『猫のしっぽ カエルの手』 (Vol 3~Vol 5 ) 京都大原 ベニシアの手づくり暮らしより

 

 ベニシアさんと中東さん   ミモザよ孫のジョー君   イースターのお遊び

 

 

 

 

        『猫のしっぽ カエルの手』 (Vol 3~Vol 5)

       京都 大原 ベニシアの手づくり暮らし

 

 

      Vol 3 春の摘み草

 

 お天気のいい春の日、ベニシアさんは近所の小川に春の摘み草に出掛ける。既にヨモギが出ていて、少々お裾分け。全部は取らないで、株を残して行く。丁度そこへ京都・銀閣寺近くで、『草食 なかひがし』を経営していらっしゃる中東久雄さんに出逢う。中東さんは花背にある山菜料理の名料亭「美山荘」がご実家で、亡き先代は実兄だ。中東さんのお料理は野草を毎日採りに行き、それをお店で出しているのだが、簡単に予約が取れない名店の一つであり、僕もやっとの思いをして食べさせて戴いた。まさに目からウロコが落ちる思いをしたものだった。白洲正子は先代をいつも贔屓にして、奇を衒うことを大いに軽蔑したもので、先代には結構手厳しかったようである。それでも先代の中東さんは、あの韋駄天のお正の舌を充分に堪能させていたようである。その実弟が、春の陽気に誘われて摘み草をしていたのだ。ベニシアさんの英語学校の近くにお店がある関係でよくご存知らしく親しげに中東さんから色々な山野草を教えて貰う。スイバやノニンジンの料理法やヨモギの効能やカラスノエンドウの食べ方やノカンゾウの天麩羅など、様々な種類の料理と自然の恵みとの遭遇を熱く語る。ベニシアさんもいつしか野遊びは本来は遊びの一種だが、宝探しの地図を持っていそうな中東さんには野遊びは楽しい仕事にもなっていたことだ。そう言えば近所のお婆ちゃんたちも楽しげに語らいながら摘み草をしている。ノビルは元来玉葱の先祖であること、浅葱(アサツキ)は葱の先祖であること、更に春野菜を天麩羅にする場合、衣は薄く、揚げ時間は短くするといいとレクチャーも受けた。ベニシアさんが自宅に帰って早速ノカンゾウの茎や根っこを天麩羅にしてみると、確かに中東さんの教えの通り、風味といい色合いといい野草の持ち味が完璧に出ていたのだった。ヨモギはさっと湯掻いてから、スピードカッターで細かく砕き、容器に入れて冷凍庫に保存しておけば、ヨモギのピューレとしてパウンドケーキなど様々な種類の料理に汎用出来るようである。

 今日はもう一人のご紹介。大原で草木染を実践している上野寿一さんのことである。畑で藍を作っていたり、自家自生の天然の生活を存分に楽しんでいる。野の草、山の木々も大抵どんな植物でも彼に掛かれば何でも染めとなるようである。ヒメオドリコソウやナバナなどを採って来て、釜茹でにし、色目を出してから絹糸をそっとくぐしてみる。するとそれとなく色目が出て、このヒメオドリコソウも染めの製品の素材となりそうであった。花が咲き始まる寸前の櫻の枝を大量に仕入れる。花が開く寸前でないと淡いピンクの色目は出ないと言う。大原で草木染を始めて25年、ベニシアさんとお付き合いを始めて10年以上になるらしい。工房には働く人の熱気が横溢していた。

 

 櫻色と剪定された櫻の枝   上野寿一さん   工房の草木染商品

 

    「Venetia’s Friends」 (野山の草木で染める)

 菜の花、踊り子草など植物は新鮮なほうが色鮮やかに染まる。菜の花には幽かに緑が宿り、やっていないことはまだまだたくさんあると言う。試しにやったことでどんなに驚かされることが多いかと述懐する。妻・和子さんも黙々と手伝う。季節によっても色目は違うし、厳しい環境の中でこそ美しい色目が出るのだと。何よりも櫻の色目は花が咲く直前に剪定されて手に入れたものに限るときっぱり。木肌だけで花よりも美しい鮮やかなピンクが出るのだと。そうして上野さんは何と阿波の藍を、自分の畑に種撒きし育てていた。

 

    「Venetia’s Essay」 (すべての植物に役割がある)

 「大原に来て、昔から伝わる日本の薬草のことを、お年寄りや先輩からいろいろと教えられました。大原の仲間の中には藍や柿渋、茜を使って染色をしている人もいます。草木染の衣服は、ただ色を楽しむだけではなく、着る人を守る力があると考えられてきました。夏、わたしは藍染めのモンペを愛用しています。虫を寄せ付けない力があるからです。人間にはさまざまな才能があるように、植物にもそれぞれ特別な能力があります。日本のハーブも出番を待っています。忙しすぎて、その存在を忘れていませんか。今度散歩をするときには、道ばたの野草をみつけてみてください」

 花冷えの夕刻、孫のジョー君(9歳)やキマちゃん(10歳)たちと足湯を楽しむことにした。入浴用ハーブの作り方は乾燥ヨモギ・乾燥ドクダミ・レモンユーカリ・乾燥ゲンノショウコなどを目の細かい洗濯用のネットに入れて、盥(たらい)にちょうどいい湯加減のお湯を張り、そのハーブを入れて足湯を楽しむ。ジョー・キマ・ベニシアさんの三人は豊かな気分になって、悠仁君がいない今夜は早寝をするのだった。

 

土筆ん坊   みんなで足湯   上野寿一工房

 

 

     Vol 4  春を祝う

 

  朝、遅霜を避けるために部屋の中に入れていた鉢植えの花々を表に出す。夫・正さんや息子の悠仁君が目覚める前にしておくことだ。春の日差しは植物たちにとって何よりのご馳走。春の朝の仕事はたっぷりと庭の植物たちに水遣りをやることから始まる。そして愈々待ちに待った花々の季節が幕を開ける。大原は京都の北東部、普段は街中よりやや寒い。春は行きつ戻りつしながら、やっと訪れてくれた春、ベニシアさんにとっては13度目の春となった。ベニシアさんは週末の昼時、何やらテーブルに色んなものを準備している。ジョー君とキマちゃんが中身を取った殻だけの卵に絵を描いている。特別クリスチャンではないベニシアさんにとっても毎年楽しみにしていることである。イースター祭(復活祭=春分の日が過ぎた最初の日曜日)。そもそもイースターとは、北方神話の中にあり、春の女神エオストレに由来するそうである。卵に絵を描く習慣もキリスト教以前からあったもので、死んだように見えた自然が一気に春の息吹を取り戻し、それが人々には春の女神の降臨と見えたのだろう。新しい生命の象徴として卵を美しく飾り、春の女神の降臨として、春の景色の中にも飾ってやることだった。イースター・エッグの始まりは美しく飾り、銀紙に包まれたチョコなどを庭に隠す。近所の子供たちにとっても毎年の楽しみとなっているよう。今回は200個のチョコを準備した。卵の在り処は女神が子供たちに教えてくれる。春の足跡を確かめながら、卵の代わりのチョコを楽しそうに探し回る子供たち。色んな花や植物の陰に隠しておいた。午後、近所の子供たちがやって来る。子供たちのとってもベニシアさんちの卵探しは特別に楽しい行事であるに違いない。花を見ながら卵を探してね、こけないようにね、塀の高い処や樹の高い処は、危ないから背の高い子がいいわねとベニシアは力説するのだが、まるで無視するかのように飛び跳ねる子供たち。それが春。みんなはチョコに夢中で、花を見てと言うベニシアさんの声も上の空。子供たちは三々五々目の色を変えて奮闘する。ムスカリやツルニチニチソウなど小さな花々も満開だが、引越しして来た時に植えたミモザの花ははちきれんばかりに満開もいいところだ。ミモザはオーストラリア原産で、子供たちからはミカンの皮のような匂いがすると言う。チョコを頬張り大満足の子供たちであった。

 

山櫻と高野川  イースター祭の卵   子供に教えるベニシアさん

 

 

    「Venetia’s Essay」 (春の息吹)

 「日に日に色濃くなる春が庭を華やかに変えて行きます。カエデの新芽がほころび、鮮やかな黄緑色が現れました。イースターは春の訪れを告げる祭りです。子供たちは大喜びで、庭に隠したチョコレートの卵を探します。その時子供たちは小さな植物や動物をみつけ、イノチの躍動に気付くのです。英語の“エイプリル”の語源はギリシャ語の“開く”という言葉です。わたしにとって、美しい春の花が開くのはもちろん、わたしの心の扉が開く時でもあります」

 京都・大原に美味しい卵にとことんこだわる人がいる。いつもはカウボーイのような井出達の山田良介さん(69歳)だ。この道40年の養鶏家。産みたての卵を一つ一つ丹念に取る。その数、日に凡そ1200個、この仕事が毎朝の日課になっている山田さんだ。山間の静かな空間に作られた養鶏場は18の鶏舎に2500羽の鶏が土の上を自由気侭に歩いている。出来るだけ自然の状態の土の上で、堅くわれない卵になり、ストレスのない鶏が美味しい卵作りの秘訣だと話す。今では京料理の老舗でも評判だ。ベニシアさんも山田さんの卵のファンの一人である。何と言っても餌に凝っている。大豆・胡麻・トウモロコシ・パプリカ・海草・牡蠣の殻など15種類をブレンドした餌だ。何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく到達した餌の配合であった。30歳でスーツを脱ぎ脱サラし、開墾からここまでしたのは一方で健康を取り戻すためであった。養鶏を選んだのも理由があった。10代の頃結核を患っていた。でも元気の源があったと言う。卵だった。既に老境を迎えている彼に頼もしい助っ人がいる。お嬢さんのゆうさんが手伝ってくれているのだ。生き物を相手に、ただ一日も休まず40年、結構堪える。山田さんにもう一つの趣味があり、それが彼を支えていた。仕事の僅かな合間に息抜きのつもりで始めた版画だった。お手本やマニュアルなど一切読まない。我流で自己流の絶対的な楽しみだ。モチーフはいつも大原の自然。この自然と出逢って生き返ったと振り返る。今だってこの自然に生かされていると感謝することを怠らない。好きなことなら我流で出来る。自然の中で伸び伸びと。それが山田流だった。ベニシアさんは大切そうに卵を抱えて帰って来て、早速スモーク・サーモンとフェンネルでオムレツを作る。それにしても輝くばかりの卵で、黄身は堅く盛り上がっていた。

 

    「Venetia’s Gardening Diary」

 「今朝、庭にかわいいお客さんを見つけました。小さなカエルがチューリップのハンモックで、風に揺られていたのです。大原に来て以来、わたしは化学薬品を使わない暮らしを心がけてきました。そのことを、小さな生き物たちが知っていて、この庭に来てくつろいでいるようです」。自然に寄り添うベニシアさんの暮らし。オムレツに使った卵の殻も無駄にしない。卵の殻はアルカリ性の植物に優しいし、もしビルベリーや紫陽花のように酸性を好む植物なら、紅茶の飲み終わった茶がらを使うべきだと言う。そして植物に、それらを与える時には必ず語りかけるように話しかけている。この対話がベニシア邸の植物たちをより一層生き生きとしているのだった。植物は正直である。煌く命の輝き、生命をともに分かち合う庭は最高の教えの場となり、大原に根付いたベニシアさんの気骨は相変わらず素敵に見える。

 

ハーブオムレツ

 <フェンネルとスモーク・サーモンのハーブオムレツ>

 材料;卵5個、フェンネルの枝 5本、スモーク・サーモン5切れ、塩・胡椒 適量、バター 適量。

 ① フェンネルをみじん切りにし、スモーク・サーモンは適当な大きさに切る。

 ② 溶いた卵に塩・胡椒で味付けし、

 ③ フライパンで、バターを熱して、卵を焼き、フェンネルとスモーク・サーモンをのせて焼く。

 

 

自然に飼育された鶏   元気な卵たち   ハーブオムレツの材料

 

 

   Vol 5  陽光に誘われて

 

 高野川の春景色、素敵。輝く春の息吹、ようやく水温み、風清やけく、4月下旬の大原は春爛漫となり、大原はより一層日ごとに強まる日差しに、生命の営みが活発になって来る。100年の歴史を刻む古民家も明るく輝いている。爽やかな風、緑の薫り、花の匂い、水も温かくなって来たのを見計らったように、ベニシアさんは盥(たらい)を庭に出して、春の雰囲気を大いに楽しもうとしている。醸造用アルコールから作ったホワイト・ビネガーで、シーツや枕カバーを真っ白にする。更に洗濯後、その水をもう一度役立てる。洗濯の水を酸性の水が欲しい花木、椿や紫陽花の根元に差し上げる。洗濯機を使う場合でも酢を加えると石鹸カスが残らないとベニシアさんは言う。古民家暮らしは文字通り昔ながらの原液のようなもの。この家をひと目惚れして、大原に越してから13年の年月。何もかも時を経て益々美しく育って行くようである。そして今、春爛漫、ハーブも緑の色が濃くなって来た。ムスカリの鮮やかさ。色全部がどんどん変わるし、庭全体が賑やかになって来る。春が深まるにつれ、庭仕事も一層忙しくなる。今日は軒先に作ったアーチに伸びて来た木香バラのツルを止める作業、あっと言う間にツルはどうしようもなく伸びて来るからだ。ツルバラが風に落ちないようにするためでもある。もうじきに小さな黄色い花が鈴なりに花をつけるだろう。木香バラのために、もうひと手間。根元にハーブを植える。バラには虫がよくやって来るから、虫の嫌いなナスタチウムを植える。ナスタチウムには虫除けの魔力があり、油虫やコナ虫なども来ないようにする。もうじきに薄紫の花がわんさか咲くのだろう。ホップの芽も大きくなって来た。ホップはビールの苦味成分となるのだが、あっと言う間に2階の窓まで這って成長する。恐るべき生命力だ。夏場、グリーンカーテンとして大活躍をしてくれるだろう。

 

ベニシアさん   CIMG4928 の補正  堤の櫻花

 

     「Venetias Gardening Diary」

  「北山の峰から上がった太陽が空にポカンと浮かんでいます。庭に出ると、カエデの青々とした若葉が朝露を結んでいます。しゃがんで、草を抜き取ろうとした時です。突然薄緑色の小さなトカゲが植木鉢の裏から飛び出してきました。目をパチクリするトカゲに、『おはよう』と声をかけます。『庭仕事を手伝いに来たの?』、トカゲは踊るように去っていきました。このところ暖かい日が続いています。そろそろ虫除けのハーブを野菜畑に植えなくてはなりません」

 ジョー君はベニシアさんのいる2階に洗濯物を運んでくれる。遊びに来たついでにちょっとお手伝い。春の陽射しが輝く大原。あんまり気持ちがいいので、ジョー君とピクニックに行くことにした。何処に行きたいと尋ねるベニシアさん。川のほうがいいなぁと応えるジョー君。でも最近西のほうに行っていないから行こうと言うとあっさりついて来る可愛いお孫ちゃんだ。これなぁに?と雑草に向かってベニシアさんが聞くと、それヨモギやんと正確に答えるジョー君。ピンポンと応じるベニシアさん。二人は大の仲良しである。春の綺麗をいっぱい見つける。地面に落ちた真紅の椿の花びらたち。鮮やかな色彩は地面にびっしりと張り付いていた。やがて菜の花畑に差し掛かる。菜の花畑で、お花のど真ん中に入ってちょっと休憩。ベニシアさんは自然に口ずさむカラーズの歌だ。(Colours by Donovan),それはベニシアさんの青春の一ページ、懐かしい思い出の歌だった。菜の花畑で、今度はベニシアさん、スケッチブックを取り出し絵を描き始める。実はジョー君、絵は大の苦手。でもベニシアさんにお付き合いするジョー君だった。大原ならではの、大原の菜の花畑、菜の花の黄色い絨毯!見事!菜の花は、「畑菜(はたけな)」とも呼ばれる京野菜の一つと言ってもいい。大原の特産品の一つとなっている。

 

     「Venetia’s Friends」 (菜の花を漬ける)

  坂田耕次郎さん(73歳)は、大原でお米を中心に様々な野菜を作っている。菜の花は水を張る前の田んぼで育てている。「菜っ葉の段階でも美味しいし、花漬けにしても美味しい。全く得な野菜で、花を摘み終わった後、今度は田んぼの肥料になりますし、なかなか貴重な野菜なんです」と話される。古くは菜種油を採るために栽培されていた。菜の花を食べるようになったのは江戸時代からで、まだ青物が少ない春先に旬を迎え、然も収穫後は田んぼの肥やしとなる。実に優秀な野菜だ。大原は知る人ぞ知る漬物の一大名産地で、坂田さんの妻・のぶ子さん(71歳)は近所でも評判の漬物名人の一人である。大原ではそれらの漬物を単に「花漬け」と呼ばれている。「菜の花漬け」は採ってきたばっかりの花の蕾を先ずは塩漬けする。「生のままでは揉めないでしょう。だから塩で二晩ほど漬けるんです。この時季しか出来ないもんね。自然のものですし、二晩置いてしんなりしたら、台に移してグイグイ揉む。こうすることでアクが抜けるんです」と証言する。ハンナリした色になる。あまりにも花が咲いてしまったら、柔らかい色になりませんとも。ちょっと花が咲いてるなぁと思った時季が採り頃ですと。そして坂田さんの菜の花漬けの秘訣はお酢を入れること。そうするとカドが取れて、味がまろやかになるとか。塩っぱい感じは酢で塩加減を飛ばしてしまうと言うものだ。自己流でやってますと、名人の弁。お酢で味を調え、更にもうひと晩おくと出来上がり。大原生まれの菜の花漬けで、色も香も上品な春を味わうことになる。そうして菜の花を漬け終わると、ひと雨ごとに暖かくなって野菜はグングン育つ。農家の仕事は愈々本番となり、成長し過ぎたらいかんから、急に仕事が忙しなくなると。お米の準備もせなならんしねぇと話す坂田さんはもう直ぐ80歳にもなろうと言うのに、青年のように実に軽快な動きだ。忙しなく働く姿こそ、元気の素になっているのかも。若い頃は兼業農家。役場勤めもしていた。祖父が亡くなった機会に専業になったのは40歳にもなろうかと言う時であった。もともと真面目で、農業が面白く、研究熱心で、遣り甲斐があったからだと言う。気が付くと、京料理の老舗がお得意様になっていた。大原に生まれ大原で育った坂田さんは四季折々、自然の中で作る野菜を天職と思っているようだった。

 

    「Venetia’s Essay」 (菜種梅雨)

 「太陽がまぶしく輝いていました。暖かい風が吹き始めたかと思うと、近くの山から雨雲を連れてきました。突然、空が暗くなり天気が変わります。菜種梅雨、この時期よく雨が降ります。それは命に必要な自然の恵み、神さまが水をまいて新芽を育てるのです。自分に与えられたものを楽しめることが本当の豊かさだと思います」

 流れる季節の中、様々に表情を変える大原。その一瞬を味わう。櫻が咲けば、その下でお弁当。ベニシアさんも坂田さんも季節を味わうのに貪欲だ。お天気もいいし、それこそお花見日和。ハーブティーを坂田さんに差し出すベニシアさん。バラの実のハーブティー。菜の花漬けは普通は酸っぱいが、絵を描いて、その次に食べる。美味しい!しゃきっとして何と言う素晴らしい歯ざわり。身体にもいいのは菜種の栄養が、身体中染み入るようだからだ。外で食べる食事は美味しいが、こうして花があれば尚更美味しいと感じられる。春を味わうのに貪欲も悪くはない。季節は冬から既に春の自然へ衣更えとなっていた。

 

    「Venetia’s Herb Recipe」 (虫除けサッシェ)

 そろそろ冬物をしまうために、小さな袋物を手づくりする。庭に面した真ん中に、古いミシンを引っ張り出し、先ずは袋を縫う。この年代もののミシンは夫君・梶山さんと結婚した時に夫君のご実家から貰ってきてくれたもので、ベニシアさんのお気に入りだ。「ずっとこれで色んな物を作っています。ここは大原の一山が全部見える位置、こんな場所でお裁縫が出来るなんて、凄く優雅な時間だと感じる」と。「それでここにある古い生地はほかさないで残しておく。そうしてこういうドライ・ハーブ(虫除け)のための袋を作るのがわたしの歓び。古いミシンは50年以上もよく働いているし、偶に壊れるけれど、直せば又使えますから、とっても貴重なものと思っています」と言う。縦15cm、横10cmぐらいなハギレを二枚合わせ、三方を袋状に仕立てる。これでミシンの出番は終了。次にハーブ(コリアンダー・ラベンダー・ヨモギ・タンジー・ローズマリーなど)を入れる。日本の匂い袋のような形にし、西洋のサッシェを防虫効果があるハーブなら何でも調合して入れ、その香りを楽しむ。虫が嫌いなものだったら何でもいい。タンジーは蟻が大嫌い。ローズマリーは家の周囲に隈なく植えると、それだけで虫はあまり家には入って来ない。ラベンダーは蛾が大嫌い。日本にはたくさんの虫がいるから、こう言うハーブの組み合わせを考えて一緒に混ぜる。先ずはコリアンダーの種を擂り鉢で潰す。香りをたてるカレーと同じ要領。ラベンダーも擂り潰す。ちょっといい匂いになって来た。後は手で細かく千切って他のハーブを入れる。ローズマリー・タンジー・ヨモギなどを、全体を掻き混ぜれば出来上がり。先ほど縫った袋に半分を目安に詰めてゆく。袋の口は縫わずに、口をリボンで結ぶ、これがベニシア流。こうしておけば中身さえ替えると毎年何度でも使える虫除けサッシェだ。この冬大活躍をした冬物のセーターなどを箪笥にしまう。引き出しや衣装ケース一個に二つのサッシェが目安だ。これで次の冬まで虫はつかず、仄かな移り香が楽しめる。

 午後3時、洗濯物はすっかり乾いた。今度はシーツと枕カバーのアイロン掛け。ここでもベニシアさんはハーブを活用する。ラベンダー・ウォーター!ラベンダーの香りで気持ちよくリラックスし熟睡出来るからだと。少量のウォッカを入れて作るラベンダー・ウォーター、これって凄い。面倒な家事だって楽しい気晴らしに変えてくれるから。魔法の水!ベニシアさんの毎日は本当にハーブに助けられている。感謝感謝!

    <虫除けサッシェの作り方>

 材料;ヨモギ・ラベンダー・タンジー・ローズマリー・コリアンダーなど大匙2杯ずつ。絹の生地少々とリボン。

 ① 10cm×5cmの生地を二枚合わせ、三方を縫い、袋を作る。

 ② ブレンドしたドライ・ハーブを袋に詰め、リボンで閉じる。中身を替えれば毎年使える。

 

 本ブログで今まで取り上げた記事 全体記事は 「京都・大原 ベニシアさんの手づくりの四季と暮らし」

 その後連続して続いた 『猫のしっぽ カエルの手』 Vol 1 春を呼ぶ水仙

                 『猫のしっぽ カエルの手』 Vol 2 朝市の仲間たち

 

この連休の僕たち夫婦は自宅にて子育ての真っ最中 楽しきかな子育て 

ベニシアさんの記事はきっとどなたにかお役立てになれると信じ、連日この記事を書き、

後半既に二話分が開始し終了したので、今回纏まった時間を利用し追いつきたいと考えています。

ベニシアさんの暮らしぶりや考え方に、皆さまにとって何らかのヒントがきっと隠されていることでしょう。

恐縮ながら、連日にわたってご連載申し上げまする!

 

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『猫のしっぽ カエルの手』 (Vol 3~Vol 5 ) 京都大原 ベニシアの手づくり暮らしより への4件のフィードバック

  1. 道草 より:

    ベネシアさんの放映は時々ですが見ていました。こうして纏めて頂くと、その素晴らしい生き様への感嘆が改めて甦ります。家内の友人の知人、がベネシアさん宅へたまにお手伝いに行っているそうです。またいつか、直接話を聞ける機会があれば、と思ってはいるのですが。硯水亭さんの記事で、続きが拝見出来るのが楽しみです。「美山荘」へも一度は食べに行きたいと思ってはいるのですが、山菜の昼飯が15,000円・うどん5,000円となると、一桁下派の我々には手が出ない状態ではあります。それと、草木染の上野寿一氏が、花が咲き始まる寸前の櫻の枝を大量に仕入れるとのことですが、この桜はその為に養植している木なのでしょうか。散った花びらを集めて染色に使うのは分かりますが、未だ咲く前に花を潰してしまうのは何だか桜が可哀相に思えてなりません。桜を誰よりも愛する硯水亭さんは如何に。

  2. 文殊 より:

          道草先生 このような記事にお出掛け戴きまして、甚だ恐縮に存じております。何せこのブログは素人もいいところで、何とかかんとか言いながらも、日々最低300以上のアクセスがあると何か責任のようなものを感じてしまいます。そんな意味からしますと、個人のものとは言え、社会性を帯びたものなのでしょう。又ベニシアさんのような放送モノを記事にするなんざぁ、よほどの物好きな結果でしょうか。男児たるもの何をやっているのかと自問したくなる時も御座います。でもターシャといい、ベニシアさんといい、好きなものですから、どうしようもないのでしょう。 ベニシアさんは割合身近に感じられ、とっても好感を抱いております。イギリス流のPrincipalって言うことでしょうか。徹底しているのです。原理原則を守り、自らの信条を曲げない人のことですが、イギリス貴族に生まれながら、倭国での永年の生活ですから、何かと大変かと思いきや、彼女は実にたおやかです。しなやかかも知れません。白洲次郎が英国留学で学んできたものは、このPrincipalではなかったでしょうか。それと日本的な節度の美的センスが合致して、実に爽やかな風となっています。秋にもなろうというのに、春先のお話ですから、中には呆れていらっしゃる方もおいででしょう。我がテレビの容量がいっぱい入っていますので、そろそろ整理をしなくてはならなくなったためでもあるのですが、彼女のしなやかな生活信条はきっと多くの方々に共感を呼ぶと希望しているのです。決して日本人になろうとしているような方ではありません。日本の合理的な部分について絶賛して、それを取り入れていらっしゃるだけなのですが、簡単な彼女の文章を読むにつけ、やはり希代の品を感じます。ベニシアさんは時々大原めぐりの企画をしていらっしゃいますから、先生もきっと楽しくご参加出来ることでしょう。是非奥さまとご一緒に行かれてはと。ベニシアさんの英会話学校の公式ホームページに、必ず掲載されています。いつか僕も行きたいと願っています。 上野寿一さんは凄い染色家です。工夫したり、ご自宅で、染めにつながるモノ殆どを栽培していらっしゃいますが、京都でも指折りの染色家になられることでしょう。無論代々続く吉岡幸雄さんは一目おくことにしてです。あはははは!先生!僕だって、先生に大賛成です。直接伺ったのですが、櫻の伐採はなんでんかんでんやるものじゃないらしいです。特に公共の施設、トップは道路でありますが、歩道を飾る樹木であるはずのが、バス通りまで枝が張ってくると危ないことが多いので、そんな公共的仕事上で出て来るものらしいです。責任は、そういう場所に植樹したのが悪いのでしょうね。全く素人の考え方が殆どですから。公共の、例えば公園緑地課とか大層な肩書きがあっても、こと櫻のことに関しては知らない施設が多すぎますね。染井吉野以外は知らないとか、今は主に関東エリアですが、一般公募して直ぐ分かったことは、あまりにも知らないってことでした。櫻の根っこは地上に張ってある枝と同じぐらいの根が張ることも、水分が多い田んぼや川の傍にも平気で植樹しますし、最も腹がたったのは国交省でした。お役人ほど知らない人種はいないなぁと思いました。弘前公園の染井吉野は、青森には林檎の剪定技術が発達していますから、弘前には樹齢60年という通説が通らないんです。日本一古い染井吉野は、僕も確認しましたが、まさしく弘前でした。そんなわけで、公共に大きなばらつきがあるということもありましょうね。全くどこから手をつけるか分からなくなってくるように思える時があります。言え言えこれは冗談ではないんですよ。 櫻の中で最も堅い木は江戸彼岸の木です。よく枡などに使用されていましたが、明治のご維新の際、鉄砲の台座として殆どの昔からあった櫻が伐採されました。ブナ以上に堅い木だからです。山櫻も堅いのですが、どうも櫻のクローン=染井吉野だけが持て囃され、前途多難であります。でも僕なりに信条を決して曲げるつもりはありませぬ。徐々に加速させて行こうと考えています。今日もおいで戴きまして、本当に感謝申し上げます。有難う御座いました!

  3. 良枝 より:

    おかげさまで、お知らせをいただいた分は全部見ることができました。この番組を見ているとつくづくベニシアさんって日本人ではないよなぁと、思いますが、自分のベースがしっかりしているので日本文化をとても尊んでくれているのがとても分かります。ありがたいことですよね。私など、日本に居ながらにしてベースが緩いので、教養のある方が羨ましく思います。学問に年齢制限が無いのは分かりますが、三つ子の魂というのでしょうか。やはり、幼い頃に学ぶということは重要です。私の為とはいわず、今後の子供達のために今更ながらに日本文化の蓄えを少しでも増やして行かなくてはならないとは思いますが、はは、それがなかなか勉強嫌いで 苦笑

  4. 文殊 より:

           りんこしゃん よかったぁ、たった一人だけでもそんな風におっしゃって戴いてとっても感激しています。おっしゃる通り、ベニシアさんは特別日本人になろうとしているのじゃありませんね。でも全部の生活態度の中に、ひょっとしたらベニシアさんの真似も出来るかなぁと抱かせるだけでも貢献度は大と申せましょうね。イギリス人には特性があります。頑なに固執するPrincipalのことです。それが彼女の生活全体の隅々まで行き届いていることでしょうね。そこが逆に日本人から観たら、大変新鮮に見えるわけですが、ただベニシアさんはクリスチャンを放棄しているんですねぇ。日本人の信仰に目覚めたのか具体的には分かりませんが、時々映し出される映像には野の中のお地蔵様や神さまに拝んでいたり、どこか何か新鮮なものを感じます。日本に来る前にインドにいたこともかなり大きな影響を与えているのでしょうね。でも冗漫な判断はしないほうがいいでしょう。彼女の生活信条を見ているだけで、一種の救いを感じられるからです。キーワードは自然でしょう。 彼女は横着ではありません。仕事大好き人間で、勉強熱心で、その上清明ということでありたいと願っているようです。清明と言えば、日本的信仰の象徴ですが、自然の関わりの中で感じ、そして構築された清明なのでしょう。日本の文化との接点はその殆どが実体験から来ているもので、特別勉強されたようではありませんね。好奇心旺盛で、誰にでも話しかけ、臆することなく、人と人の関わりの中に入ってゆくその姿勢がいいのだと思っています。 海外生活を長く経験すると、日本人である土台にはっきり気付きますね。りんこしゃんもご経験があるから、きっと同調されることでしょう。そうなんです、僕たちは僕たちのことを余りにも知らなかったのです。日本が鎖国を解いて、海外に目を向けてからずっと続いている現象でしょうけれど、僕たちはもっと自分たちの足元を見直さなければなりませんね。ベニシアさんの生活はそれをも喚起させてくれるものです。 まぁそんなに高揚することなく、自然にお婆ちゃんたちや先輩がたに耳を傾けて行けば、どうにもなることでしょう。僕はりんこしゃんなんかとともに真摯に行動し考えて参りたいと思っています。まだ眠い段階でのコメをお許しあれ!頑張りましょう!エイエイオ~~~~~~~~~~~~~!!

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