今ひと度のアラスカ  星野道夫への思い

 

星野直子さん

ベイエフエム/ザ・フリントストーンの番組でインタビューに応える星野直子さん ラジオ収録の現場にて

 

 

 

                      今ひと度のアラスカ 星野道夫への思い

 

 

 今日は星野道夫の忌日です。今から13年前(1996年)の8月8日早暁、星野道夫はカムチャッカ半島でヒグマに襲われ亡くなりました。何と現地人が餌付けをしていたヒグマに襲われて急逝されたのです。スタッフはバンガローで一夜を過ごし、本人だけがテントの中にいた未明のことでした。遺されたのは、奥様の直子さんとたった一人息子の翔馬君です。それから直子さんはアラスカ・フェアバンクスの丸太小屋と日本の市川市とを行ったり来たりしながら、星野道夫が遺した作品の管理に没頭されておられます。あの時たった1歳だった翔馬君は現在中学生になられて、元気いっぱいだとか。普段星野道夫が通っていた本八幡駅近くの喫茶店「蛍明舎」で、それを伺ったことがあります。そこに今でも星野道夫のお母様やお姉様や、直子さんも通っておられるようです。何とも月日の流れるのは早いもので、あの信じられない事故から既に13年の月日が流れてしまいました。そして妻・直子さんは星野道夫とお付き合いをしてから、たった5年半の短い思い出を書かれた本が出版されています。結婚生活は僅か3年に満たない日々でありました。結婚の翌年に生まれた子が翔馬君です。そんな思い出が交錯する今日は特別な日です。

 「星野道夫と見た風景」 (新潮社刊) お二人共著となっていますが、事実上直子さんが書かれた本です。どうぞお読みになられて下さりたく!

 今日は直子さんが、千葉のFMラジオにて、2005年3月13日のインタビューで語られたことを改めてここに掲載させて戴き、星野道夫の死を心から追悼したいと存じあげます。尚このインタビューは「Copyright © UNITED PROJECTS LTD. All Rights Reserved」に、上記写真は「photos Copyright © 1992-2005 Kenji Kurihara All Rights Reserved」にあることをお断りしておきます。

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 星野直子さんの「星野道夫と見た風景」

                                         ゲストは星野直子さん

 96年にカムチャツカ半島でヒグマに襲われ、亡くなった写真家「星野道夫」さんの奥様「直子」さんをお迎えし、アラスカを愛した「星野」さんとの想い出などうかがいます。「直子」さんは先頃「星野道夫と見た風景」という追想録を出版されました。

 オーロラを見て感じたこと

 ●今日は、旦那様の星野道夫さんの話が多くなると思いますので、旦那様のことは星野さん。奥様のことは直子さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?

 「はい。よろしくお願いします」

 ●直子さんはこの度、「星野道夫と見た風景」という写真とエッセイで綴られた本を出版されました。本当に素晴らしい写真とともに、私たちが星野さんの本で感じてきたことの裏話的なものも、直子さんのエッセイを通じて知ることができました。星野さんと直子さんは星野さんのお姉さまによる、お見合いでお知り合いになったんですよね?

 「はい、そうです」

 ●初めてお会いしたときの星野さんの印象ってどうでした?

 「年齢が17歳違うっていうのは聞いていたんですけど、実際に会ってみたら年がそこまで違うっていう感じはしなかったんですね。アラスカの話を色々してくれて、その様子が少年のように目をキラキラさせながらだったので、すごく素朴で温かい人だなという印象を受けました」

 ●結婚する前にアラスカに行かれたそうですが、アラスカに着いて、星野さんが最初に連れていってくれた場所はどこだったんですか?

 「アラスカに着いて、デナリの国立公園に行こうかとか、色々計画はあったんですけど、一番最初に連れていってくれた場所っていうのが、フェアバンクスの中にある一番大きなスーパー(・マーケット)に連れていってくれまして、私も海外が初めてだったので、スーパーというと日本にあるようなスーパーしか知らなかったんですが、行ってみたらとても大きくてデパートのようなスーパーだったんです。で、そこのあるコーナーに連れていってくれて、『ここに来ればお醤油もお米も買えるからね』って、私が心配しているだろうと思って連れていってくれたんだと思うんですよね」

 ●男性がそういうところに気付くというのは感心なことだと思います。そのときは、星野さんは直子さんにプロポーズをしたあとで、返事待ちだったのでなるベくその不安を取り除こうということだったんでしょうね(笑)。初めての海外旅行でのアラスカの夜はどうでしたか?

 「夜っていうと、私は都会でしか暮らしたことがなかったので、何も聞こえない夜っていうのは初めての経験だったんです。なので、『こんなに静かなんだなぁ』っていうのを実感したのは驚きでしたね。夜に関すればですけどね」

 ●結婚したら暮らすことになるであろうアラスカの印象はどうでしたか?

 「初めて海外に出たのがアラスカだったので、出発前はどんなに日本と違う場所なんだろうっていう思いがいっぱいだったんですけど、アラスカに着いてみて、言葉はもちろん英語なんですけど、人々の温かさを感じてすごく安心するような、行ったこともないところなのでおかしいんですけど、懐かしいような感じを受けましたね。安心してホッとしていられる場所という印象を受けました」

 ●エッセイの中では、初めてのアラスカで初めてのオーロラをご覧になって、そのオーロラを見て直子さんの中で結婚への決意が固まったそうですね?

 「決意というような大袈裟な感じではなかったですね。オーロラが出始めたんですけど、みんな疲れて予兆を見ているだけで寝てしまったんですね。でも、私はどうしても見てみたくて、夜中までずっとひとりで寝袋をかぶりながらベランダで見ていたんです。そうしたらどんどん動き始めて激しくなってくるとピンク掛かってきたり、緑色掛かったりして、それを見ていたら口をポカーンと開けたまま動けなくて、そんな感じで空を見上げていたら、今まで自分が何をそんなに色々考えることがあったんだろうと思えてきたんです。大事なことさえ自分の中でしっかりしていれば、何も迷うことはないんだなぁって感じて、『大丈夫だよ』って言われたような感じがありました。それは後から気持ちがくっついてきたのかもしれないですけど、オーロラを見ながらそんな思いがありました」

  ワスレナグサ

 ●星野さんは、「結婚したら出来るだけ一緒にあちこち行こうね」っておっしゃっていたそうですが、日本で結婚式を挙げられて日本国内にハネムーンに行かれて、そのハネムーンのパート2がカナダ領のクイーンシャーロットでの、星野さんの撮影旅行だったんですよね?

 「はい。日本でずっと会っていたので、仕事をどういうふうにしているかっていう姿を見たのはそのときが初めてだったんですね。で、撮影をし始めるまでは普段通り他愛もない話をしながら散策して、『あんなのがあるね』とか『こんなのがあるね』って話をしながら歩いているんですけど、撮り始めると一言も話さなくなって、被写体に集中して撮っていたので、本当に息もしていないんじゃないかというくらいに見えたんですよね。それで、私も言葉をかけることも出来ずにそばで見守っているという感じでした。で、そんな姿を見て、『こうやって写真を1枚1枚撮ってきたんだなぁ』っていうのを初めて知りました」

 ●星野さんが撮ってらっしゃるときって、直子さんはそばでジーッとしているんですか?

 「色々あったんですけど、そばで見ていたり、長引きそうだなぁというときには、邪魔をしないように違うところを見ていたりとかそういう感じです」

 ●野生動物にも遭遇されていますよね?

 「ええ。色々な動物と出会うことができました」

 ●初めての遭遇はどんな動物だったんですか?

 「最初にクロクマを見たのはクイーンシャーロットだったんですけど、移動の車の途中だったので、黒い影が走っていって『あ、クマだ!』という感じだったんです。フィールドで過ごしているときに最初に出会ったのはシカでした。クイーンシャーロット島のトーテムポールの写真を撮りに行っていて、色々散策をしているときに、トーテムポールは長い年月が経っているので、朽ちて傾いているところがあったり、当時、ハイダ族の人達が住んでいた住居跡があったりしました。そんなところをシカが草を食べながらゆっくりのんびり歩いている姿を見たりしました。あと、夫と一緒に歩いているときに、茂みがなんとなく膨らんで見えるところがあって、『あれ、なんだろうねぇ』って言いながらかき分けたら、生まれて間もないであろうシカの赤ちゃんがうずくまって・・・」

 ●コジカのバンビのように?

 「そうですね。起こさないように夫は何枚か撮影をして、また元通りに戻してっていう出会いもありました」

 ●数々の撮影旅行に同行した中で、直子さん御自身が新たに発見したものや、強く惹かれたものってありますか?

 「ひとつに絞るのは難しいんですけど、まずひとつ目は花の撮影のためにアリューシャン列島に同行できたんですね。そこのアリューシャンの花っていうのは、同じ花でもアラスカ本土とは種類が違ったりするんです。一番印象に残っているのは、そのときにちょうど島の人が、『ワスレナグサがとってもキレイに咲いているから、そこに行けばたくさん咲いているよ』って教えてもらった場所に行ったんです。でも、ふたりで歩けども、探しても全く見つからなくて、『おかしいねぇ』って言ってフッと足下を見たら、そこは岩場のように見るからに花が咲きそうもない痩せた土地に見えたんですけど、そこに這いつくばるようにお花が咲いていたんです。よく見たら、私たちの知っている淡いブルーではなくて、濃いブルーのワスレナグサが一生懸命咲いていたんです。そのアリューシャンの島は気候の厳しいところなので、背丈が伸びずに這いつくばるように花を咲かせていた姿を見て、誰も見ていなくても、こんなに厳しい状況の中で命を繋げている、咲いている姿を見て、私は少しだけお花の勉強をして、その時には切り花しか知らなかったんですが、逞しく生きている姿を見てとても心を動かされました」

   クマと過ごした豊かな時間

 ●本の中にも出てきたんですけど、撮影旅行の途中で衝撃的な出来事もあったそうですね?

 「そうですね。いくつもの動物との出会いがあった中で、一番緊張したのはクマの生息地の中で撮影があって、そこにテントを張って1週間から10日くらいキャンプをしたときですね。 そこは南西アラスカでカトマイ国立公園というところなんですけど、そこは通常はキャンプ地になっていて、キャビンがあってレンジャーの人がいてというところなんです。クマは遠慮して近くまで出て来ないので、そのキャンプ場が閉まってレンジャーもいなくなって、自分たちの責任でその場所に入るっていう時期を選んで行ったんですね。そこは水上セスナでしかアクセスできないところで、その水上セスナが湖に着水して外に出てビックリしたんですけど、湖岸に小山のように大きなクマがゴロゴロと10頭くらい、ポツンポツンと気持ち良さそうに昼寝しているんですね。『確かここでキャンプをするんだよなぁ』と思って、その時はさすがに緊張しましたね。でも、何日か夫と一緒に行動していて、自分達人間が食料を持っていることで、匂いによって向こうから来てしまったりとか、見通しの悪いところでパッタリ出会ってしまったりとか、そういうことに気を付けていれば、クマのほうから突然向かってくることはないということが分かったので、少しずつ緊張がほぐれながら過ごしました」

 ●その中でクマさんのいびきを聞いたそうですね?

 「はい。夜だったので、多分、私たちで勝手にいびきかなと言っているだけなのですが、夜は本当に静かなので何も音が聞こえないんですよ。秋だったので、テントの廻りに落ち葉があって、クマが歩いていって大地を踏みしめる音で『クマが歩いているなぁ』とか、そういう音は聞こえてくるんですけど、ある夜に今まであまり聞いたことのないような低い音が聞こえてきて、『なんだろうねぇ』って言ってテントの入り口を開けて、ふたりで耳を澄ませていたんです。外は真っ暗で何も見えないんですけど、音が聞こえたり止んだりというのを繰り返していて、『あれ、もしかしてクマが近くで寝ていて、いびきかなぁ』っていう話をしていたんです(笑)。確かめる術は何もなかったので、私たちの想像でしかないんですけど、そんなこともあって、きっと私ひとりだったら怖かったと思うんですけど、夫が一緒にいたので、姿は見えないけど近くにクマが寝ていて、クマと同じ時間を過ごしているんだなぁって豊かな時間を過ごせました」

   直子さんの「星野道夫と見た風景」とは!?

 ●星野さんとの撮影旅行に同行するばかりではなく、フェアバンクスの御自宅での留守番も多かったと思うんですけど、私たちのイメージではアラスカといえば寒いところという感じがあるんですが、気温って平均して何℃くらいなんですか?

 「夏の7月くらいで、一番暑くなると30℃を超える日が何日かあったりします。なので、半袖で過ごしているという感じです」

 ●逆に冬はどうですか?

 「私は真冬の一番寒い時期っていうのを体験していないんですよ。夫が日本で出版社との打ち合わせとか、日本での仕事を12月の終わりくらいから2月の初めくらいまでの一番寒い時期に日本でするよう戻っていたので、合わせて一緒に帰っていたんです。なので、-40℃、-50℃っていうのは体験したことがないんです。私が覚えているのは12月の中旬くらいで-33℃ということがありました(笑)」

 ●(笑)。でも、そういう時は家の中にいますもんね。

 「そうですね。日本のように歩いてどこかへ行くという距離に色々なものがないので、車で移動をするんです。なので、移動と移動の間を歩くくらいですね」

 ●自然が豊かで、厳しさも優しさもある中で暮らしたからこそ、いま、日本に戻られてきて生活していて、懐かしく思ったり、ギャップを感じたり、逆に日本が見えてくることってありますか?

 「あります。それは夫も言っていたんですけど、アラスカに行って日本を離れてから、逆に日本の良さっていうのがよく分かった部分はありますね。アラスカの自然はとても大きくて、日本の自然と比べると大きい小さいという話になってしまうんですけど、日本の自然の繊細さというか、季節が移り変わっていくゆるやかな様子とか、そういうのをとても感じるようになったということを言っていたんです。私は3年くらいしか、アラスカに1年中いるという生活が出来なかったんですけど、離れてみて日本の良さとか、アラスカでのことを思い出したりというのはたくさんあります」

 ●直子さんの今後の夢を教えていただけますか?

 「これはひとりでは決められないので、子供と相談しながらなんですけど、子供がもう少し大きくなって、アラスカの学校に短期間行ってもいいという気持ちになれば、1年を通して過ごしてみて、アラスカの自然の移り変わりを子供にも見せてあげたいですね。あと、自然の中のキャンプとか釣りなど、自然の中で過ごせる時間を増やして体験させてあげたいなという思いはずっとあるんですけど、なかなかそれが実現できずにいるんです」

 ●今回、直子さんがお出しになった本が「星野道夫と見た風景」というタイトルですが、直子さんにとって「星野道夫と見た風景」とはどういうものですか?

 「当時、見ていた風景っていうのは、初めて体験することばかりで『うわぁ、すごい』とか『うわぁ、キレイ』って、表面的なことしか見てこられなかったんです。でも、こうやって少し月日が経って、見てきた色々な風景を思い起こしながら、当時のことを思い出したりしていると、本当にかけがいのない時間を一緒に過ごさせてもらったんだなぁっていう思いが大きいです。日本で色々息詰まったこととか、『どうしようかなぁ』なんて考えているときに、フッと一緒に見た風景とかが蘇ってきて、そうすると『頑張れるかな』っていう気になるような風景があるので、生きていける元気になるというか、そんな風景を一緒に見てきました」

 ●私たちもいずれはアラスカに行きたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

                                                   皆さまとともに、直子さんと翔馬君を応援したいものです(硯) 以上

 このインタビューは「ベイエフエム/ザ・フリントストーン」が持っています。改めてお断り申し上げます。

 

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 又本日は、僕達二人が’07に入籍し結婚した記念日です。結婚式そのものは10月でした。ですから口性がない友人達からは出来ちゃった婚ではないのっ!と言われるのが多いんです。その度にいやいやそうじゃない、8月8日に婚姻届を出し、二人で日光へ夜空を見に行った後に出来たんだよと真顔で反論していたのですが、それも最近はメンドイから、そそうと話を合わせています。どうでもいいじゃないかと思うけれど、星野道夫・直子ご夫妻の17歳年の差以上に離れた結婚で、オールドボーイが多い友人達などからは半分以上冷やかしだと嬉しく楽しく受け取っています。既にオフィスは永い休みに入っていて、親子三人と半、ベッタリと仲良く過ごそうとしています。今夜は岡山風祭り寿司のつもりで、朝から仕込んだり、杏と一緒に楽しく今晩の夕餉の準備をしていて、杏もパワーになってくれているから心強いです。妻は今日も文机に向かっているのですが、第二子の出産前に絶対に仕上げておきたい論文があるかららしいので、来週半ばには完結しそうだと言っています。そして僕達の結婚記念日が星野道夫さんの忌日であることを心から誇りに思います。生と死は、不即不離の一体であるのでしょう。今この時を、いとおしく生きて参ります。

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今ひと度のアラスカ  星野道夫への思い への6件のフィードバック

  1. 道草 より:

    先ずは、何はともあれ、ご結婚記念おめでとうございます。早いもので、2度目の記念日を無事に迎え、そして何より、本日を豊かにして充実した日々の一つの節目とされた事をお慶び申し上げます。この間に愛する宝物も増え、また1年後にはその対象が更に増えて、一層の実のある人生を送られるであろうと確信しております。ご家族以外にも、ご親族や関係者多数を含め、これからも益々その心血を注がれる幅は広く深く伸展することでしょう。私など、もはや何度の記念日を過ぎて来たか忘れるばかりですが、それでもそれなりの人生がありました。敬愛される星野道夫氏とその命運の交代とも申す奇しき縁を、今後も大切にされますよう祈念致します。そしてまた、かくの如く神の与えしその命日に、深大なる追悼の念を捧げられる心意気や善し、と感服の極みです。これからの1年が、貴家ご一族の皆様にとって尚一段と深甚なる歴史を刻むであろうことを祈っております。夏の宵の慈愛に満ちたひと時、ご手製の岡山祭り寿司でご家族の篤い宴が始まる頃でしょうか。京都は暑い一日でした。遙か東の空へ向けて、私は冷えた盃で乾杯を捧げるものです。「へちま」  高橋新吉生命とは何ぞや飄々乎としてへちまは蔓にぶらさがる日々大きくなつてゆくお前は元々どこにもなかつたものだどこにも何もないそこからお前は生れて来た夕暮や  このうれしさは       へちまかな

  2. (Kazane) より:

    結婚記念日、おめでとうございます♪この2年間、本当に濃い時間だったと感じられているでしょうね。日々、幸せをかみしめている感じが伝わってきて、本当に素敵なご家族だな~と常々思っています。今年はまた家族が増えることですし! 楽しみですね。末永くお幸せに☆ 星野直子さんの記事、興味深く読ませていただきました。「星野道夫と見た風景」私も持っています。素敵な本ですよね。最近、ブログ友だちも私が紹介したのをきっかけに星野道夫さんのエッセイを読み、とても感動しているようです。私も折に触れ、写真を眺め、エッセイを読み、心豊かにさせてもらいたいと思っています。

  3. 文殊 より:

          道草先生 何度もどうも有難う御座いました。お陰さまで、夕べはこの僕も少々ワインを頂戴しまして、いい気分になりすっかり寝込んでいました。夕べ、父や叔母もかけつけてくれて、賑やかなお祝いになりました。杏も、いつも静かな家なので、急に賑やかになったものですから、すっかり盛り上がり、いつも以上にクタクタ・ダンスをしてくれたようです。うっかり今朝は寝坊してしまったのですが、杏を妻がかまっていたらしく、普段の寝不足をすっかり解消出来ました。それもこれも、本当に多くの方々のお陰だと心から感謝し嬉しく思っています。実は父からは、クール宅急便にて、何とニッコウキスゲを贈られたのですが、それが不思議で不思議でたまらなかったのでした。父が自宅にやって来てからやっと判明したのは、北海道の礼文島のニッコウキスゲらしく、それを蕾の段階で冷蔵保存し、それから贈られてきたというわけでした。随分凝ったことをしてくれたものだと、何だかジンワリとしとっても嬉しくなりました。あの日、父も叔母の入籍現場に立ち会っておりましたから。こんなささやかなことでも、やっぱり嬉しいものですね。まして先生からのご祝辞も頂戴し光栄の至りです。有難う御座いました。 又次には新しい個性が加わってくれるでしょう。こうして特別に仕組んだことでえもないのに、星野道夫さんとの因果を考えますと、やはり自然にきっちり対応し、又対峙して行かねばならんと改めて考えているところです。「ノーザンライツ」と言う殆ど遺言のようなエッセイがあるんですが、今しみじみと胸に刻んでいます。僕たちの計画も、その一環にあると思えば尚更です。星野道夫の遺したことを、直子さんや翔馬君と共有していたいと心から思いました。そしてそれが大きく広がればいいなぁと夢想し希望します。 昨夜の手作り料理は大変好評でした。父は久し振りに、僕の手料理を食べて、相当感激していたようです。僕が高校生の時、何度も父に弁当を作って霞ヶ関に出してあげたことがありました。もう遠い話なのですが、そんな時分を鮮明に記憶に留めていたそうです。済まなかったなぁと今更の顔でしたが、僕にしてはもっと何かが出来たんじゃないかとかえすがえすも反省しています。せめて母の分も長生きして欲しいと祈るばかりです。静かな父も、杏を抱いて楽しげでした。何よりのことだと、幸せに感じられた次第です。高橋新吉さんの詩は、あの名画家・久隅守景の国宝「夕顔棚納涼図屏風」の面影があって、とっても爽やかな素敵な詩ですね。詩や俳句にも国宝があればいいなぁと密かに思いつつ、かさねがさね有難う御座いました。

  4. 文殊 より:

         風音さま 今日はお越し戴き感激しています。どうも有難う御座いました。仰られる通り、病気や怪我があったものですから、この短時間に中にも様々なことがあったと改めて感慨深いものがあります。よくぞまぁ、ここまで色んなことがあるもんだと、まさによその方からすれば、危なっかしくて見てられないような状況と状態でありましょう。だからいつも全力疾走全力投球するしか能がありません。でもあの忙しかった前職を解かれ、本来は悠々な感じでいいのですが、僕はどうも忙しいほうが性に合っているように思われてなりませぬ。毎食の支度や掃除洗濯が大好きです。母が若いうちになくなって、そうするのが当たり前だったので、自然にそんなように動いてしまいます。僕が独身の時もずっとそうしていましたから、そうするのが当然なんです。でもどうやらこれは一種のサガなのでしょう。 星野直子さんのお話を読んでくださって有難う御座います。一地方局の記事にとどめておいては勿体無いなぁと思ったものですから、ここに改めてご掲載をさせて戴きました。随分背負っている話ですが、このブログには日々最低でも300近くの方々がお見えになられていらっしゃるからで、自慢話のようで嫌なんですが、あえてそうさせて戴きました。特別難しいお話ではないのですが、直子さんは再婚を一切考えておられないようで、もう中学生になられた翔馬君やお姉さまやお母さまと仲良く頑張っておられるようで、それが堪らなく甲斐甲斐しく思えて、心から応援したい気持ちになってしまうのが当然の帰結でありましょう。風音さまも、この本を買われて、時々眺められるとのこと、故人からしたら、どんなに嬉しいことでしょう。今後とも星野道夫さんも直子さんも翔馬クンもそれぞれに役目を果たされて行くことでしょう。 今日は本当に有難う御座いました。益々充実した家族を作って参ります。こんなドタバタ家族を今後も、どうか風音さんに応援してくださるよう、心から御願い申し上げます。有難う御座いました!

  5. 良枝 より:

    結婚記念日だったんですね!おめでとうございます。それにしてもご夫婦共に口数が少ないだなんて!ブログを見ている限り全く気がつきませんでした。奥様のことも、杏ちゃんのこともよくよく書かれていたのでてっきり会話があふれかえっているのかと思っていました。見守る愛情の中で書かれているものとは気がつかないほど、いつも愛情に溢れたお話ばかりで。私はウルサイほどよく話すし、主人も饒舌なのでそんな大人な雰囲気には憧れます 笑

  6. 文殊 より:

        りんこしゃま ウフフ、実際そうなんですよ。僕たちは家族にいるだけで、ただそれだけで会話が成り立っているようなんです。僕はブログですと、強烈に饒舌になるのですが、普段、人に対しても口数が少ない人です。僕はきっと父に似たのでしょう。僕の母は屈託なく、いつも笑い声が絶え間なかった人でしたが、母が逝った後はそれはそれは静かな、しかし心のうちで、父に大いに反撥を感じていた若かった僕でした。妻は静謐な人です。強烈に負けず嫌いな人で、自分で決めたことが何が何でもやりとげる人です。分かり易いと言えば、そうとも言えるのでしょう。現在執筆中の論文はここ二三日で終わるらしいので、その後少しは僕と娘の間に入っておしゃべりをしてくれるでしょうか。楽しみです。大きなお腹を抱えて頑張っています。 杏は、独り遊びが得意で、何とも助かっています。御用がある時だけ、僕の顔を見て、大か小かを言います。大の時はお鼻が真っ赤な顔になるから直ぐに分かります。小の時はソワソワした顔を見せます。それも非常に助かっています。京都の母の教えで、お出掛け以外は殆ど綿の布オムツを使っています。オムツを洗うのも僕が洗いますが、ちっとも汚いものとは思っておりません。変な話、食べてもいいぐらい、とってもいとしいのです。 りんこしゃんのご家庭はりんこしゃんの魅力がたっぷりあって、きっと楽しい明るいご家庭ではないでしょうかと、いつもそう想像しています。ただ僕がちょっとばかし年をくっていますから、その分だけそんな風に見えるだけでしょうね。家庭内でも、みなそれぞれです。それぞれがあっていいのだと思っています。金子みゝずの詩を思い出すまでもなく!りんこしゃん、お互いに頑張ろうねぇ。りんこしゃんの応援団副々部長として、いつもあったかい眼で見ているつもりです。顔を合わせない仲間でも、充分理解しあえるものだと確信しています。じゃねぇ、しゃんららん♪

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