アンとネブタとラッセイラ~~!

 

 

 クタクタ クーちゃん(犬)と  あざらしのゴマちゃん(杏 愛用縫いぐるみ達)

 

 

 

 

         アンとネブタとラッセイラ~~!

 

 

 この2日から青森でネブタ祭りが始まった。前会社のほうで例年の通り、桟敷席を借り切り、大勢のお客様に対しご接待の日になる。残念ながら、今年の初日は雨で、すべてのネブタに縫い目がないビニールシートをすっぽりとかぶらされて運行され、いまいち迫力に欠けていたという。初日は子供ネブタが多く出るから、お子様連れのお客様はきっと大喜びであったのだろう。3日から、本格的な大型ネブタが更に数台加わり、一層華やぎさを増す。6日には、ネブタそのものの出来の美と、そのネブタに付いて廻る跳人(はねと)達の整然とした運行状況と、お囃子方の演技の三点を総合評価され、厳格に審査がなされて、ネブタの各賞が決定される。4台~5台の受賞したネブタだけが7日夜、青森港湾内での海上運行の栄に浴する。最後の華やぎは船でも「ラッセラッセラッセイラ~」と長手提灯を船上から振りかざし、お囃子が宵闇の海上いっぱいに鳴り響き、ネブタは前後左右に派手に揺れる。「ラッセイラァ、ラッセラッセイ、ラッセイラァ~~~」と会場を埋め尽くす観客も大声で囃したて、思い切り煽られ、海上と地上が互いに呼応し合い、初めて来た観客たちの度肝を抜く。ネブタを乗せたダルマ船はゆったりと湾内を航行する。夜の闇の背後に花火がドド~~ンとうち上がり、今年も大変な盛り上がりになるだろう。揺れる波間に映し出されるネブタの鮮やかな電飾の色彩は本当に美しくこの世のものとは思えない。但し景気の波は、ネブタの数にも影響し、今年はスポンサーの激減によって、大型ネブタは20基だと聞いている。最盛期は確か35基ぐらい出ていたことを思えば淋しい限りで、桟敷席も全部埋まることがなく今後が心配される。一台で5000万円ほど掛かるので景気回復するまでは仕方がないことだろう。でもどのネブタにも、一台につき最低三千人の跳人が加わり、派手に大声を出して騒ぎたてる。せめて年一回のこんなお祭りから不景気なんかぶっ飛ばしたいものだ。

 

            青森ねぶた祭オフィシャルサイト  (サイト内に ネブタのお囃子が聴けます どうぞご視聴下さりまし)

      北国の短い夏にネブタ炸裂す  (当ブログ「硯水亭歳時記 Ⅱ」 ’07/8/4 記事)

 

 

扇子持ち(ネブタ誘導するリーダー)    囃子方 笛(練習用と本番用) 鉦 楽譜    扇子持ち用法被の飾り勘亭流文字

 

 

 当家の長女・杏はもう離乳食の段階ではない。普段からすっかり普通のお子様用食事を摂っている。無論杏が大好きなものが中心の食事だが。オマセなのかなぁ。大小だって、自分の顔で、僕に何をしたいかを訴えてくる。オムツを汚すことがメッキリ少なくなった。さすがに未だ飛び跳ねることはないが、ヨチヨチしながらもちゃんと歩いている。下手したら、僕の歩行に追いついて来るようで、チチ頑張らねばなるまい。星廻りから言えば意地っ張りな子だから、独り遊びが得意なようで、そこが妻によく似たのだろうか。でもよく観ると、当家はそれぞれがそれぞれであり、個性派集団なのは確からしい。それぞれ独立しているように勝手に頑張る。それでいて立派に家族が成り立つ。結構なことじゃないかぁ。望む処だ。で、杏は、大きい縫いぐるみより、ちっちゃな縫いぐるみをとても気に入り可愛がっている。胎教から音楽を聞かせていて、何でも音を聞かせると、聞いた風な顔をして、意味不明な歌めいて唸ったり、言語甚だ不明なれど、何やら大いに話したい時はくっついてくる。ヒステリックな部分が殆どない。有難いことだと思う。そうして娘からスキンシップを求められるとは、オトコとして嬉しいことじゃないか。と、まぁどうやら親がなくとも子は育つものらしい。一人のちゃんとした個性を持つ人間を産む女性ってぇのは、マジに凄いなぁと思う。ただ次の子が産まれたら、このままかどうか多分保証の限りではないだろう。姉妹になるのか、姉弟となるのか、まだ分からないが、どうにか仲良しになって欲しいと願う。何がどうあれ、いずれ離れて行く運命だろうから、せめて成人するまでは細やかなことにも気配りをしていたい。勿論死んでも親子の縁は切れやしない。でもだからと言って絶対に枠にはめるように育てたくない。僕は、子供の話す中身をよぉ~~く聞いてあげる聞き上手なチチになりたいと思う。

 やっと夏らしくなったそんな日、チチは、青森ネブタや、秋田の竿燈や、仙台の七夕祭りや、山形の花笠踊りなどが始まって、いつもとは違いソワソワしている。ついに笛や鉦を取り出して、本番用の笛を吹いてみたり、リズムよく鉦などを叩いたりしている。結構な迫力の音になる。いつの頃からか、僕は青森ネブタのお囃子を、正調お囃子の会の方から何度か稽古をつけてもらって、すっかりマスターしている。大型ネブタの前で、ネブタの前後30人ずつ一台で合計60人が就く大型ネブタの引き手と押し手を扇動するチームリーダーの「扇子(せんす)持ち」をやらせて貰ったことがある。だからその扇、数本や衣装一切合財を持っているし、当然跳人の装束も全部持っている。そこで今夏、旅に出られない鬱憤を晴らすかのように、堪らずチチは娘と一緒に演奏することに相成った。しばらく自分が吹く津軽塗りのネブタの笛の音に、僕自身が聞き惚れていると、何とまぁ杏!大好きなワンちゃんのクタクタ クーちゃんと同じようにクタクタとし始めた。ここ三日ぐらい続けてやっているから、笛が鳴りだすと、決まって杏はおんなじようにクタクタとしだす。踊りになってはいないんだろうが、何とも曰く言い難い仕草なのである。そのうち、妻までが勉強を一時中断して一緒に、「ラッセイ、ラッセイ、ラッセイーラァ~~~」と、僕が教えた通り、妻も大きな掛け声をあげ出す。得意になって、杏はクタクタとする。それを見て、妻も大笑いをする。おっかしいいったらない。笛が吹けなくなるぐらいに可笑しいのだ。こんな他愛もないこと、一つ一つを積み上げて行くのが家族の絆というものなんだろうか。どんな小さなことにも、横着せず心を砕いていたい。

 

 

青森港湾内での受賞ネブタの海上運行 ダルマ船に乗ったネブタはお囃子方とともに 港湾内を何度も練り回る

 

 

 

青森湾内 観客もラッセラッセラッセイラァ!ネブタ海上運行の際に ド派手に 多くの花火が打ちあがる 

これが終わると 短い北国の夏は終わりをつげ ややものがなしい北の空気が流れだす

 

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アンとネブタとラッセイラ~~! への6件のフィードバック

  1. 良枝 より:

    ふにゃぁ~ なんてかわいらしい。爆笑している家族の図が目に浮かびます 笑もうすぐお姉ちゃんに成るんですね。どんなお姉さんに成るのかしら。本当に、今から楽しみですね。いやぁ、本当に幸せな一幕 笑

  2. 文殊 より:

          りんこしゃま いやぁ早速のお越しで恐縮です。当家は皆バラバラでいいんだと思っています。結婚した時からの覚悟です。それでお互いが成立すればいいんじゃないかと。 杏は多分冷静な子ですから、いい姉ちゃまというより、静かに見ていてくれるそんな感じがしないでもないです。今まで独占していたママンのおっぱいを、今度はチビが独占する筈だから、少しは何かがありそうで、そこんところが少々、僕が気にしています。でもきっと大丈夫でしょう。一時的なものはあるかも知れませんが、さっさと自分の世界に入ってしまうママンですから、僕は大船に乗った気分です。兄弟なんていうのは、実は僕はたった一人も経験していないので、僕自身の反応で興味でしかないのでしょう。案ずるより産むが易しというが如く! 今日もおいで戴き、りんこしゃん、アリガトさんねぇ!!!

  3. 道草 より:

    硯水亭さんから青森のネブタ祭りの話を伺ってから、もう三度目の夏でしょうか。僅か3年の間に、貴家には様々な出来事があったようです。何にも増して得がたい宝物が二つも手元にあって、今はまたそれがもう一つ増えようとしている。夏は硯水亭さんにとっては最高の季節なのでしょう。小さい子供は、自分の大切なものをしっかり持つようです。それが人間であれ、また、玩具であれ絵本であれ、形の無い音楽であっても、本当に大切なものを本能的に見つけるのでしょう。我が家の子供達にも大切なものはありましたし、私の如き年齢の者でも、昔はそんなものがありました。物心がついて初めての誕生日に買ってもらった、セルロイドのラッパの玩具。赤い筒と黄色い吸い口の、あの大切な玩具は何処かへ行きましたが、思い出は微かながら消えずに今も脳裏に浮びます。杏ちゃんにも、きっとその大切なものは生涯心に残ることでしょう。「ねよわがこ」   森 鴎外ねよわが子 なれは好き子ぞ ねよわが子夜明けなば なれにとらせん 好きなものを好きなものは 人形やよき 毬やよきねよわが子 なれは好き子ぞ ねよわが子おひ立たば なれを添はせん 好きな人に好きな人は よしとよく見て 定めてんねよわが子 なれは好き子ぞ ねよわが子なが背子は 家を離(さか)り 年ひさになが世には 戦(たたかい)なかれ 世のなかにねよわが子 なれは好き子ぞ ねよわが子夜明けなば なれにとらせん 好きなものをおひ立たば なれを添はせん 好きな人に

  4. 文殊 より:

         道草先生 先生、おはよう御座います。枠にはめない教育の最も大切なお手本は先生です。お二人の素晴らしいお嬢さま方が今日頑張っておられるのは、先生ご夫妻の過去のご努力があったればこそだと信じきっています。そして日頃、多分全力傾注したくなかったかも知れない仕事に明け暮れ、ようやくお嬢さま方がお手許から離れられて、ご自分の大好きなエッセイを書かれていらっしゃる。心からご尊敬申し上げます。僕のお手本は先生の生き様です。 本当に、この三年間は激動の時間でした。怪我も病も皆、僕がしてきた結果です。何ら悔いはありませんが、ただ今は僕一人の身体ではありません。子供たちが成人し、自分の歩く道を、先生のお嬢さま方のようにしっかりと見定めるまで、僕は頑張らなければなりませぬ。人間として生まれて来ることは奇跡です。その奇跡を更に、もう1ランク上の奇跡にする勤めが人としてあるべき道でありましょう。子供たちはその奇跡を得るために、何に到達するかは分かりませんし、そうしなさいとも言わないつもりです。ただ願いはたった一つだけ、出来れば仏性を感得して貰いたいというぐらいです。あり得ない人としての誕生の上、ホトケと出会うこともあり得ない有難いことであるからです。無論イスラムやキリストや、他のどんな宗教でもいい。宗教はその底辺でつながっていると、僕は信じているからでありますが、中でも佛教は不思議ワールドでして、永い間宗教間で戦争を繰り返して来ました。でもホトケの世界では、その種の宗教戦争は少なかったと思っています。ですから異宗教間の取り持ちを出来るのは日本に根付いた佛教が最も適していると、僕は信じます。異文化も大切なことで、佛教にはそれらも飲み込むパワーがあると思います。そんなささやかな願いだけは子供に夢を抱えておりますが、それも強要するつもりはありませぬ。 怪我も病も因縁でなったことでしょう。それを真正面から受け止めて、そしてもっとも大切な闘争は自分の弱さとの闘争でしょうか。怪我に負けない、病に、簡単に負けない強い心を持っていたいと思っております。妻と出逢ったことが、近年で最上の選択でした。彼女は白洲正子のような人ですから、家事に適した人ではありません。彼女しか出来ない大切なモノを持っています。僕はイノチを賭して守って行く所存です。同時に僕がやりたいことを、妻も大きな心で見てくれています。こんな有難いことはありませぬ。お互い様ですから。 子供を見ていると、まさしく本能的に幼児の頃には既に選択することを、智慧として持って生まれているんだと思えてなりません。先生はセルロイド製のラッパでしたか。誰にでも、そうした思い出があるのですね。僕の場合は三輪車でした。陽が明けると、母が買ってくれた三輪車に乗っていました。まさかその三輪車が父から出ているお金で買ってもらったことをすっかり忘れて、父を恨んだこともあったなんて、今更遅いのですが、あまりの徳性のなさに悲しみが増すばかりであります。これからは父に、出来るだけ孝行をつくしたいと改めて感じ入っております。杏も、これから様々に趣味や興味が変化して行くのでしょう。しっかり支えみつめて参りたいと存じています。 森鴎外が、こんな可愛いらしいポエムを残していたのですか。いつもいつも詩心のない僕に多大な刺激を与え続けて戴ける幸せを実感しています。有難う御座います。夏は悲しみと歓びと、毎年どっとやって参ります。夏が来るたびに、頑張らねばと意を強くしているところです。今朝も早くからおいで賜り、心から御礼申し上げます。有難う御座いました! (残念ながら、今年のネブタは北村兄弟が相変わらず強かったようです。でも作龍のお弟子さんが受賞したようで、まぁこれもありかなと納得していますが、作龍に電話をし、せめてと慰めたところでした。美味しいホタテをツマにヤケ酒でも飲むはずです。過去の実績が、オフィシャルサイトに載っています。実績だけでも輝かしいものだし、これからも作龍は創り続けることでしょう。特に「直江兼続」をモデルにしたネブタが受賞対象からはずれたのが、僕もショックでした。作家のネブタだけが審査の対象ではありません。跳人が悪かったのか、お囃子か、色んな要素を感じるものですが、作龍はきっと他者に対して、その負い目を負わせることは決してないでしょう。酒をしたたか飲んで、自分のチカラの至らなさに深く心を痛めることでしょう。そんな作龍を、僕は愛します)

  5. (Kazane) より:

    こんにちは。ここのところ何だかバタバタしていて、しばらくコメントもご無沙汰してしまい、失礼しました。ぬいぐるみ、可愛らしいですね。杏ちゃん、きっと可愛がっているのでしょうね。硯水亭さんご家族の、楽しい様子がうかがえて、こちらまで嬉しくなってしまいました。 聞き上手なチチ、いいですね~。最近、家庭内でも「おはよう」や「おかえり」などの挨拶さえしない家が増えていると、ある記事で読みました。電車の中でも親子で並んで座っているのに、お母さんは携帯でメール、子供はゲームに夢中…なんて場面をよく目にします。何だか寂しいですよね…。硯水亭さんは、いいタイミングで、仕事の方向転換(?)も出来、良かったですよね。杏ちゃんの成長を見守り、一緒に過ごすってホント素晴らしい時間だな~と♪硯水亭さんが笛を吹き、奥様が掛け声、そして杏ちゃんが踊り。もう想像するだけでも微笑ましくて!幸せのお裾分けをしていただき、ありがとうございました☆

  6. 文殊 より:

        風音さま 有難う御座います。いいえどうぞどうぞ、コメなんて御気になさらずにいいんですよ。こんなドタバタ家族と、アクセク親父ですから、推して知るべしですね。あははは!杏はお陰さまでスクスク育ってくれています。子供って一人で育つんだぁと思った瞬間でした。白熊だって、パンダだって、あんなちっこいのに、みんなでっかけなって行ってますからねぇ。これも自然の為す業なのでしょうねぇ。親はなくとも子は育つの通りであります。 そうそう、僕はブログでは結構大変なおしゃべり親父なんですが、日頃は静かなもんです。妻も名前の通り静かですから、いつもたった二人だと毎日お通夜になってしまいます。だから杏が生まれてから、まじな話が多くなって、それだけでも有難いと感謝しています。ここではいいことしか書かないようですが、実際は堪らないような時がないわけではありません。でもその間が少ないというのか、僕にとっては驚異的な感じがしてならないんです。杏に、僕はいつも元気を貰っているような状態です。子供は一人手に大きくなるもので、子は子の考え方が多分幼少の頃から持っているように思われてならないのです。自分自身のことを考えても、きっとそうに違いないと想像しています。だから先ず子供の言うことを、そうだなぁ90%ぐらい聞いてから、後の10%の発言で充分かなぁと杏の顔を見て、そう結論づけています。 一応、僕と杏は公園デビューをしています。でもねぇ、ひと目で分かることがあるんです。無論想像でしかないんですが、そのご家族に、じ~じやば~ばがいるかどうか、それがねぇ、直ぐ分かってしまうような気がするんですよ。何となくですが、じ~じやば~ばがいてはる家の子は何か鷹揚な感じがするんです。余りにも直感的過ぎるでしょうか。その子の幅というのが、やっぱり多くの家族の中でもまれた子とそうでない子に大きく分かれるような気がしてなりません。ケータイに興じるママンもママンですが、ゲームに熱中する子も子であるように、余りにもかけ離れた家族ってどうなのでしょうか。やっぱり風音さんがご指摘されるように、淋しいですね。個人個人を尊重するっていうのと、バラバラなのって、意味合いが違っているように思われてなりません。おっしゃる通り、あまりにもいいタイミングで前職を離れさせて戴きました。今のCEOはパリで教鞭を取られていただけあって、世間のことには全く疎く、手取り足取りせざるを得ず、実際は僕自身相当参っていたのです。でもインベスト部門を閉鎖してもらうことで、すっかり安心致しました。あんな堂々としたテナント業であっても景気不景気がありまして、空室率は上がっています。でも危ない、しかも時事折々変化するインベストをやっちゃ折りしも余りにも無謀ですものね。それもいいタイミングだったと思っています。 来週の半ばには妻の書いている論文が一旦ケリがつくらしいので、又楽しみが増えます。家族で仲良く元気でいるのが、風音さんに対して何よりの恩返しだと考えます。杏のクタクタ踊りは半端じゃなく面白いです。ここに映像を流そうかとよっぽど思ったぐらいでした。あはははは!僕は子供の時から能管をやっていますから、お祭のお囃子の覚えも結構いいほうだと思っています。篠笛と能管は作りが違いまして、能管のほうが遥かに難しく出来ています。満月の夜など、拙宅では能管を吹いて、妻の心をくすぐって楽しませています。「天にありては比翼の鳥、地にありては連理の枝」(能 『楊貴妃』より)ということでしょうか、まぁそんな心をこめて参りたいと存じます。今日も有難う御座いました!ペコリ

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