ベニシアさん 神のめでたきに

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イギリス流ポプリを作るベニシアさん 花やハーブの香りで満たされた歓喜の瞬間

 

 

 

 

               ベニシアさん 神のめでたきに

 

 

 今年、偶然にBSでベニシアさんの番組を観てからずっと、すっかり彼女が放つ芳香の魅力の虜になっている。この歳時記ではしばしば取り上げて来たが、ここで今まで放映された分すべてを紙上公開することにした。僕のビデオだけにしまっておいては全く勿体無い話だからで、NHKさまのご了解やご本人さまのご了解も得ていないまま、真に恐縮であるが。ビデオから原稿を起す作業はそう簡単なことではない。ストップさせては一行づつ書いて行く作業は、根気よく正確に丹念にしなければならない。録画に出たすべての言葉を一端原稿用紙に書き移し、それから纏めるからで、画像の写真処理でも難儀なことが多い。ストップ・モーションをして映すが、カメラが悪いのか、当然テレビ本体も悪いのではないかと思えるぐらい画像はよくない。EPSON File Managerに取り込んだ時の容量が馬鹿でかいから、ペイントで一つ一つ縮小し、その後再びEPSONを使って、又一つ一つ補正しなければならない。たった30分の番組であるにも関わらず、1本で撮る写真は最低100枚ほど、ウベさんが出ていた番組では250枚にも達した。けれど使うのはホンの少々。一つやっとこさ準備出来るまで、子守がてらなので凡そ3日は掛かる。それまでしてアップしたい意欲があるのは、ベニシアさんの持っている全人格的な魅力が僕をそう駆り立てるからに他ならない。ベニシアさんの教え通り、何事に対しても、「楽しみ」を見出して書けたら、こんな幸いなことはないと思っている。

 僕はベニシアさんのすべての番組を観て感じることがある。単にガーディナーだけではないと言うことだ。根本から和を体現する方だとも思わない。お婆ちゃんの知恵袋ではないが、理に適ったテイストを尊重する。合理的な部分の和のテイストを取り入れているからと言って、根っから日本人そのものになろうとしているのでは全くない。和と洋の混在が、否応なく上品な雰囲気を醸し出している。ベニシアさんで最も深く感じ取れることは多くのイギリス人に見られるイギリス流Principal(原理原則や主義主張)が一貫して貫かれ、凛としていらっしゃることだ。日本風に言えばカントリー・ジェントルマンって言うか騎士道と言うべきか、その信念が僕の胸をヒタヒタと打つ。僕は、この番組の外に彼女に起きた過去のキャリアなど事細かに知ろうとは思わない。番組上だけで充分だからだ。イギリスを出てから一度インドに立ち寄っているらしいが、多分それが彼女の最も大きな分岐点で転機になったことだろう。日本との御縁が出来、彼女の曰く、この国では笑顔さえすれば心を開いてくれると言うご自身の証言があり、又ベニシアさんの人脈は尋常ではない。人脈こそ、明確にその方のお人柄を表現するものである。ベニシアさんのどの番組にも興味があるが、大原でお知り合いになられた多くの大原の女性たちがどなたにも増して輝くばかりの魅力に溢れていたし、半端ではない。紫蘇ジュースを教えてくれた池田千代さん(88歳)を代表として特に印象的であり、大原を拠点とする染色家や陶芸家や作曲家や、更に代々続く唐紙屋さんや、ドイツ人尺八の演奏家や、お孫さんジョー君やキマちゃんたちにもずっと印象に残っている。日本に来て間もなく知り合ったそのドイツ人尺八奏者・ウベさんも大きな存在なんだろう。もっと言えば、今大原で息子の悠仁君と一緒に暮らす夫・梶山正さんは飄々としてお人柄は実に素晴らしい御方である。これ以上ないぐらいのグッドなコンビで、そしてね、ちょっとだけお教えすると、最初に大原に行かないかと提案したのは夫君の正さんだったと言うから、まさにベニシアさんにとって、天がもたらせてくれたベスト・パートナーなのであろう。

 彼女のキーワードは、『手づくり』と言うこと。交流されておいでの方々も、皆さん『手づくり』がポイントになっている。やれるものなら、殆ど自分の手で作りたいと言うベニシアさんの意気込みと発想は甚だ重要で、僕たちに大きなヒントと限りない刺激を与えてくれている。都会のど真ん中で、その日暮らしをする若者たちにとって、ベニシアさんを見習ったらいいと感慨深い。いい若い者が大都会の塵芥に埋もれていないで、今や田舎を目指そう!どうせ儚く短い人の一生だもの、惜しむように大切にこの時を楽しく過ごし暮らして行こう!!食べる分ぐらいなら横着でなかったならば何とかなるさ。先人たちは皆そうやって来た。そこで文筆をやるなり、絵を描くなり、好きだったらパソコンを徹底的にやってもいいではないか。或いは自分の特性を生かして地域と一体になったら更にいい。生活の基盤を、先人・先哲に倣って自給自足したらどうだろうかと、自分自身を反省しつつ提言したくなる。マックやドトールなど大企業で働いたって、店頭ではカックいいが、どうせ頭うちになり将来は使い捨てではなかろうかといつもハラハラとして心配して見ている。花背の茅葺屋根で暮らすウベさんも身一つで日本にやって来て、独学で尺八を習得し、今では立派なプロの演奏家で作曲家だ。結婚なさった奈良県出身の奥さん・美都代さんと一緒に泥にまみれ、畑仕事や稲作をやっている。3人の子供まで育て上げたって言うから驚きだ。田植えの時近所の皆さんが心配になって冷やかしがてら観に来ていたのが印象的だ。地元の彼らは、ウベさんたちを実に大らかにして好意に満ち溢れていたのだから。

 ベニシアさんの庭に咲く多くの花々は皆生き生きとして立派に咲く。それらは落ち葉などで作る自前の堆肥の影響が大きいのだろうが、何と言ってもベニシアさんはどんな花々にも愛惜の念が人一倍強い方である。200種類にも及ぶハーブの栽培だって、きっと多く勉強をなされた成果なのだろう。あの高が30分番組(『猫のしっぽ カエルの手』)の中に、実に多くの啓示と教唆が潜んでいるのではないだろうか。それぞれに意味がある。そこで僕はベニシアさんをガーディナーでなかったら、何と括ればいいのかを考える。あのインド時代の、一枚の写真に注目した。ベトナム戦争の後だったのだろうか、若きベニシアさんの周りにはヒッピー風の人たちで溢れていた。にも関わらずベニシアさんはイギリス貴族のご出身である。ケドルストン・ホールと言う立派なお城のお姫さまが本来の姿なのだ。でもそこではベニシアさんは満たされない日々が多かったと述懐する。又不思議なことにベニシアさんはクリスチャンではないとも言っていたが、イギリス国教徒ではないのかと何度もこの目を疑った。夫君・正さんと一緒に、大原の野辺に立つお地蔵さまに、自然と手を合わせる横顔が深く記憶の中に刻み込まれている。そして僕は感じた。ベニシアさんは確かにガーディナーとしての立派な方だが、ベニシアさんは紛れもなく、『人生の求道者』なのだと。あの番組をいつもそのようにして観る習慣がついてしまった。今夕もBSで再放送がある。又僕はウットリとして、ユルイあの世界を楽しむことだろう。決して横着をせず常に勤勉なベニシアさんがその裏側に隠されていても、あのゆとりと言うか、ユルサを大いに楽しもうと思う。ベニシアさんで最も価値の高いことは、何でも楽しんで頑張ること、それって何て素敵なことなんだろうか!

 季節は早いもので、最早長月も終わろうとしている。この「硯水亭歳時記 Ⅱ」は本来は挽歌のブログであるが、ベニシアさんの放送記事をコツコツ書かせて戴く重要な僕の理由がある。ベニシアさんに魅かれて書く一方、僕にある計画がある。僕も出来るだけ早いうちに、つまり子供が幼児の時分に田舎暮らしを始めたいと強く望んでいるためだ。憧れの地は既にある。妻(妻の仕事と研究者としての希望は100%適えてあげながら)とスッキリと解決しなければならない事由はあるが、二人で充分時間を掛けて話し合うつもりである。でも先ず第一に妻の希望を尊重する。又季節に関係なく、以前放映された分を書く理由は、それだけではない。この番組はひょっとしたら年間にわたって取材され綴られるのではないかと期待しつつ、新規放送までに何とか早く我が記事が追いつきたいと考えているからだ。月内には「Vol 12 夏の大地の贈り物」まで進み、神無月の月初には既放映分の「Vol 14」まで行けるだろうか。既に原稿の準備は出来ている。後は写真の整理がたっぷりと残っていて、NHKさまには申し訳ないが、映像から拝借し撮り出させて戴いており、それが少しでも皆さまのご希望に副っていたいと願わざるを得ない。いつだったか、ハーブ・リシピやエッセイだけを記事に書いてお茶を濁そうと思った時期があったのだが、誰が読んでくれなくてもいい、しっかりとした放送通りの文章で完全収録を目指そうと考えるに至った。これは正しく我がためで、憧れだけでは、何一つ物事が進まないことは百も承知だからである。そうそう、ベニシアさんは自分のエッセイを態々英文で読まれるが、ハリウッドの映画で汚い英語に馴らされ辟易しているところを、爽やかに救ってくれる。本来ならば読まれた原文通りに書きたいのだが、あの簡潔な優しい文章は、実に美しい本来の英語なのである。そんなこんなで番組の楽しみ方って色々とあるものだ。

 ベニシアさんをもってのほかのいい先生として、現在この記事にだけ集中して書いている。子育てでいっぱいっぱいであるからで、他に全く手が廻らないと言うのが本音で適切か。テレビ画像から頂戴している画像は、お世辞にもいい画像とは言えないが、それでもベニシアさんの素敵なリアリティを少しでも感じて戴ければ本望である。美しい画面は、どうぞBSハイビジョン放送のNHKさまでお楽しみ賜りたいと存じ上げる。そして又明日から続けてベニシアさんの記事をアップすることにしよう。最後に一つ、実はテレビでベニシアさんがご紹介される遥か以前、Hayakawaさんのブログにてベニシア邸をご紹介なさっておいでだった。Hayakawaさんにも、こうした邂逅があったことを心から感謝申し上げたい。

 

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ベニシアさんのご実家 『ケドルストン・ホール』

 

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上から 2歳の時   10歳の時   16歳の時  インド滞在時

 

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そして今輝きの時 京都・大原 ご自宅にて ベニシアさんの微笑

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ベニシアさん 神のめでたきに への5件のフィードバック

  1. 良枝 より:

    いやいやいやいや、桜兄様の文章は何であっても愛情深いものなんですよ。ご自分ではなかなか気がつけないかな 笑あらゆる文化や、子育てに関して、食事のことや、ベニシアさんのこと。もう、どれもこれも、こぼれ落ちるほどの愛と情熱に満ちています。ご無理なさらないで、気長に続けていただけたら私はとっても嬉しいです 笑

  2. 道草 より:

    私は戦争による疎開と言う特殊な事情から田舎に住むことになりました。本来なら、戦争が終われば元の市内へ帰るところが、我が家はそのまま山里に居着きました。かくして、少年時代の7年間を山深い里で暮らすことになりました。当初は市内へ帰らない父を、随分と責めたものです。しかし、晩年になって振り返れば、自然に囲まれて暮らしたことが如何に大きかったか、を痛切に感じたことでした。今も、その影響が少しは残っているかも知れません。子供が小さい頃に自然の中で過ごすことは、親

  3. 道草 より:

    (途中で入力状態になってしまいました)。として大人としての義務であり責任でもあると、今にして思い至っている次第です。この時代ですから、ご夫婦の仕事の方法は多々手段がある、と思います。是非、子供さんのために田舎生活を実行されることを祈ります。京都に住みながら、大原は観光地としてしか知りませんでした。ベニシアさんの生活振りを拝見して、今更の如く認識を新たにしております。この記事に、この詩は相応しくないかも知れませんが、これも大原の顔の一つです。お読み捨てください。「洛北大原行」   木下利玄晩秋の一日思ひ立ちて、京都より大原の奥を訪ぬおし黙る一人の歩み昼たけて八瀬大橋を渡りけるかも先づ三千院へ大原の三千院に行きつきて靴ぬぎたれば汗ばみ冷えつ小坊主の後より入りつ往生極楽院浄らにつめたみ虔ましもよ山の堂しゞまの深みに物言ひしあとの幽けさ身を省みる山もとづたひに寂光院へ寂光院の床ふむにつべたみそゞろに見る阿波の内侍のはりぼての像お堂出づれば只今の間に日はかくれ雨の粉ちれり大原の峡に庵室の障子あけてみれば日はかげり又日は照るも大原の峡に庵室の障子に午后の日あかるく山の底冷え膝に感ずる庵室の障子あかるき午后にして茶を汲む尼の頬の紅きこと寂光院の尼の頬あかき午后にして日は照り雨の粉ちりにけり峽小田は大方苅られ大原山黄葉残る木々を渡る風あり女院の山のみさゝぎ夕照れり京都へのかへりをいそぎて拝す帰るさ月夜になり昼間あるきし三里のみちつゆけくあかるし俥にてかへる月夜にゆく道のかたはらの槙林しめらにさやぎて又しづまりつ

  4. 文殊 より:

          りんこさん いつも暖かいお励ましを有難うねぇ。今の僕は過渡期なんですよ。赤ん坊のことも忙しいことはそうなんですが、以前の仕事はセキュリティがついて廻る仕事をして、主人がいて、僕は祐筆として二番目でよく、それこそ大勢の世界の方々とお逢いすることばっかりだったのですが、今度は僕は一番目。よくとも悪くても、すべて僕が判断し、前へ突き進まなければなりませんから、歯車がねぇ。今いちギア・チェンジが必要なんですよ。実は僕は土いじりが大好きで、だからベニシアさんがいいなぁと憧れています。いずれそんな生活が出来たらなぁと言う思いでいっぱいです。ベニシアさんもカエルな天道虫が大好きな人で、どうやら虫を可愛がる方に悪い方はいないなぁと言うのが実感です。そんなわけで、今どこにも行けないこともあって、テレビの映像を話題にするしかありません。今日も散々苦心しているのですが、順調に写真がうまく行かなくて、頑張っています。今夜はアップ無理かなぁ。まぁそんなこんなでごちゃごちゃしてる最中の僕ですが、早く櫻に専念出来る体制を取りたいと思ってます。どうかこれからも是非ご支援を御願い申し上げます。今日も有難う御座いました!

  5. 文殊 より:

          道草先生 家内はパソコンをやりません。あまり観ようともしません。一日数冊の本を読み、気が付いたら常に物書きしています。手で覚えることに専心するとずっと前からの宣言でした。僕はそんな妻を誇りに思っているところですが、幸い京都の実家の両親は実に明るく、家内も本来凄く明るい子なんです。そこが救われるところですが、実家に帰ってみたら、又びっくり。僕が幼少時分にあった明るさがありました。母がいた時もそうだったのですが、僕はもっと完璧に、僕自身を切り替えないといけないなと反省しつつ、尚妻の立場を最優先して行きたいと思っています。 先生は強制疎開ではないものの、やはり戦争の影が子供時分の先生をそうさせたのかも。でも振り返って御覧になると、やっぱり田舎はいいものでしょう。フランスなど、パリなんかの都会のイメージが強いでしょうけれど、まさしく農業立国の国家です。日本も本来はそうかも知れませんが、いつからなのでしょう。こんな風に本来の日本人を忘れてしまったのは。可笑しいですね。僕がベニシアさんを熱心に書く理由は書かせて戴いた通りなのですが、僕の現在は喜びの反面、グジャグジャな部分がありまして、少しでも早くスッキリしたいものだと臍を噛む思いです。幸い土いじりが大好きですので、早く僕自身がちゃんとしなければならないのでしょう。そしたら妻は付いて参る自信があります。いずれ早く開放的で大らかな人間関係を築ける立場になるべきだと心からそう思っています。先生のおっしゃる通りです。早く、と言って焦らずに、田舎暮らしを強く希望しています。大都会の存在の仕方が甚だ疑問になっている最近です。どうか今後ともご指導賜りたく御願い申し上げます。 又凄いものですねぇ。木下利玄さんに、このようなしみじみとした素晴らしい詩句があったなんて驚きで、何度も読んでしまいました。ついでに極楽浄土院の舟形天井は阿弥陀さまや、寂光院の、焼ける以前の御寺に思いを馳せたのでした。小さな伽藍でしたが、紅葉の時期は特別に好きな御寺でした。この詩句と一緒に大原を散策しているつもりになれました。本当に感激しています。有難う御座いました。心から感謝申し上げます!

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