夏至 我が國の調(しらめ)・禊(みそぎ)となせり

 

 

父の日につき 尾張芝安の饂飩を父にプレゼントす

 

 

 妻の作りし 父の肩掛けポシェット 果たして父は使ってくれるだろうか 何時の間に妻は作っていたのだろうか

 

 

 

            夏至  我が國の調(しらめ)・禊(みそぎ)となせり

 

 

 主に北欧では賑やかな夏至祭がある。メイポールを立て、それを中心に一日中人々が踊りあかす。近年、日本でもそれに倣った『夏至祭』なるものが横行している。北欧では短い夏を歓び、そして豊穣を祈る行事でもあるのだが、日本の夏至祭は、主に飲食店で開かれている夏至祭は怪しなもので、模倣好きな日本人が最も得意とするところである。普通に言えば軽薄で、よく言えば柔軟な国民性を反映しているものと言えるだろうか。

 然し日本では古くから夏至祭と呼べる行事がなかったわけではない。天照大神の行く手の邪気を祓い、道案内の神として特別重要視されて来たのが、方角の神であり善導の神である猿田彦神がおいでではないか。大神のお使いが蛙とされ、貸したお金がカエル、無事カエルなどという俗信が生まれ、二見興玉神社に行くと、ご利益があった方々から御礼として蛙の人形が多く奉納されている。また古来から人々は二見ヶ浦に詣で、夫婦岩の間から差し昇る「日の大神」と、夫婦岩の沖合700mの海中に鎮まる猿田彦大神縁りの霊石と伝えられる「興玉神石(おきたましんせき)」を拝して来た。この伊勢の海清き渚より富士の山影を望み、その背から輝き昇る朝日、取り分け夏至の朝日を拝する神厳さは筆舌に尽し難い感動が得られる。世界を照らし治め、日の大神と称えられる天照大神様の御神威を拝み、また猿田彦大神様の御神力のお陰を戴き、神人一体の極致を体感されるようである。伊勢の神宮にご参拝する時は必ずここ二見興玉神社にお参りし、御禊をすることが習わしであった。海へ御神酒と塩を入れ、そこに本人も浸かって、身を清めるというものである。特に夏至の時は夫婦岩から朝日がちょうど拝めるから、特段の禊の行事と言えようか。夏至は禊(みそぎ)にこそ、本来の意味があったように思う。

    浜参宮


  古来、伊勢神宮に参拝する者は、その前に二見ヶ浦で禊(みそぎ)を行うのが慣わしで、それに代わるものとして、二見興玉神社無垢塩祓いを受ける。これに使う幣は、二見の海で採れる海草でできていて、神宮式年遷宮のお木曳行事やお白石持ち行事への参加者は、こうした禊の方法を取る浜参宮が行われたものであった。

 

 

夏至の時、夫婦岩には夫婦の真ん中に朝日が出て、運が良ければ霊峰・富士までご遥拝出来る

 

 夏至とは、梅雨明け間近な小暑までの15日間のことを言う。24節気の中で最も陽が長く射す日で、その真逆が冬至である。夏至の最後の5日間の頭を「半夏生(はんげしょう)」と言い、今年はちょうど7月7日の七夕さまの日に当たっている。この日天から毒気が降って来るから農事を休みとし、5日間を休農とするようである。関西では「蛸」を食べ、福井地方では「焼き鯖」を食べ、更に讃岐では饂飩を食べるというが、この根拠はどうもよく分かっていない。もっとも讃岐で饂飩が年がら年中食べているが、この日だけは特別なのだろうか。夏至には不思議な霊力があるらしく、小豆島では「夏至観音」なる神々しい光のシルエットが登場するようである。半夏生の頃は梅雨明け間近で、「半夏雨(はんげあめ)」と言って、強く叩きつけるような大雨となることが多い。夏至は古代から、どこか神秘的な要素があったようである。

  昨日は「父の日」に当たり、妻と娘と三人で実家に赴き、父に巻頭の写真にある通り、僕と妻とそれぞれに差し上げて来たが、逆に倍返しのようにして大いにご馳走を戴いて帰って来た。いつまでも迷惑を掛けるネと言ったら、父は嬉しそうにしていた。孫の杏を抱いて、父は相好を崩し歓んでいた。僕も嬉しかった。

 

 

 半夏生 烏柄杓のことである 白い部分は大暑過ぎる頃には全部緑色となる

 

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