おしょうしな

 

ヤブラン

庭のヤブラン 真っ盛り

 

 

 

 

おしょうしな

 

 

今夜の夕食後、「Sさん、ささやかなプレゼントがあるから見て」と父が、我が妻に言う。

和紙で厳重に包装された畳紙(たとう)をそろそろと開ける。すると中には、櫻鼠色の生地で出来た見事な和服があった。

もう一つ、小振りの畳紙に金茶色の帯が大切に包んである。「これどうされはったんどすかぁ」と妻が尋ねると、「それはね、私からの贈り物、

今年貴女たちは、米沢に行ったでしょ、私は行けなかったが、日頃の貴女にどうしてもと選んで後日創って貰った米沢織の着物なんだよ、

似合うかなぁ、似合えばいいんだがなぁ。紅花の紅餅は最初に紅色じゃなく、黄水って言うのが出るらしいんだ。それを除いて最初の紅で、

絹を染め上げて創ったものらしいよ、藍色で言えば『甕覗き』って言うのにあたるらしい。帯は真正の紅で染め、やや蘇峰色に染め織り上げたものだ。

是非に!」と、眼光柔らかくして父がしっかりと言う。こんな柔和な目付きだったのだろうか。

 

普段和服を着慣れている妻だが、あまりの美しさに妻はしばし口を閉ざしたままだった。「着丈や身丈はどうしたの」と僕が横から聴くと、

「事前に、妹がSさんの和服の寸法を測らせて貰っていたんだよ、それとなくね。それがやっと出来てきたってわけさ。ささ当てて御覧!」、と父。

早速その場で着てみる妻、普段無口な父がチロチロと横目で見ている。叔母も息をこらしている。杏も。妻は、頓着なしに鮮やかな手捌きで試着すると、

妻の生気が一気に新鮮な風が吹き渡ったように、化粧っ気がない小顔に、見事に映えて見えた。どちらがどうとも言えない美しさ・・・・・。

妻は「これを、ウチに?ホンマ?・・・・こんな素敵なモノを・・・・」と言ったっきり、次第に涙がボロボロと溢れていた。杏が心配そうに母の顔を見遣る。

僕は冷徹に着物を観察する。よく観てみると、何と無地ではないのだ、繊細な櫻の花びらの織柄がビッシリと施されているではないか。鴇色の裏地にも。

鴇色の裏地が、櫻鼠色の表地に、気のせいか淡く透けて見え、一層艶やかに美しく、丁度いい肌合いの和服として仕上がっていた。

帯は縦に幾筋も、刈安か、櫻の落ち葉で染めたような落ち着いた金茶色の縞模様がピシリと並ぶ。まるで静寂な紅葉の山の中にいるよう。

 

それは父が、父なりの愛情を、遂にやって来てくれた娘に示した精一杯の一品だったに違いない。

漸く僕もその状況を飲み込むと、その途端に、感が極まった。ひと頻りの後、妻は陣痛から解放された時のような晴れやかな顔になっていた。

 

父には、目の肥えた京の人に気に入ってくれるかどうか全く自信がなかったらしいが、叔母は始めから似合うと確信している風だった。

そう言えばそうだ、いつも割と地味な色調の和服を着ている。代々受け継がれてきた和服が多いからで、特に新調された着物は少ないのだ。

いつか、僕にだって新調してあげたいと思っていたのに、まんまとしてやられた。でも嬉しい宵、晩酌をする父の横顔にどれだけ感謝して見ていただろうか。

無論、叔母にだってそうだ。これを誂えに、山から下りて来る父に合わせ、あの暑い夏の日、再び米沢まで日帰りで出掛け発注したそうだ。でも発案は父。

きっとモノではない。こうしてやって来てくれた我が娘に、父はよっぽど嬉しかったに違いない。多分杏も年頃になったら着られるかもと、ゆったりと微笑む妻。

自室に入った僕たちは見詰め合って、目でこの歓びを確かめあった。大風は今夜は泣き疲れて早めに寝入ったようである。杏はこの時間、まだ元気!

 

再び米沢織の和服を手にする妻、嬉しそう。僕も嬉しい。米沢の健気な気質を思い出す。「やはり米沢の基礎は直江兼続が創ったんえ、

上杉鷹山は兼続の基本を徹底的に磨いた藩主だったと思はへん、ウチ質素倹約で剛毅、何事にも創意工夫して生き延びた米沢武士が好っきやわぁ」と妻。

しなやかで柔らかく強く、しっかりとした光沢のある米沢織に、妻は何度も手にし、そう呟いていた。僕も同じように思いながら、学ぶべきだと改めて悟った。

外気は既に寒く、窓という窓は開け放たれることはない。今年の戦場ヶ原は久し振りに、こんな早い時季に草紅葉していると便りがあったばかりである。

妻も、子供たちもようやくこの家に慣れはじめ、家族というカタチが整いつつあるようである。

 

父よ、叔母よ、おしょうしな!そして米沢で、これに数多く関わった方々よ、おしょうしな!!

 

 

※ 「おしょうしな」とは、米沢弁で有難うの意味である

 

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おしょうしな への2件のフィードバック

  1. 良枝 より:

    そうですか。桜の柄でしたか。何気ないと言うところに桜お兄様の奥様にその柄を送られたお父様の愛を感じますね。無論、お兄様に対しても実に深い愛を持ってその品を選ばれたのでしょうね。ふぅちゃんが生まれたことによってより深く絆が結ばれたのですね。本当に羨ましいです 笑

  2. 道草 より:

    その昔、初めてのデートで妻が和服を着て来ました。場所は嵯峨野でしたが・・。それ以来、着物には縁がありません。長女が成人の日に貸衣装で平安神宮へ参詣したことがありましたっけ。次女は和服にはまるで無関係の様です。素敵なプレゼントの着物は、古風なお屋敷にさぞ相応しいことでしょう。そしてまた、その姿で京都の町を歩いてください。「内部への月影」   萩原朔太郎憂鬱のかげのしげるこの暗い家屋の内部にひそかにしのび入りひそかに壁をさぐり行き手もて風琴の鍵盤に触れるはたれですか。そこに宗教のきこえてしづかな感情は室内にあふれるやうだ。洋燈(らんぷ)を消せよ洋燈火を消せよ暗く憂鬱な部屋の内部をしづかな冥想のながれにみたさう。書物をとりて棚におけあふれる情調の出水にうかばう。洋燈を消せよ洋燈を消せよ。いま憂鬱の重たくたれた黒いびらうどの帷幕(とばり)のかげをさみしく音なく彷徨するひとつの幽(ゆか)しい幻像はなにですか。きぬずれの音もやさしくこよひのここにしのべる影はたれですか。ああ内部へのさし入る月影階段の上にもながれ ながれ。

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