星野道夫 あの日あなたがそこにいた

 「Cafe 蛍明舎」のカウンターの一番端に 確かにあの日あの時 君はそこに座り

 原稿用紙と格闘したよね あなたが飲んだロア・コーヒーは 格別に美味しかったよ

 帰りがけ あなたが座った同じ椅子をそっと撫でていると ふいに

あなたの口癖「ほっとする」が 突然思い起され 涙がポロポロと溢れ出た

 

 

 

 

                 星野道夫    あの日あなたがそこにいた

 

 ニッケコルトンプラザで開かれていた「星野道夫展」に行って来た。JR本八幡駅北口から無料のシャトルバスに乗り、狭い国道を通り、凡そ10分。目的地のニッケコルトンプラザがある。巨大なショピングモールは広く、リハビリ中の僕には堪えた。降り口から目的の展示会場まで端から端まで歩かなければならない。ゆっくり歩いていると、星野道夫展の大きな立体看板に出くわし、愈々来たかと胸が静かに高鳴る。やっと会場に着き、中に入ろうとしたら、何と鑑賞も無料と言う。普通あり得ないだろうと思いながら、中へ。あったあった、巨大な写真の数々が。でも僕は最初っからじっと立ち尽すのみでいた。写真に見入るということではなく、これらの多くの写真を撮った星野道夫が待ちに待ったシャッターチャンスの時間のことだ。グリズリーが冬眠から醒めて巣穴から出て来た瞬間を、どんなに忍耐強く待ったことだろう。どれもこれも長い時間を要している。それで一枚の写真から次の写真へなかなか移れないのである。43歳という若さの中で、どれだけ多くの時間を待って待っていたのだろうと。画面から溢れる星野道夫の清潔感。出逢った時のあのまんまで、あのキラキラと光る目は、極北の大地に生きるグリズリーやムースやカリブーや、鯨の群れや、そうして多分直子夫人と結婚後撮られたと思う小さな花々やクランベリーやラズベリーの秋の実など。僕はちっとも進めないで、何処か呆然としながら観ていた、君のいた時間ということを。奥に花々の小さな写真が満載していたが、その丁度まん前にコーナーが設けてあり、その中はあの「ノーザンライツ」そのものの世界があった。何と言う写真家だったのだろう、いや写真家ではない。星野道夫は壮大な人間ドラマの詩人であるに違いなかった。

星野道夫展の宣伝作り物

ニッケコルトンプラザ 星野道夫写真展 風景

 

 

 そうだ、いつもの星野の口癖は「ほっとする」であった。極北の大地も大事であったが、本八幡駅南口の直ぐ傍にあった映画館やパチンコ店に挟まれた実家もとても大事にしていた。空き地や道端のちっこい自然にも、星野はほっとした。極北の大地で、生命の循環という壮大な真っ只中にいても、イノチの多様性を感じる時、星野はほっとするのだと言っていた。ゴチャゴチャして、まるで東京の下町を移したような、この本八幡の町にもほっとしていた。市川の真間(現在のご実家)にも、市川大野辺りの自然にも、あのじゅんさい沼にも行ったのだろうか。生きるために、始終一所懸命だった星野にとって、ほっとする瞬間は、星野をして壮大な魂の詩人へと変貌させていった。星野は一元性の世界では息苦しくなり、直ぐ辟易としてしまうが、どの世界にいても多様性であること、それを星野は精神の機軸に置いていた。「ほっとする」瞬間だったのだ。

 僕たちがアラスカにいる時、狼やムースや白熊なんて観たことがない。でも確実にいることを星野の写真は証明してくれている。このアラスカの大地で、1000キロも季節ごとに移動するカリブーの群れも、星野はただそれだけで豊かなことではないかと言う。牛のステーキより遥かに美味いムースの肉はアラスカでは当然で、肉と言えばムースのステーキである。狩猟するイヌイットやインディアンには、イノチの大切さを誰よりも分かっていたはずである。熊を食べるか、熊から食べられるか、そんなのはどっちでもいいことだと。今、アラスカは開発の浪に揺れている。ペイリン州知事は、マッケイン氏より遥かに開発論者で、カリブーの繁殖地が油田の中心になってある。そもそもアラスカは元はと言えば、ロシアの土地であったが、安い価格でアメリカが購入した土地で、あのフェアバンクスだって、一級の詐欺師が開拓した町であったのだから、元々無法地帯であった。それが今もって人力による無法が横行し始めている。一方では自然保護を口にしているが、ただ口に出すだけで、先住民の権利である捕鯨すら認めていないで、何が自然保護なのだろう。リード(氷の裂け目)を頼って、ハワイ沖から来た鯨たちは遡上する。ハワイは温暖な海だから子育てするにはいいが、エサは殆どない。アラスカの海は汚い。~~ように見える。何故そうかと言えば、夥しく発生するプランクトンのせいである。アシカもセイウチもオットセイも鯨たちも、皆イノチの糧としてプランクトンを食べにやって来る。それを先住民は待ちに待っているのだが、一度鯨が氷に閉じ込められた時があった。グリーンピースや空軍まで出動し、鯨を生かして沖に返してあげようとしたことがあった。その時、白熊や先住民に、何故分け与えることが出来ないのか、星野は自らに厳しく詰問する。見せ掛けの自然保護など要らないのだ。必要なのは、古来から生きて来た民族は、天然自然の道理をわきまえているから生き永らえて来れた。その道理を無視する人間の傲慢さ。自然をすぐもてあそぶような、無頼は、星野が最も嫌うやつだった。

 

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 星野は言う、千年という歳月はとっても短いと。人間を何十人か縦に並べてみれば、直ぐ千年なんか経っちゃうよと。それでも星野は今後の千年先のことは分からないけれど、少なくとも50年先や100年先ぐらいは人類すべての人々がみんなで責任を持たなくてはいけないだろうと。僕は、星野が若くして死んだことをちっとも哀しく思ってはいない。『櫻忌』にも入っているものの、星野は自然の摂理の中に、自ら消えたのだから。ロシア人クルーと一緒にロッジの中で夜を過ごせばよかったものを、ただ一人だけでテントの中に留まり、明け方未明ヒグマとともに消えた。それだけのことである。でも、だからこそ星野道夫にもっともっと仕事をして欲しかったのだ。それが何とも悔やまれてならない。ご夫人の直子さんはアラスカと千葉と行ったり来たりしているようだが、一人息子の翔馬君は既に中学三年生になっているとか。翔馬君自ら言わなければ、アラスカに連れて行くことはなさそうである。でも翔馬君には星野道夫のDNAが確実に流れている。直子さんや翔馬君をアテにするのではなく、でももっと星野道夫を顕彰し、僕たちは今こそ自然の摂理の尊さに気付いていかなければならないだろう。まだ遅くはないことを信じて、一歩前へ。

 最期の遺作となった「ノーザンライツ」を読んでいる。陸で狩猟したのがインディアンで、海を中心に狩をしたのがイヌイットである。それらの方々の貴重な昔から伝わる伝承を聞き書きしている。目のつけどころが最後は違って見える。今回の展示にも、先住民の方々の写真のコーナーが特別に設えてあった。気の遠くなるような、星野が待った時間を感じながら、僕は会場を後にした。対象を見つめる時の優しさ、胸が熱く痛い。シャトルバスに乗って、再びJR本八幡駅へ。そこから京成八幡駅方面へ向かって右側の歩道を歩いた。旧国道を過ぎると、永井荷風が愛した京成線のちょっと手前、吉野屋の牛丼に隣接したところに、「Cafe 蛍明舎」の小さな看板が。階段を一気に上がると、玄関があって、薄暗い店内。でも素敵な雰囲気である。僕は星野道夫がいつも座っていたカウンターの一番奥の椅子に腰を落とした。マスターに伺うと、星野道夫のお姉さまやお母さまや、直子夫人も時々やって来るそうである。カウンター奥に目をやる。あああ確かにあの日もここにいたんだと確信した。いつも飲んでいたロア・コーヒーを注文する。何と優しいマイルドな味なんだろう。僕は帰りがけ、もう一度星野道夫が愛した椅子とカウンターに手を伸ばした。無垢な精神のオトコのイノチの一滴を感じ、何故か悔しくてポロポロと涙を流し、お店を後にした。

  「Cafe 蛍明舎」の看板とエントランス付近

 

 

 

     星野道夫 語録少々

 

  「私たち人間を含めた、目の前にあるすべてのものの存在は、はるかな時を超え、今ここにある。」

  「かけがえのない者の死は、多くの場合、残された者にあるパワーを与えてゆく。」

  「大切なことは、出発することだった。」

  「ぼくはアラスカを旅する中で、人間の歴史をはかる自分なりの尺度をもちました。それはベーリンジアの存在です。最後の氷河期、干上がったベーリング海を、モンゴロイドが北方アジアから北アメリカへ渡ってきた、約一万年前という時間の感覚です。いつの頃からか、その一万年がそれほど遠い昔だとは思えなくなりました。人間の一生を繰り返すことで歴史を遡るならば、それは手の届かないほど過去の出来事ではありません。いやそれどころか、最後の氷河期などついこの間のことなのです。」

  「人間の生き甲斐とは一体何なのだろう。たった一度のかけがえのない一生に、私たちが選ぶそれぞれの生き甲斐とは、何と他愛のないものなのだろう。そして、何と多様性にみちたものなのか。」

  「個の死が、淡々として、大げさではないということ。それは生命の軽さとは違うだろう。きっと、それこそがより大地に根ざした存在の証なのかもしれない。」

  「ぼくが暮らしているここだけが世界ではない。さまざまな人々が、それぞれの価値観をもち、遠い異国で自分と同じ一生を生きている。」

  「夜の闇の中で、姿の見えぬ生命の気配が、より根源的であるように。」

  「あらゆる生命が、ゆっくりと生まれ変わりながら、終わりのない旅をしている。」

 

                                                   PHP文庫 「大いなる旅路 5  星野道夫著」より

 

最後に あなたへ 蛍明舎の美味しいお水を一つ 飲んでください

 

 

 今日のBGMは 連続テレビ小説 倉本聰脚本の「優しい時間」 主題歌『明日』 歌手・平原綾香

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