違ない。当然NYの櫻も満開に近いだろう。多くのキャッスルや通りに点在するパリの櫻はどうだろうか。第二次世界大戦時、連合軍とナチス・ドイツが77日間も激しい戦闘をし、悲惨な戦場と化したフランス北部の街ノルマンディーには櫻の花が相応しいのかも知れない。東西に隔てていたベルリンの壁跡に植樹した6000本の櫻は、土中に埋め込んであった毒素の影響で何度も何度もやりかえたが、とうとうそれだけ多くの、日本から渡った櫻の苗木が根付いて見事に花をつけているという。しかも本数が年々増えているというから嬉しい限りである。世界中が平和の象徴であるべき櫻の花で埋まればいいことである。但し千葉県柏市が姉妹都市グアムに贈った櫻の苗木はたった一本も根付かなかったと聞く。櫻はヒマラヤ原産で寒冷地の花のためであろうか。開花には寒さが絶対条件である。又こうして櫻の文化や日本文化の独自性を私たち自らが心底から知ってこそ初めて、日本人のグローバル化が意味を為してくるものであり、断じて狭窄症の愛国主義に一線を画しつつ、真摯な『和』をしっかりと勉強すべき大切な時であろう。さぁ静かにして堂々と急がねば、このままなら・・・・・・、杏に渡す日本が危ういのではないだろうか。

 

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