無垢の浄土の櫻とや

 

CIMG2468

 京都御苑内 ウワミズザクラ(上溝櫻)がちょうど満開であった

 

 

                                 無垢の浄土の櫻とや

                               其の壱 京都御所・仙洞御所・仁和寺など

 

 

 いい季節です。新幹線の車窓から見える山裾の風景は、僕を否応なく奮い立たせます。常緑樹の間に、ピッカピカの新緑が幾重にも重なって光っています。その僅かな狭間に、まるで観音さまがご到来なされたように、密やかにして優しい山櫻の華やぎも垣間見れるのです。何という美しさでしょう。既に水をはった田んぼには、付近のうす紫の山々が投影し、紺碧のお空とともにまさしく夢幻境の様相です。僕は、四季の中で、この時季が一番大好きな瞬間で、季語にもある。春、櫻が終えると“山笑う”と。緑色も一口で言えない色で、萌黄(葱)色・若苗色(若芽色)・草色・柳色(裏葉色)・苔色・海松色・木賊色・青竹色・若竹色と様々で、里や山々や大地までが笑っているかのようです。でも本来は“里笑う”なのでありましょうや。然し一カ月もしないうちに、山間の色彩はみな同じような緑になってしまうから、この瞬間だけの大いなる楽しみなのでしょう。妻の用事で、杏と僕はお供として京都の妻の実家へ向かう。実家に着くと、ばぁばもじぃじもクチャクチャな笑顔で迎えてくれる。杏は嘗て馴染んだ肌合いを思い出したかのように、全くはにかむことなく、直ぐお二人に抱っこされ独占されてしまう。

 妻は御用でお出かけ、僕も義父母に断って実家を出た。向かった先は京都御苑。そして清所門から京都御所内へ。大勢の外国人が短時間コース(30分)のために並んでいた。みな神妙な面持ちで何か微笑ましく思えて嬉しかった。京都のタクシー料金は日本一の安さである。端から端まで乗ってもまず3000円以上行くことは滅多に掛からないぐらいで、初乗り料金は個人タクシーでも630円、殆どが640円以内で、乗車中の加算距離も長く料金は極めて少なくて済む。一日乗り放題のバス券もあるが、僕はいつもタクシーで移動する。途中二条城近辺の、細い河原に咲く八重櫻の通りだけが爛漫と咲いていたが、果たして御所の櫻はどうだろう。皇宮警察の方からご案内を戴く。紫宸殿を巡ると、庭内は庭師たちが忙しく駆け回っていた。今月下旬の一般公開に備えてということらしいが、御車寄から春興殿に行く途中、真っ白な山櫻があったものの、左近の櫻は既に青々とした葉が茂り、僕が櫻の中で最も好きな左近の山櫻で、今回は無念かな逢えなかった。でもそこかしこに見える山櫻の残像、そして小御所、清涼殿と廻り、御常御殿の後に、数本あったはずの枝垂れ櫻はとっくに花びらを散らし、一欠けらの花びらもなかった、八重の里櫻(陽光)だけが澎湃として佇んでいた。

 この大内裏(宮城は桓武天皇が造営されたものではなく、度重なる火災や天変地異の他方違え<かたたがえ>などによって荒廃した大内裏に代わって、近習公家衆の仮御所が本大内裏として機能するようになった。織豊時代から六度も火災に遭い、最後江戸幕府晩年の安政二年、時の老中・阿部正弘によって可能な限り平安宮廷を再現されここに築造されるに至ったもの)は、世界中のキャッスルを観て来た僕にとっては規模と言い豪華さと言い、実に小ぶりで瀟洒で、寧ろ質素ですらあると思う。かのヴェルサイユ宮殿とは全く比較にならないのである。でもだからこそ日本人の僕にとってはそこが誇らしくてならないと心から信じる。

 

           CIMG2323    CIMG2356    CIMG2452

 

  約一時間の通常コースの御所見学を終え、外に出ると、御苑内にはまだあちこちに八重の櫻が満開で、下草をよく見ると、大きさ5㎜ほどの小さな菫の花や蒲公英や白爪草の花が咲き乱れていた。そして京都には、名庭園が数多くあるが、その中でも僕が最も深く愛してやまない御庭は小堀遠州が作庭せし仙洞御所の御庭である。入り口にあたる大宮御所の辺りで、見学の時間までひと時、御苑の緑なす草叢の中にいた。鳥たちや散歩する方々の声が聞こえ、左大文字の文字が大宮御所の山櫻の葉陰から垣間見れた。澄んだ空気、四方を山々に囲まれた京都のこの清浄感が大好きなのである。

 久し振りに仙洞御所に入る。大宮御所御車寄からぐるりと裏側に廻ると、大宮御所御常御殿の南庭が広がっている。建物の前には花はないが紅白梅の樹が凛と立っている。そして庭園への潜り門を経ると、北池に出る。一重の山吹の花が一斉に花開き、その頭上に鮮やかな山櫻が満開、しばしそれを見惚れた。阿古瀬淵から船着へ。紀氏遺跡の石碑を見て六枚橋へ。目に沁みるような新緑の美しさ。所々に山櫻が自然のなりに沿い潜んで咲いている。北池八っ橋の傍にも清冽な山櫻が咲く。そもそも御所やこのご仙洞には山櫻以外あり得ないのが本当だと思う。若葉で生い茂った鎮守の森も圧倒する新緑の美だ。土橋・八橋・雌滝・紅葉橋・紅葉山を巡りて、蘇鉄山へと進む。紅葉橋より見えた北池の、泣きたくなるような美しさは何と表現すればいいのだろう。出島・八っ橋に掛かる土佐橋、息を呑む美しさで、八っ橋にびっしりと架かる藤の花の開花がやっと始まったばかりだろうか、芽吹きがホントに美しい。多くは落葉樹があり、秋もどんなに楽しめることだろうか、不図そんな印象が消し去ることが出来ない。仙洞とは、上皇の住まいする“仙人が住むという藐姑射(はこや)の山の故事”に準え、蓬洞(よもぎがほら)とも呼ぶ。全部が全部それに相応しい光景で見事な景観で成り立っている。それから雄滝・鵲橋(かささぎばし)、更に能の「草紙洗小町」伝説でお馴染みの草紙洗の石が南池にそっと張り付いたようになっている。出島岸の石組みも見事で、繊細にして豪放な美は素晴らしい。新緑が掛かる東岸の切石護岸も見事である。そして悠然台から州浜に至る。一升石と言われるように、見事に均一な大きさの丸石で、お米一升と石一個を交換したから一升石と言われる所以だが、何と111000個を主に相模湾から集めて作られた。庭師・遠州の心意気を感じざるをえまい。そして数寄屋造りの見事な醒花亭(せいかてい)へ。そこから伸びる櫻の馬場に山櫻の樹ゝがずっと伸びていたが、無念かなそこに山櫻は咲いていなかった。左側にはベンガラ色をした美しい柿本人麻呂社がひっそりと佇んでいる。名園を飄然と入りて飄然と我出でぬ。

 

州浜うつくし

醒花亭前から観た「州浜」 手前の小石は同じ大きさで 111000個使用されている

 

 

 

             もみじ芽盛りなむ   水清みて   もみじ橋付近

             新緑に山櫻繚乱たり   六枚橋付近   仙洞御所の山櫻

             鎮守   仙洞御所御常御殿     醒花亭あはれ  

            又新亭   仙洞御所阿古瀬の山櫻   柿本人麻呂社  

 

  ところでこの仙洞御所には四季折々の愛でたき風景とされているのがある。延享(えんきょう)四年(1747)、二十七歳で仙洞御所に遷御された櫻町上皇が、同年、歌人・冷泉為村(れいぜいためむら)に命じ、四季折々の仙洞御所の見どころを撰じさせ、仙洞十景とされた。

   ○仙洞十景

   醒花亭(せいかてい)の櫻   醒花亭の池の西岸に春を告げる櫻花

   古池の款吹(やまぶき)   阿古瀬淵に晩春に咲く一重の山吹

   寿山(じゅざん)の早苗(そうびょう)   寿山御茶屋から見る御田(現在はない)の早苗・田植えの風景

   釣殿(つりどの)の飛蛍(ひけい)  蓬莱島にあった釣殿から見える蛍

   悠然台(ゆうぜんだい)の月   悠然台から見る東山の名月(十五夜)

   瀧殿(たきどの)の紅葉   蓬莱島にあった瀧殿から眺める紅葉

   茅葺(かやぶき)の時雨(しぐれ)   時雨に濡れけぶる芝御茶屋(現在はない) 寿山にあった寿山亭とする説もある

   止々斎(ししさい)の雪   又新亭(ゆうしんてい)敷地にあった茶屋・止々斎から眺める雪

   鑑水(かんすい)の夕照   南池の東岸にあった茶屋・鑑水亭から見る夕映え

   紳祠の夜灯(やてい)   苑路より見渡す林間はまたたく鎮守の灯火

 

  大宮御所出口から急ぎ歩いて蛤御門へ。そこから急ぎ仁和寺へ。御室の櫻はきっと今を盛りに咲いていることだろうと期待しつつタクシーを飛ばす。車中、このところかなり歩行訓練をして来たものの、御所のコースは1キロ、仙洞御所のコースも1キロ、そこまで行く御苑内を行ったり来たりしただけで多分5~6キロも歩いたことになる。御苑内はとてつもなく広いのである。少しばかり右ひざの関節や筋肉が痛くなっているのに気付く。でもそんな場合ではない。仁和寺に到着すると、物凄い人の波。先ほどの静寂は嘘のようであった。入場料を中門で払うと、そこは御室櫻が満開!?のはずが、ああああ あはれ御室櫻は既に散ってしまっていた。残った御室櫻は10%に満たない。でも人波はみな櫻の跡の風情を心から楽しんでいる風で、同じ葉櫻でも人の波は多く高くうねり、いつもなら今時分が本来満開のはずなのに、こういうこともあるさと、御衣黄(ぎょいこう=緑色の櫻)や一葉(花の芯に緑葉が一本ついている)や松月(しょうげつ)、時に出逢った御寺の僧侶たちの行列に我が心を慰むる。

 

        松月   御室櫻無惨   仁和寺僧侶ゆく

 

  妻の実家に帰参すると、既に妻は帰っていて、夕刻の6時を廻っていた。義兄弟やら孫たちやら大勢で遅い夕餉を済ますと、杏とお風呂に入る。最近の杏は僕が実の父親だとちゃんと認識しているようで、つくづく有難いことだと思う。すっかり僕に身を委ね、お風呂の中では実に気持ちよさそうにしている。本当に幸せなひと時である。私たちの京都のお部屋はそのままで、これもまた至極幸いなことであろう。

                                                                                                 以上 平成二十一年四月十六日のことでした

 

    今日のBGMは 坂本龍一の「Snake Eyes」

広告
カテゴリー: パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中