子らにぞ神佛おはしませ  地蔵盆のこと

 

元興寺地蔵盆万灯会

奈良・元興寺の「地蔵盆万燈供養会」 8月23日~24日

 

 

 

          子らにぞ神佛おはしませ  地蔵盆のこと

 

 

  昨日義母が、去年、妻と娘と皆さんで京都でやった時の「地蔵盆」のビデオを持って来てくれた。全く知らなかったが、娘・杏の名入りの提灯もぶらさがっていた。ヤンチャな子供たちはゲームをやったり、お菓子を食べたり大賑わい。子供を救済し、地域を安定させる御佛さまとして、京都では特に地蔵信仰が盛んで根深く、あちらこちらで開かれている。何と言っても市内に、一説には5000体もお地蔵さんがあると言われているが、実数は定かではない。その分だけ身近な存在の佛さまであったのだろう。平安末期、末法思想華やかな時代からか、室町時代の、折から時代の暗雲立ち上がる時からか、ずっと永く続いていた地蔵祭り・地蔵会。それがいつの頃からか盂蘭盆会と重なり、地蔵盆と呼び名は変化した。後少しで後期の学校が始まると言う時季に、地蔵盆は最後のお楽しみとして子供たちは俄かに活気づく。お地蔵さんを安置している場所から引っ張り出し、お化粧を施し、前掛けを新品にし、新たなるご守護を祈願するためである。ちょっとしたお祈りの後に、子供たちにとっては大いなる楽しみが待っている。お菓子や、色んな歓びそうな遊びのモノを籤引(くじびき)したり、三々五々ゲームなどがあって、夏休み、どん尻の楽しみとなっているのだ。昔インドでは慈悲深い王様が二人いらっしゃって、一人はそのまま大慈大悲の一切智威(成就)如来佛になられた。一方の王は、佛になれるに充分な資格のある方であったのに、多く苦しみで喘いでいる衆生の救済に道に飛び込まれた。あえて佛となることを拒絶し、自らの決意で人の身のまま地獄に落ち、すべての苦悩とさ迷い続ける魂を救おうとした。何と言う強さだろう、それが地蔵菩薩さまで、菩薩さまのご霊験はあらたかで膨大であり、人々の罪業を滅し成佛させたとか、苦悩する人々の身代わりになって救済するとか、そんな多くの伝説や説話が数多くある。救いのない者や、特に逆縁や水子で報われなかった子供たちへ救いの佛となられたのだった。釈迦亡き後、未来佛で56億7千万年後に登場する弥勒菩薩さままで、無佛の時代になってしまう気が遠くなるほどの時間の中、お地蔵さま自らが釈迦佛に成り代わって、私たちを救済して下さる有難い御佛さまなのである。

 京都の地蔵盆は、近年の少子化の影響で、近頃は直近の土日に一日だけというところ町もあるようだ。この日は子供のための行事であるから、この期間子供は色々と優遇される。地蔵はよく子供と結びつけられるが、これは「賽の河原地蔵和讃」において、地蔵菩薩が幼くして死んだ子供を守る佛として描かれているためである。賽の河原で石を積む幼子は、邪鬼に苛められるのだが、それを助けに現れるのが地蔵菩薩で、子供を亡くした親にとって、幾らかでも哀しみを和らげてくれる存在なのである。このことがストレートに水子地蔵の信仰に繋がった。水子はグループから離れ淋しく独り遊びを余儀なくされていると言う。それが代表的な祀らいであるが、元来は宗教的な行事であった以上、お坊さんによる読経や、「百万遍数珠操り」といった仏教的な儀式もあるのだが、メイーンは福引きやゲームなど、完璧に子供向けの催しであり、この期間、子供たちにとっては天国そのものである。もう少し大きくなったら、杏だって歓びそうで楽しみに違いない。又地蔵盆は宗教的行事と言う領域を越え、京都のような閉塞性の地域社会では、町の人たちの絆を深める手段、或いは役割として果たされているのだろう。(尚関東地域では『稲荷信仰』は早くからあったが、地蔵信仰は遅く、江戸時代になってからのことであった)

 

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お化粧されたお地蔵さまや百万遍大数珠繰りの子供たち

 

 

  実際、子供たちの地蔵盆では詠われることが少ないが、京都中心に関西地域で広まった地蔵盆は、一般的には炉端にあるお地蔵さんを祀らうのだが、真言密教で大切な両界曼荼羅のうち、胎蔵界曼荼羅には地蔵さまは華やかな装飾をつけ、ほぼ真ん中においでになっていらっしゃる。従って幾多の御寺では「百万遍の数珠操り」の際、以下のような「賽の河原地蔵和賛」が詠われることになっている。これがなかなか素敵な詞章であるので、ここで全詞章をご登場願いたいと思う。

 

       賽の河原地蔵和讚(さいのかわらじぞうわさん)

 帰命頂礼(きみょうちょうらい)世の中の 定め難きは無常なり 親に先立つ有様に 諸事の哀を止めたり 一つや二つや三つや四つ 十よりうちの幼子が 母の乳房を放れては 賽(さい)の河原に集まりて 昼の三時の間には  大石運びて塚をつく 夜の三時の間には 小石を拾ひて塔を積む 一重積んでは父の為 二重積んでは母の為 三重積んでは西を向き 樒(しきみ)程なる掌を合せ 郷里の兄弟我ためと あら痛はしや幼子は 泣々石を運ぶなり 手足は石に擦れだだれ 指より出づる血の滴 体を朱(あけ)に染めなして 父上こひし母恋しと ただ父母の事ばかり 云うては其儘(そのまま)打伏して さも苦しげに歎くなり あら怖しや獄卒が 鏡照日のまなこにて 幼き者を睨みつけ 汝らがつむ塔は 歪みがちにて見苦しし 斯(こう)ては功徳になり難し 疾々(そうそう)是を積直し 成仏へと呵(しか)りつつ 鉄の榜苔(ぼうごけ)を振揚げて 塔を残らず打散らす あら痛しや幼な子は 又打伏して泣叫び 呵責に隙ぞ無かりける 罪は我人あるなれど ことに子供の罪科(つみとが)は 母の胎内十月のうち 苦痛さまざま生まれ出で 三年五年七年を 纔(わず)か一期(いちご)に先立つて 父母に歎きをかくる事 第一重き罪ぞかし 母の乳房に取りついて 乳の出でざる其の時は せまりて胸を打叩く 母はこれを忍べども などて報の無かるべき 胸を叩くその音は 奈落の底に鳴響く 修羅の鼓と聞ゆるなり 父の涙は火の雨と なりて其身に降懸り 母の涙は氷となりて 其身を閉づる歎きこそ 子ゆえの闇の呵責なり 斯る罪科のある故に 賽の河原に迷来て 長き苦患(くげん)受くるとよ 河原の中に流れあり 娑婆にて嘆く父母の 一念とどきて影写れば なう懐しの父母や 飢(うえ)を救ひてたび給へと 乳房を慕ふて這寄れば 影は忽ち消え失せて 水は炎と燃えあがり 其身を焦(こが)して倒れつつ 絶入る事は数知らず 中にも賢き子供は 色能(よ)き花を手折きて 地蔵菩薩に奉り 暫時呵責を免れんと 咲き乱れたる大木に 登るとすれど情なや 幼き者のことなれば 踏み流しては彼此の 荊棘(おどろけ)の棘(とげ)に身を刺され 凡て鮮血に染まりつつ 漸く花を手折り来て 仏の前に奉る 中に這出る子供等は 胞衣(えな)を頭に被りつつ 花折ることも叶はねば 河原に捨てたる枯花を 口にくはへて痛はしや 仏の前に這行きて 地蔵菩薩に奉り 錫杖法衣(しゃくじょうほうえ)に取付いて 助け給へと願ふなり 生死流転(しょうしるてん)を離れなば 六趣輪回(ろくしゅりんね)の苦みは 唯是のみに限らねど 長夜(ちょうや)の眠り深ければ 夢の驚くこともなし 唯ねがはくば地蔵尊 迷ひを導き給へかし 

 

              賽の河原地蔵和讚(さいのかわらじぞうわさん) <上記和讃の現代語訳>

  この世の中で  安定させるのが難しいのは生命である 親より先に死んでしまう 多くの悲しみを一身に受けるのだ  1~4歳等の  10歳にも満たない幼い子供が  母親と死に別れたのち  賽の河原に集まって  日の出から日の入りまでの間に  大きな石を運んできて塚を築く  日の入りから日の出までの間に  小さな石を拾って塔を築く  1つ積み上げては父親の為と  2つ積み上げては母親の為と  3つ積み上げては西を向いて  樒のような小さな手を合わせて  生まれ故郷の兄弟の為と  可哀想に幼い子供は  泣きながら石を運ぶのである  手足は石で擦られただれてしまい 指から血を流し  体を血まみれにしながら  父さんに会いたい母さんに会いたいと  一途に父母の事だけを  言ってそのまま倒れこんで  とても苦しそうに悲しみ嘆くのである  なんとも恐ろしい地獄の鬼が  鏡か太陽のようなギラギラした眼で  子供達を睨みつけて  お前達が積む塔は  歪んでいてみっともない  これではご利益も無いだろう  さっさとこれを積み直して  成仏を願えと叱りつつ  鉄で出来た粗末な棒を振り上げて  塔を全て壊しまわる  可哀想に幼い子供は  また倒れこんで泣き叫ぶ  咎めに間違いは無いのである  罪は誰にでもあるのだが  特に子供の犯す罪は  母のお腹にいる10ヶ月の間  様々な苦痛を母に与え  3年5年7年の  わずかな期間で先に死に  父や母を悲しませた事は  一番重い罪なのだ  母の胸にしがみついて  お乳が出ない時は  出るように胸をきつく叩く  母はこれにじっと耐えるけれども それでどうしてお乳がでてこようか  胸を叩くその音は  地獄の底で鳴り響く  阿修羅の打ち鳴らす鼓の音に聞こえるのだ  父の涙は火の雨に  なってその体に降り懸かり  母の涙は氷になって  その体を閉ざす嘆きこそ  子供こその煩悩の責め苦である  このような罪がある為に  賽の河原に成仏できずに来て  長い苦しみを受けるのだ  河原には流れがあって  現世で嘆いている父母の  思いが届いてその影が映れば  懐かしい父さん母さん  飢えを救ってくださいと  お乳が恋しくて這い寄ると  影は瞬く間に消えてなくなり  水は炎となって燃えあがり  体を焦して倒れながら  死んでしまうことは数え切れない  その中でも賢い子供は  色鮮やかな花を折り取って  地蔵菩薩にささげ  すこしの間責め苦を逃れようと  花がたくさん咲いている大きな木に  登ろうとするが可哀想に  幼い子供であるから  足を踏み外しては辺りの  いばらの棘に体を刺され  全身血まみれになりながら  ようやく花を折り取って  仏の前にささげるのである  その中でも這って歩く子供達は  胞衣を頭に被ったままで  花を折る事も出来ないので  河原に捨てられている枯れた花を  口に咥える姿は不憫である  仏の前に這って行き  地蔵菩薩にささげ  錫杖や法衣にすがり付いて  助けて下さいと請い求めるのである  生死硫転を逃れたとしても  六道輪廻の苦しみは  これだけとは限らない  煩悩の闇が深ければ  迷いから覚める事も無いのである  ただ願うのは地蔵菩薩様  心の迷いからお救い下さい

 

地蔵盆

 

 

  無事、お休みが終わる子がきっと多いことだろう。でも何かの事故にあったり、病にひれ伏す子もいないわけではない。ましてや世界を見れば、圧倒的多数の子供たちが飢餓や貧困や、飲み水にさえこと欠いている。劣化ウラン弾によって低線被爆の汚染に晒されている子も少なくない。痛ましいことに、少年兵として拉致され、自分の部落を焼き討ちにした子が多く、心の傷が癒えることがない、そんな中に、たった6歳の子もいたと言う。我が子だけの幸せを祈ることなどあり得ない。我が子を己が愛欲の犠牲として、何と言うことだろう、散々虐め、そして我が子のイノチさえ取る母親もいる。産みっ放しで、コイン・ロッカーやトイレに捨て、暖かな陽の目も浴びず犠牲になった子供も少なくない。不条理の中で生まされた子がただただ哀れでならない。この日本でも、世界中でも、苦しんでいる多くの子供たちを、お地蔵さまにお力に縋ってでも、子らの救済を願わずにはいられない。渾身の心を籠めて願いあげ奉り候へ・・・・・・・・。

  更にこの両日、嵯峨野・化野念仏寺では「千灯供養」が行われた。晩夏の風物詩となっているが、無縁さまにも是非ご成仏して戴きたく、心して祈りたい。幽玄の中に無数のお灯明が揺れていることだろう。嵯峨野は古来貴族の別荘地でもあったが、風葬の地でもあった。死んだ者とて、単なる物体ではない。死せるものにも佛性があり、浄土へ罷り行く権利がある。生まれ来る者も死せる者も紙ひとえで無常である。成佛出来ずにいる者こそ哀れなれ。既に終わった天橋立のお精霊送りも、化野念仏寺の千灯供養も、生死紙ひとえのお教えがあるからこそ、己の人生と見詰めるためにも、懇ろに供養して然るべきである。明日から愈々秋到来の寒気が来るらしい。真夏日は終わろうとしている。そんなころからどことなく焦りがないわけではない。南無大師遍照金剛菩薩!そしてあまたのお地蔵尊さまへ祈りを心から深めたく!

 

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子らにぞ神佛おはしませ  地蔵盆のこと への5件のフィードバック

  1. 道草 より:

    地蔵盆の済んだ翌朝、京都の町は涼しい朝となりました。私は8歳で丹波へ疎開しましたので、市内の地蔵盆は幼児の頃の記憶しかありません。西陣の狭い町並みで、その年の組長の家の店(表)の間の紅殻格子を外して、祭段を組んで供物などを備えました。子供達はそのお下がりを貰うのが楽しみで、一日中町内の仲間が集まって遊んだものです。最近はどうなっているのか。古い町では子供が減ったので、それでも規模を縮小して続けているのでしょう。新興住宅地では様々で、世話役でマメな人が居る所は公園や空地にテントを張って祭っているようです。私の知人の町内では子供が増えて、今年は乃木神社で盛大な地蔵盆を開催したと聞きました。「地蔵和讃」は凄い内容だと思います。ある意味では、日本民族の知恵の結集と言っても過言ではないねと思います。                                     子供のことが忘れられない親達に、親の悲しみは寧ろエゴイズムであって、親がそんな悲しみをする限り子供は却って成仏出来ない。そして、親の悲しみの感情を否定する共に、無罪であるかに見える子供の死も、子は子としての罪があったことを教える。それによって、無罪と思う子に対する親の不憫な心を静める。かくの如く、二重の諦めを説きつつ、最後に地蔵菩薩を登場させて、現世において子を育てる役を、地獄においては地蔵と言う仏に委ねることにより、親は子供に対する不憫の思いから自由になって安心を得る。この様に、現世にも通じる人間の根源が描写されているように思えます。いずれにしましても、間もなく夏も終ろうとしています。「つみあげた石がくづれる化野に生まなかつた子のゐるかもしれず」後藤倭文。

  2. 良枝 より:

    ただ単にお盆というよりも、地蔵盆という方が愛嬌が有りますね。こういった身近な宗教性を大切にする国であって欲しいと願います。インドでは親より先に無くなった子は同じく親不孝といわれ、全てを包みこむ聖なるガンガーにさえ流して貰えないのだそうですよ。悲しみと泣き続けていても何かしら心が納得するわけでも無し、地蔵ストーリーとして、悲しみに暮れる親の想像すら出来ない、子供の死後の世界を説いていただくことで慰めにするほか無いのでしょう。地蔵にすがることにより親子共に救われるのですね。結局は生きている人間が自分自身で乗り越えるほかないワケですが。私は幼くして無くなった子は諸行無常の理を知らせて無事に皆が成仏しているものと信じています。

  3. 文殊 より:

          道草先生 妻の実家近くでは細々とやっているようです。鉾町としての誇りが手伝っているのでしょうか。ロージを女の子、男の子が真剣に駆け足をして騒ぎたてている様子は何ともいいものです。東京では、直ぐ傍の方々とも何のコミニュケーションがないものだから、余計素敵な行事に思えます。娘をいつまでも天空の部屋に閉じ込めておく気は全くないのですが、近々いい方策を考えないといけないのでしょう。都会は仕事の場であるかも知れませんが、生活する場ではなくなっています。すべてが機械的で恐ろしいほどです。子供たちの歓声を聞くとほっとしたりします。 地蔵盆の和讃をお読み戴きまして、心から感謝申し上げます。和讃と申せば、小難しい表現ですが、いわゆる御詠歌の類でありまして、節をつけて詠うのです。大数珠を廻しながら、ずっと詠っているのを聞いていると、まさしく日本の精神文化の底辺が見受けられるように思われます。先生のご解釈はまったく正しいご解釈で、両面性があって、凄いなと思いましたですね。ここらに根源的な部分が潜んでいるのでしょう。この和讃は、僕も何とか歌えるのです。お婆ちゃんが生きている時に、大勢の近所の方々が来てくれて、車座になってよくやっていたものです。だから僕は知らないお婆ちゃんからもよく愛されたものでした。 一方母もお婆ちゃんの先導につき従って詠っていましたが、母の解釈はもっと進んでいたようです。お地蔵さんの足元には救済されない餓鬼や畜生道に迷い込んだ方々が救いを求めて、地の底から、お地蔵さんの足元を目標に出て来るんだから、大事にしなくっちゃいけないよ。通りかかった時は頭を下げるだけでもいいんだからね。夏のお盆の時は特に懇ろに供養してあげなくてはいけません、と。調べてみると、お地蔵さんでも本当に多種のお地蔵さんがいりまして、庶民は皆優しいお地蔵さまのお力におすがりしたんだなぁと改めて想定されます。 僕の体内に数多くの御詠歌が沁み込んでいます。御詠歌などと、僕のような若者が言うのも可笑しいでしょうけれど、僕にとっては儒学より大切でした。多分50以上はそらんじて詠えるでしょう。僕に、運良く与えられた天運と信じ、今後とも心の中で吟じて行くのでしょう。でもいつかは流行らかせたいと密かに思うことがあります。 今夜は横浜から逆転勝利されまして、おめでとう御座いました。今頃美酒に酔いしれていらっしゃることでしょう。横浜は全員若手ばっかりですが、後三年後が楽しみですね。巨人では、初打席初ホームランを打ったつぶらやなどが出て、裏側との風通しのよさを感じます。ピッチャー陣に大いに不安があり、ドラゴンズは容易ならず相手ですが、いずれ辻内や若手も台頭してくることでしょう。タイガースにも若手の成長が心待たれます。頑張って戴きたくて堪りません。でもとりあえず今夜は本当によかったですね。乾杯と行きたいところですが、夕方の全員での会食会でも飲まなかったものですから、こちらはローズヒップのお茶で、妻と半分半分の気持ちで遠慮しいしい飲みたいと存じます。妻は京都でなかったから、あなたにとってはよかったねぇと。でも脇では義母が最近のターガースを散々ぼやいています。義母のお口は大変達者で、よくこんな娘が生まれたものだと思ったりして!今日も、先生!コメを本当に有難う御座いました。

  4. 文殊 より:

         りんこしゃま 逆縁で亡くなられたご子息を何人も存じています。今頃あなたぐらいになっただろうなぁと口癖のように言われます。親より早く亡くなるのは常道に反しているのでしょうが、親の苦しみを身代わりになってくださっていることを思うべきかと、そんな風に思えます。逆縁の子を持つ親御さまはみな同様に哀れでなりません。 りんこしゃんも、この和讃をお読みになられたようですね。そう、こんな感じの歌が和讃でもあり御詠歌として長く人々には親しまれています。今でも大多数の地方では行われていることでしょう。人としての生き様をこと細かく言いえているのですから、毎度のことですが、僕は芯から感動しています。優しく御佛さまの御心をお示ししてくださっているのでしょう。それが英々と現在でも詠われていることに、一種誇り高いことだと信じます。 アジアの多くの国々に渡ったのは上座部佛教でした。昔は小乗佛教と言われていたのですが、差別的だと反対され、最近南ルートに伝えられた佛教を上座部佛教と言うようになったのです。中国・韓国を経由して来た大乗佛教は、我が身より、他力や自己完結や、宗派によって様々ですが、底辺に流れているのは一般庶民でも分かるこうした和讃や御詠歌がもてはやされまして、現在に至っています。よくこの和讃の内容を読むと確かなことで満ちています。多分静かにではありますが、和讃はきっと無くならないものでしょう。又そう願っています。 りんこしゃんのお子さんは水子扱いだと、子供たちのグループから外れて、一人遊びをしているのだそうですが、りんこしゃんの納骨以来、りんこしゃんの特別な供養を、妻とともに毎日しています。丸盆に、水が右、牛乳が左に置いて、それを一心に祈っています。もし願いがかなえば、ミルクや水の線がはっきりと現れて来ます。多分もう少ししたら出て来るでしょう。何としてもみんなと遊んでもらいたいもの。りんこしゃんの納骨の日から70日、しっかりと祈りたいと思っています。そして再び新しいイノチの恵まれますようにと。食事前、毎朝妻と杏と、昨日から義母も合わせて拝んでいます。どうぞお気をお楽にしてご心配なさらぬようにしていて下さいね。あの子はりんこしゃんの身代わり地蔵だと思われたらいかがでしょう。そう是非お薦めします。僕たちもついていますから、必ず成仏されることでしょう。肩の荷を下ろして下さりましね。頑張りましょう!!!

  5. 文殊 より:

         りんこしゃん そうそう、僕の妻は井上陽水の大ファンです。昨日の夜11時からNHK教育テレビで始まった「Life 井上陽水」を滅茶苦茶楽しみにしていて、普段10代に杏と一緒に休むのがルーティーンなのですが、この時ばかりは心をときめかせて宵っ張りして見ています。ビデオで取っているのに、早く観たいって言う一心です。多分りんこしゃんも楽しまれておいででしょう!11時になったらみんなで観ようぜぇ!!

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