雨月の楽しさ 御祭の神々とともに

 

ひめさゆり

 三輪明神に自生している笹百合 これは「率川神社百合(三枝)祭」で使われる笹百合の一種で姫小百合

 

 

                雨月の楽しさ 御祭の神々とともに

 

 水無月は入梅の時季で、何故だか毎年賑やかなお祭りのことを書いている。去年は「入梅 そして水無月の祭りへ」であった。心に鬱積するものがなきようにという祈りなのだろうか。そして今年は本日の御祭の話題から入りたい。早速だが、今日は嬉しい「弘法大師降誕会(青葉祭)」の日である。我が国に密教が伝来したのは平安末期で、最澄が比叡山で天台密教を伝え、空海(弘法大師)が高野山に密教の秘儀を伝えた。最澄は中国滞在期間が短かったせいか、本来の密教秘儀は充分に伝えることがなかったが、比叡の御山は佛教学徒にとって目映いばかりの「佛教の御学問所」として、鎌倉新興佛教の開祖となられた御始祖たちの殆どが学ばれ、天台密教も充分過ぎる役目を果たされた。真言密教の開祖・空海は、中国密教の大御所である恵果和上から直接密教秘儀を伝授され、土木・天体・灌漑用水など、佛教以外にも幅広くお勉強なされ、帰国された。宮廷の派遣として行った最澄に比べ、私的留学であった空海は京の都に入るまで幾多の困難を余儀なくされた。 当時中国では密教は、怪しげな宗教として過酷に弾圧されていて、恵果和上は真言のあらゆる秘儀秘法を、中国人にではなく日本人学僧・空海にすべてを託したのであった。その為密教の殆どは絶え途絶え、今日中国に聊かの密教も残存していない。やはり本来の儒教の国家なのだろうか。特に本日は初めて天台座主が参加されたという。又二日違いで、真言密教の中興の祖として名高い「興教大師誕生会」が行われ、分かり易く説いた興教大師の存在も大きなものがあろう。我が信仰の徒として非常に嬉しい月である。更に今日は北海道神宮祭が行われていることだろう。道東・根室の千島櫻もそろそろ終わりに近く、平地での櫻は今シーズンの最終となっている。14日から開催されていた「柏崎えんま市」は明後日にはすべて終了するが、柏崎市最大の行事として市民も大いに盛り上がっていることだろう。

  明日16日は和菓子の日とされ、我がブログにもある「嘉祥の日」となっている。詳細はここをクリック願えれば有難い。

 もう田植えは大概の地域で終わっているが、稲魂(いなだま)さまをご招来して、賑々しく厳修される御田植祭りは、暦の上で入梅となった11日から、21日の夏至の前後に、そのピークに当たる。昨日14日に行われた、大阪・住吉大社の御田植神事は、見事に盛大であったという。ここのは如何にも大社らしく、演目や品格や社格は特別に重要な多くの要素を含み、民俗学上特筆されるべき大切な御祭である。御田植神事は今月最後となる、伊勢の神宮でも行われる。神宮・内宮の摂社である伊雑宮にもあるのだが、これも大祭であり、単に「御神田(おみた)」とも呼ばれ敬愛され親しまれている。伊勢の神宮では17日において「伊勢神宮月次(つきなみ)祭」が行われるが、6月17日と12月17日の月次祭と、10月17日に執り行われる神嘗祭(かんなめさい)は、神宮の御祭の中で、取り分けてこの三祭を、「三節祭」と称し、特に重要な御祭となっている。伊雑宮の御田植神事はその特徴として海への祈願もあることだ。竹取り神事と呼ばれ、御田植神事の直前に行われる。御神田に飾られた竹を、裸の男衆が争って奪い合い、奪った一片を船魂(ふなだま)さまと称されて船に安置し、豊漁祈願のもととなっている。五穀豊穣を祈り、各地に点在し残っているドロンコ祭りは、こうした起点から行われ伝承となっている。大変貴重なもので、如何にも伊勢の神宮の行事らしく、真に古雅な素晴らしい行事であり、千葉県・香取神社の御田植神事と、大阪・住吉大社の御田植神事とともに、磯部にあるこの伊雑宮の御田植神事は、日本三大御田植祭として賞賛され注目されている。

 

 

伊雑宮の御神田(おみた~稲魂さまご招来図)と、泥んこ男衆による竹取神事と、一般奉仕者たち

 

 美しく古雅な行事と言えば、近鉄奈良駅直ぐ傍にある率川(いそがわ)神社の百合祭(笹百合を三枝と呼んだところから三枝祭とも言われている)が素敵ないい御祭で、天皇と皇后の愛の神社として名高い。奈良市の中では最も古い神社であり、幽かに赤い笹百合は神楽を踊る巫女や奉仕する乙女らに飾られ、百合尽くしになって、本当に清楚で素敵な御祭りとなっている。清々しい気分で横溢させられ、馥郁としたいい御祭りである。

 

 

 率川(いそがわ)神社の百合祭(三枝祭)における百合巫女と百合娘たち

 

 18日は「海外移住の日」で、1908(明治41)年6月18日、ブラジル第1回移民として、日本から初の集団移住者158家族781人を乗せた笠戸丸が、ブラジルのサントス港に到着したのが この日でした。その後アメリカやその他の地域へも多くの移民が渡航し、鎖国時代には成し得なかったことがあった記念日となっている。そして翌19日は、最初の硯水亭歳時記にも書いたが、「桜桃忌」で、玉川上水で情死した我が愛すべき太宰治の忌日となっている。以降は詳細を省くとしよう。翌20日には京都・鞍馬寺で「竹伐(たけか)り会式」が行われる。そして夏至は21日に当たり、夏至の日は今年は父の日になるが、逆に父から僕たちの家族旅行を計画されている。でも今年は娘と妻を連れて、お祝いに行けることだろう。それが何より父が喜ぶことである。尚この日伊勢では、二見ヶ浦で遥拝が行われる。二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)において、夫婦岩に向かって早朝遥拝をするのだが、何故遥拝かというと夫婦岩の先700メートルの海中に、祭神・猿田彦大神ゆかりの神の石・興玉神石を拝するため遥拝であるがためで、夏至の前後に夫婦岩から遥拝すると、朝日がちょうど夫婦岩の間から見えるから尚更縁起がいいものとして一心に信仰を集めて来られた。二見浦での最大の風物詩として、こうした夏至の「サンライズ」は、江戸時代より二つの岩の間より昇る「日の出」が観測されている。その「サンライズ」は富士山の背後より昇る「日の出」であり、現在では「ダイヤモンド富士」の愛称として親しまれ、その出現の時刻は4時29分頃になる。それは約1週間程度観測される。そしてこの方角を、静岡県に当てはめると、田貫湖畔になり、そこも「ダイヤモンド富士」として親しまれている。又この神社は、本地垂迹と密接な関係にあり、白洲正子などは日本人精神的バックボーンだと主張して憚らなかった。一年間を二つに分けていた時代の名残として、今月末に各地で夏越の大祓いの行事があり、茅の輪くぐりで大いに賑わうことだろう。入梅でややもすれば鬱屈しそうなこの水無月にも多くの御祭や行事があることを忘れてはならない。梅雨の時季はそれなりに大層楽しいものである。奥日光の戦場ヶ原には、そろそろ薔薇科で櫻の花のような可憐なズミの花が開き始めることだろう。

 

 

夫婦岩遥拝 夏至の禊の儀にて 二見興玉神社「サンライズ富士」

 

 

 

貴女と いつか行ったネ 100万本の百合の花たちが 僕たちを迎えてくれた 「伊勢志摩ゆり園」にて

 

 

 本日のBGMは 23日の沖縄慰霊の日に対し奉り 森山良子の「さとうきび畑」

 

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