太宰治 本日生誕百年の記念日にして

 

 

 

 小説『津軽』 東津軽最北端の地 小泊まで 太宰は乳母・越野たけに逢いに行った 「小泊と権現岬」

 

 

 

 

              太宰治 本日生誕百年の記念日にして

 

 

 今日(の櫻桃忌)で、 太宰治が生誕してからちょうど100年に当たる。1948年(昭和23年) 『人間失格』を発表後、愛人の山崎富栄と玉川上水(東京都北多摩郡三鷹町、現・三鷹市)の急流に引きずり込まれるように入って心中したのは6月13日、そして見つかったのは今日の19日であった。友人たちは三鷹の禅林寺に眠る太宰を偲び、『櫻桃忌』と名付けて今日まで至る。享年38歳没(満年齢)。太宰については様々な感想をお持ちでありましょう。でもまさに正直者として生きた太宰は、僕は好きだ。戦後最期の作品として書かれた代表作『人間失格』や『斜陽』など大物はみな反骨の心で描かれた。戦時中殆どの作家が右傾化し、軍国主義的発言を繰り返したかと思いきや、戦後よくぞまぁイケシャ~シャ~として民主主義と唱えるものだなと文壇に露骨に反骨した証であった。太宰は戦争中、お伽話のようなユーモア小説しか書かなかった。学生時代の太宰は授業には出ず、どちらかというと左翼傾向が強く、芥川龍之介に憧れ、早くから熱心に執筆活動をしていた。

 

 

太宰の生家 青森県五所川原市にある『斜陽館』 正門 応接間 囲炉裏端

 

 太宰には多くの誤解や先入観がある。女々しいとか暗いとか、ダダイズムで破滅的で、嫌だと。確かに表面にはそんな部分を否定出来ないが、僕は太宰は実は可哀想な育ち方をしていて、六男というどうでもいいような立場にあって、父母の愛を一切知らずに大きくなったのだ。従って女性に対して、マザコン的な部分を多く抱えたまま成長していったのだった。僕が一番に大好きなのは、『津軽』である。芥川龍之介に憧れ、フランスのフの字も知らず入ってしまった東京大学文学部仏文科に入学したのだが、余りにも高等な勉強について行けず、殆ど授業に出たことがなかった。それでも太宰は、芥川龍之介への思慕の念は強く、井伏鱒二に師事し、熱心な創作活動を開始してしまうのだ。

 

 

津軽の象徴・お岩木山と鰺ヶ澤の杉棲息最北端図と、ヘンペ湿原にある花、

及び白鳥が飛来する沼より見たお岩木山

 

 太宰は、『津軽』に、真正直から書いている。序編から始まって、結構退屈な入り方をしているが、徐々にその狙いが明らかになって来る。そう言えば太宰は津軽をそれほど知らずに、35歳を過ぎていた。自分が生まれた故郷を写実し、幾多の罪を作りながら生きて来た負い目もあっただろう。どうしてこんな自分になったのか解明したかったに違いない。津軽を旅する。そして最後は、3歳から7年間も乳母として太宰を育ててくれた大切な人に逢いに行く。ようやく着いた小泊。東海岸で言えば最北端の地となる。金物屋、だが逢いたくて堪らない越野たけは不在であった。筋向かえの煙草屋に行って、たけの行方を尋ねると、今運動会に行っているはずだと言われる。道を聞き、会場に向かう。溢れるばかりの人の波とテントの圧倒する数。何度もグルリを回りながら尋ね歩く。とうとう縁がなかったかと往生し、諦めかけ、再び金物屋に行く。するとその扉が少しだけ開いていた。嬉しくなって、飛び込む太宰。中から出て来たのは運動会に出ていただろうと思われる少女。腹痛を起して帰って来たのだと言う。でも何とかして逢わせてくれと懇願する。腹痛のまま、少女は太宰を運動会場に連れて行き、やっとの思いでたけと逢うことが叶った。でも素知らぬ顔をするたけ。然し何とも言えない安堵の心が沸いて来る。敗戦の後でもこうも賑々しく運動会をやっている。この空気感は一体全体何なのだろうと太宰は反復する。

 

 

西海岸の端・竜飛岬 この上に灯台がある 津軽海峡冬景色の歌碑 

真ん中の紅いボタンを押すと大音量でカラオケが鳴り つい対岸の北海道を観て歌いたくなる 日本一狭い国道

 

 やがて運動会が終わる。それからたけは、「竜神様の櫻でも見に行くか。どう?」と誘う。たけの後を付いて行く太宰。砂山にスミレの花が咲いてゐた。たけは黙って登って行く。太宰も何も言わず、ぶらぶら歩いてついて行く。砂山を登り切って、だらだら降りると竜神様の森があって、その森の小路のところどころに八重櫻が咲いてゐた。たけはぐいと片手をのばして八重櫻の小枝を折り取って、歩きながらその枝の花をむしって地べたに投げ捨て、それから立ちどまって、勢いよく太宰のほうを向き直り、にはかに、堰を切ったみたいに能辯(のうべん)になる。

 

弘前城址の櫻たち 左は枝垂れ櫻 その次は櫻のトンネル 

札がある写真は日本一古い染井吉野の看板 城址で最も大きな枝垂れ櫻

 

  「久し振りだなぁ。はじめは、わからなかった。金木の津島と、うちの子供は言ったが、まさかと思った。まさか、来てくれるとは思はなかった。小屋から出てお前の顔を見ても、わからなかった。修治だ、と言はれて、あれ、と思ったら、それから口がきけなくなった。運動会も何も見えなくなった。三十年ちかく、たけはお前に逢ひたくて、逢へるかな、逢へないかな、とそればかり考へて暮らしてゐたのを、こんなにちゃんと大人になって、たけを見たくて、はるばると小泊までたずねて来てくれたかと思ふと、ありがたいのだか、うれしいのだか、かなしいのだか、そんな事は、どうでもいいぢゃ、まぁ、よく来たなぁ、お前の家に奉公に行った時には、お前は、ぱたぱた歩いてはころび、ぱたぱた歩いてはころび、まだよく歩けなくて、ごはんの時には茶碗を持ってあちこち歩きまはって、庫の石段の下でごはん食べるのが一番好きで、たけに昔噺(むかしこ)語らせて、たけの顔をとっくと見ながら一匙づつ養はせて、手かずもかかったが、愛(め)ごくてなぅ、それがこんなにおとなになって、みな夢のやうだ。金木へも、たまに行ったが、金木のまちを歩きながら、もしやお前がその辺で遊んでゐないかと、お前と同じ年頃の男の子をひとりひとり見て歩いたものだ。よく来たなぁ」と一語、一語、言ふたびごとに、手にした櫻の小枝の花を夢中で、むしり取っては捨て、むしり取っては捨ててゐる。30半ばを過ぎてやっと知る一つの愛の欠片、数々の心中事件や自殺未遂事件や、論争などに明け暮れた日々はそこにはなかった。黙りこくっていたものの、ある種の充足感でいっぱいに満ちていた。本当に愛情ってものを知らない人間だったことを思い知らされる。

 

 

本日6月19日に除幕式があった太宰の銅像(五所川原にて 像近く白い服の方が長女・津島園子さん)

五所川原伝統のネブタ 高さは何と10メートル以上もある

 

 そしてたけと話しているうちに、三つの時から七年も世話になったたけに、驚くことがあった。生まれからして、青森で、当時NO4の資産家だった実父も実母も何にも構ってくれるはずはなかった。一段高い広い座敷、そこには当主と長兄だけが上がれた。六男であった津島修治(太宰治の本名)はほとんどそこには上がれず一切構われることはなかった。その時に、たけだけが矢継ぎ早に質問をしてくるのを観て、太宰は育ての親であるたけによく似ていると気付く。私ひとり、粗野で、がらっぱちなところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だったことを。己が人生の立ち位置をハッキリと知る。それでもそんなような、同じ感じの人たちが自分の友人であるに間違いないと思い、たけに逢ってよかったとやや気を取り直す。

 

JR中央本線三鷹駅周辺の太宰関係の地図 

 

  そして『津軽』の最後にこうある。「あれこれとあつめたのだが、津軽の生きてゐる雰囲気は、以上でだいたい語り尽くしたやうにも思はれる。私は虚飾を行はなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。ではさらば、失敬。」で締め括られている。僕はこの『津軽』を読んで、ずっとはまりっ放しである。『津軽』を、一度太宰の歩いた通りに歩いている。小泊の金物屋にも行ったし、小学校の校庭付近に建てられていた「たけと太宰」の二人の銅像も見た。又今日は五所川原市に、新しく太宰の100年記念像も建てられたと言う。青森で、千葉作龍という一級の腕を持ったネブタ師の大友人や白神山地でいまだに頑張っている鷹匠やマタギの大切な友人もいる。八甲田の高地牧場で働く青年や八甲田遭難事故慰霊碑前で御茶屋をしている正調ネブタ囃子の親方とも友人である。多くの友人がこの本一冊で、如何に数多く出来たことだろう。「富士には、月見草がよく似合う」や、「うまれて、すみません」などのキャッチコピーを数え挙げたらキリがない。今後も多くの絶望する若者に、魅了し読み継がれて行くことだろう。太宰は、川端康成や三島由紀夫の言うような耽美主義的美意識の男ではなかった。ただ書くために、ひたすら前向きであった。遺書にもあった通り、愛するご夫人・美知は信じてやまなかった。ただ愛のためだけに生きた。多くの事件などを起して、幸福をも投げ出す私小説作家の嫌味を感じなくもないが、僕の太宰は淋しがりやで、愛妻家で、子煩悩で、結構いいヤツだったんだよ、ねぇ!

 

 

太宰の眠る三鷹・禅林寺のお墓 玉川入水現場にある五所川原産の石碑 又太宰のレリーフ

現地でやっている「太宰治生誕100年記念ホームページ これあり

 

今日は忌日ではなく太宰の誕生日 もはや100歳となれり ではグッド・バイ!

 

 

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