杏と、「かつおぶしだよ人生は」

 杏の成長 1歳3ヶ月

おしゃまな杏 満一歳と三ヶ月になろうとしている (先日行った箱根にて)

 

 

 

        杏と、「かつおぶしだよ人生は」

 

 

  お彼岸のお中日も無事済んだ。こんな地べたのある実家に帰って、一番歓んでいるのは杏かも知れない。京都のばぁばから買ってもらった赤い靴を履くのが大好きで大得意だからで、庭中、今にも駆け出しそうなヨタヨタ足で歩き廻っている。お花が好きらしく、どの花もちゃんと観ている。平均的に言えば、我が娘は半年ぐらい進んでいるらしい。身長は4倍どころではなく早や1mを超えた。多分母親に似て大きく育つのだろう。生まれたての頃はどことなく母親似のように思っていたが、人相は日を追うごとにころころ変わり、最近では僕に次第に似てきているから困る。まだまだ変わるだろうと予感されるから幾らかほっとしていなくもない。体重も10㌔をゆうに超えた。アレルギーがなさそうで頑健であり、検診では健康優良児ではないだろうかと先生から太鼓判を押され、親馬鹿ちゃんりんはまぁ、気をよくしているところだ。7ヶ月を過ぎた頃から離乳食にして研究に研究を重ね、11ヶ月を過ぎたあたりから、さほど母乳をあてにしなくなった。尤もその前から母乳が出なくなっていたので、別な哺乳に変えた。但し絶対的に母親の肌が恋しいらしく、特別お乳を飲むのではなしに、そんなそぶりを見せていた。最近は、僕の特製の杏御飯が美味しいらしく、お乳の変わりにgハツガツ食べ、そして色んな乳製品をガブガブ飲んでいる。オムツは完全に取られたとは言えないが、でもその時の証拠は、お鼻さんが赤くなるので直ぐ判別出来る。少しずつオムツを外すようにしたいが、夜はまだ無理。とにかくいっぱい食べるから、日に4度も食べる機会を得て、特に夜が一番多く食べている。お乳を欲しがり夜中に目を醒まして夜泣きをするようなことは殆どない。杏用には食物繊維関係もたくさん摂りいれているから便秘などの心配はない。この年で掴まり立ちも出来ない子がいるっていうらしいのに、今のところ順調過ぎるかもと、又逆な心配をしなことがないでもない。

  だから弟が生まれて、最も心配だったのは杏の心模様だった。案の定当初は彷徨っているかのようで、僕は片時もなく杏の心の動向をよく観察し、極力素早く対応するつもりでいる。今まで一人占めだったマミーは弟の大風のほうに、どうしても母親の関心が行ってしまうからだろう。でもそこは乳飲み子で仕方がないんだと我ながら理解したいのだが、所詮杏の目線ではなかったようだ。そんなんでいつも酷く気になっている。杏の目線で、どうにかしていつもいたいのだが、ハッと見せた杏の拗ねた表情(?)は、こればっかりは親の側の責任だ。杏だってまさかこんなに早く姉弟が出来るとは思ってもいなかったのだろうし、そんな関係があるとも思ってなかったに違いない。杏にとっては初の社会性なんだろう。こんな効率よく出来るなんて僕だって想像してもいなかった。でも長いこと、お腹に子を抱えた妻は比較的冷静でいるわけじゃないんだろうが、どう見てもまだピッピ~の弱者を先にする。僕は杏だってまだ立派な赤ちゃんに見える。周囲からは驚異的な成長ぶりを驚かれ、動作がもうちょっときびきびするようだったら満2歳と言っても過言ではないらしい。でも妻は腹が座っていた。要するにスキンシップでしかないと。だからおっぱいをねだる時も、やたらとくっついて来る時も決して冷たく避けることはなく、杏を単純に扱うことはない。そこで僕の登場する番である。ワワンではないが、実家に帰っても杏の御飯は僕の専任であり、付きっきりになって一緒に食べる習性がついていたから多分助かった。しばらく見ていると、僕のほうにスタスタとやって来る。いつもお風呂やらトイレのお付き合いから、殆ど僕の担当だったために、杏といるのが全く嫌ではないし寧ろ嬉しい。でもどう言うわけか、母親にくっつくことが少なくなった期間が、相当短期間で済んだ模様だ。無論僕は嬉しかったが、杏はどこかで自分にケリをつけたのかもと推量し、割と短く、いつもの平穏な状況となったと思っていた。

  実はぼんやりあった不安が的中した。胎教時代から色んな音楽を聞かされていたからか、音楽が鳴ると、不思議に大人しくなる。一番顕著に現れるのはモーツアルトがかけられた時だ。手前味噌だが、僕が吹く能管の時も静かなもので、白洲正子のように4歳で能に目覚めてくれるかもと安易に期待していた。何とも能天気に思っていた最中、先日いつも杏と観ている「みんなのうた」を聞いていた。アレッご機嫌な杏。大河ドラマで与六役に扮した加藤清史郎クンが、 「かつおぶしだよ人生は」という歌を歌っているのを聞いた途端、しかしどこかオカシイ。この歌はどことなくアヤシイ歌で、特にサビの部分はザ・歌謡曲になっている歌だ。でも杏はそれにクギ付けになったようで、それからその歌を何度も一緒になって聞いた。そしたらいつの間にかザ・歌謡曲のサビの部分に来ると決まってクタクタダンスを踊り出すようになっているではないか。あのウサン臭いサビの部分で、奇妙なカタチで乗っているようなのである。コイツ、ナニワブシを分かっているんだろうか、モーツアルトや僕の能管などとどう繋がっているんだろうと考えるとふと可笑しくなったりした。んなわけはないよなぁと思い直し自分でも笑ったが、でもどうして?僕は酷く気になったので、その後、おもちゃを出してみたり、えいっと再びモーツアルトやホルストやエンヤやジャズやロックなど何でもかまわずに聞かせてみたりした。でも変!!普通杏は気になるところで、必ず何かの反応をするのだが、でも様子がオカシイ。雰囲気で痛切に感じられる。それっ!あっと息を飲んだ。杏は何かに脅えたように、淋しいクタクタダンスを踊っていたのだ。しまったぁ!杏の心の哀しみを見落としていたかもイヤと言うほどしたたかに知ることになろうとは。親子ともども言葉なき哀しき反応を交わす乾いた空気。僕は、ただ茫然として杏のクタクタを観ていた。

 杏、こんな思いはもうさせないよ!このところ僕に甘えっ放しで、夜だって僕と一緒にぴたっとくっついて寝たがる。殆ど毎晩のお風呂も僕と一緒だからか、多分どこかで安心したにのだろうと高を括っていた。こんな小さな子に、諦めがつき、いつの間にか自分の置かれた立場を察知してしまったなんてぇことあるんだろうか。気になって仕方がない。だからいつも以上に妻はきつく抱きあげたり、直ぐハグしたり、スキンシップに怠りない。こんな僕たち以上に、多分いまだに思案中なのは杏に決まっている。僕は尚も執拗に杏から目を離せない。父親になった歓びも束の間、既に杏は一人で何かと必死に闘っているのだ。微妙な心のうちを全部読み取れればいいのだが、僕たちが取り越し苦労にならないように、周囲にいる人たちだって滅法朗らかに僕たちに接し励ましてくれている。子育てってのは、結局自分を育てるってことなんじゃないのか。この大型連休中にピタリとくっついて一緒に居れて何よりも嬉しかったが、幸いなことに子供を育てたことがない叔母に不思議に一番懐いているから、そこそこ安心し、毎月来る京都のじぃじやばぁばとも大層いいお話し相手になっているようである。まだまだ杏語で意味不明だが、僕なら大抵理解出来ていると自負しているが、 でももう杏を淋しくなんかさせないよ。

  こんな時オフィスに出るのがまだ早いかなぁと思うと怖いんだが、今日久し振りに出勤した。たくさんの方々が精一杯協力をして戴いているから少し助かっている。でも僕が自宅に帰ったそうそう杏は素知らぬ顔をして僕の父に抱かれていた。きっとまだまだ安心は出来ない。妻は最低三月は子育てに専念すると断言している。でも杏のどんな些細なことにも気がつく父親でいたいと心から願う。このブログを書くのだって、決して杏に注意を怠れず、いつもの三倍の時間を費やしている。ブログを更新している場合ではないのかもなぁ。今は既に眠かせたから急いで書けたようなもの。身体的に人一倍おしゃまに成長著しい我が娘だって、そのちっぽけな心の動揺、赤ん坊より遥かに気を使うに決まっているじゃないかぁ。まぁ杏よ、チチと一緒になって頑張ろうなぁ!何なら歌の文句じゃないけれど、ニャニャンのように自由気侭になってくれればいいのだが、或いは母親のように強い女の子であって欲しいのだが、父の僕だっていささかトホホな状態で厳しいんだじょお~。ここは間違いなく初めての、杏と僕の踏ん張り時。

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杏と、「かつおぶしだよ人生は」 への6件のフィードバック

  1. 良枝 より:

    はは 笑最近、未だに甘えん坊な私の弟のことについて母と話していたときのことでした。「・・・りんこには結局無理をさせたのかもしれないわねぇ」しんみりしたなかでいきなり普段暴君である母が言うのでびっくりしました。「なにいってんのよ。」とイイながら私も動揺し、なぜか涙ぐんでいたのが自分でも不思議でした。こういっちゃ何だけど、姉の宿命かもしれません。私と弟は年子ですから弟の出産の際は父の実家に預けられていたんです。父も母もいなかったんです。たくましくなりましたよ。きっと。幼いながらに色々考えるものなんでしょうね 笑

  2. 道草 より:

    我が家は娘ばかりで年齢も4歳離れていましたから、姉妹間の関係はかなり順調に成長した様です。今もその兆候が持続していると思っております。要するに、馬鹿な父親と賢明な母親の家庭が理想ではないですか(自己弁護している、と思っておられるでしょう!)。いずれにしても、両親の灑ぐ愛情が均等であれば、子供は至極まともに育つ、と確信しております。杏ちゃんは益々可愛くなられるでしょう。大君はこれからです。それに、父親は特に女の子が可愛いものです。思い切り親馬鹿ちゃんりん振りを発揮して下さい。後ろに賢い奥様が居られますから、全く何の心配も不要です。保証します。「娘よ」   山本太郎 娘よちいさな庭の片隅に桔梗が咲いたストロベリーの銀紙を無心にひき裂く娘よ父のそばにきてよくみよやあれが花 とばない蝶々こんなにてばなしのもろいいのちが地上にあるということの大きな救いをお前もいつの日知るだろうほら風にりんりんと鳴る桔梗ひとむら父の膝の上でちりちりと銀紙を裂く娘よ

  3. (Kazane) より:

    え~、いつの間にこんなに成長を! 写真を見て、ビックリしてしまいました。可愛いですね~。杏ちゃんの…というより、硯水亭さんの葛藤、微笑ましいです。こんなに素敵なご両親に大切に見守られているんですもの。心配ないですよ。道草さんも確信していらっしゃいますし♪一挙手一投足に、こんなにも気を配ってくれるお父さんが横にいてくれるなんて、本当に幸せなことだと思います。何だかいいな~。とっても幸せな気持ちにさせていただきました!タイトル…どういう意味かしら、と思っていたら、そのような歌があるのですね。「みんなのうた」、今度、私も見てみようかしら^^

  4. 文殊 より:

         りんこしゃん そうだったね、貴女も年子の姉弟でしたね。お母さまとそんなエピソードがあったんですかぁ。なるほど。家内と夜話し合ったら、酷く反省していました。今日自宅に帰ったら、妙に杏がご機嫌でした。マミーがいっぱい遊んでくれたようです。お腹がブヨブヨになっちゃったんで、運動かねて杏をお腹に乗せ、懸命に腹筋体操をしたようです。それが杏には気に入ったらしく、大いに満足したようです。大風はとにかくよく泣く子ですんで、妻には余裕がなかったようです。叔母も一緒になってくれましたので、何とか見通しが出来るようです。先ずはひと安心したところです。 そうっかぁ、逆に逞しい女の子になるのかぁ。ウチの杏もきっと同じような思いをするのでしょう。でもマミーってやっぱりパワーがあるんですね。オトコではどうしようもない部分があるようです。杏も色々な経験をしてゆくことでしょう。その都度しっかり見てあげたいと思いつつ、りんこしゃんのを読ませて戴きました。有難う御座いました。凄く参考になりました。又是非色々と教えてくださいね。有難う御座いました。

  5. 文殊 より:

         道草先生 色々とご教授くださり有難う御座いました。何だか男の子っていうのは、泣き虫なんですかねぇ。杏の時とまるきり違います。早いとこ、疳の虫を治めに参りたいと思っています。家内もあれこれ考えてしまっていたのですが、自らで解決して行く決心のようです。先生のおっしゃるように、均等にというのがなかなか難しいもので、そこんとこがちょっとばかり考えさせられたのです。同じ時間を与えても、均等にはならないってことなんです。やっぱりそれだけ1年も差があったら、やっぱり違うんですね、感じる感じ方がね。わぁわぁ泣く子は始めてですから、妻に余裕がなかったのでしょう。でもこんなことをきっと何度も経験して、僕たちも少しは知恵がついてゆくのでしょうねぇ。杏は妻に似て、あまり表情に出さない子だとばかり思っていましたが、いつかささ舟さまから既にアドバイスを受けていた通りになって、改めてささ舟さまの偉大さが理解出来ました。お陰さまですと、どうかよろしくお伝えくださりませ。少しずつ僕たちも階段を登って行くことでしょう。まだまだ未熟なもんですから。ぅふふふ、自己弁護なんかに聞こえませんです。正直に申し上げます。多分母親の領域っていうのがやっぱりあるんだと思っていますから。 山本先生の詩を有難う御座いました。思わず目かしらが熱くなって参りました。先生は女の子お二人ですから、モテモテ状態は今も続いているのでしょうね。先生も膝の上に乗せて、いっぱいいっぱいかわいがったことでしょう。現在の先生を見ていると、間違いなくそう思います。多分その関係は生涯続くのでしょうね。 TさんがDさんに勝ってよかったですね。藤川絶好調ですから、いち抜けしてくれるでしょう。永遠のライバル同士、お互いにがっぷり四つに組んでいたいものですね。何としてもCSには是非とも。今頃先生はきっと勝利の美酒でしょう。僕も最後まで応援しています。又あいまみえることを念願しつつ。 今日も先生!どうも有難う御座いました!

  6. 文殊 より:

         風音さま 有難う御座います。まったく成長が早い子で、凄くおしゃまです。普段はそうおしゃべりしないのですが、一旦火がついたら、さぁ大変、すべて杏語で大変なんです。ついて行けそうにない感じで、どういう構造になっているんだろうかと、親ながら理解に苦しむ部分があるんですよ。僕の父も先日気をきかせて、箱根に日帰りで行ってまいりましたが、叔母と妻が息子に一人振り回されていたようです。オトコ衆の中にいると、益々おしゃまで、コイツややっぱり母親似だなぁと思ってしまいます。妻は兄二人を見て育っていますから、へたなオトコは駄目ってばっかりだったらしいです。お陰で、あの京都で出会って、愛し合い、そして京都で結ばれました。両親ももともと同級生みたいな感じの子とは付き合わないし、年の離れた僕がいいと最初っから言ってくれていました。 人一倍勝気です。親は寧ろそれを心配していたそうですが、僕の前では女そのものです。いつだったか義父から言われました。あんな顔を実家ではたった一回もしなかったかもと。僕に甘えていることが不思議だとも。多分僕は籤引に勝ったのでしょうか。可笑しいですね。 まぁねぇ、「かつおぶしだよ人生は」は大人として楽しく聞けるのですが、杏のあの時はじんわりとダンスしてて、杏は杏なりに、あれこれ考えているんだなぁと痛切に感じられた次第でした。まぁ今日帰ったら少しはよくなっていましたから、更に一層努力してくれるでしょう。でもl演歌があんなに哀しく思えたことはなかったんですよ!馬鹿な父親ぶりですね。笑ってやってくださいね。 そうそう、僕は子は親がなくても、よく育つという実感を感じています。もう少しキビキビと動けば、もう立派な女の子になるんでしょう。楽しみは楽しみであります。 今月号の「文芸春秋」の巻頭のエッセイは石田さんのですが、毎月楽しみに読んでいましたけれど、今月が最後になるんですねぇ。ちょっと寂しいです。今月はコンカツを取材したお話をされていました。勿論既にお読みになられていらっしゃることでしょう。今日もおいで戴き、心から感謝申し上げます!アリガトウ御座いました!ペコッ!!

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