チョイ悪親爺の気分とや

 

チョイ悪ネクタイ

 

 

 

                 チョイ悪親爺の気分とや

 

 

 ああああやっぱり勘が当ってしまったぁ。ベニシアさんの新規放送・(『猫のしっぽ カエルの手』 Vol 15 移りゆく季節)が、この4日夕刻19;30から始まる。今年最後のバジルを収穫して何やらソースを作るなんて言うてはる。間に合わへんかったかぁ。残念!でも適当にテロテロしながらも、写真の整理さえ出来たら、今夜中に、Vol 10~Vol 11まで2篇アップしようっと。残りはVol 12 とVol 13 とVol 14。前後するんやけど、どないかなるやろう。これでやっと季節外れの記事から開放されるっていうもんだい。

 明日3日は中秋の名月。でもどうなんやろうかぁ!台風の影響で観れへんかいなぁ。正確には明後日の4日に満月。うっひひぃ、何とかなるかもよ、ねっどうでっしゃろ!今日は亡き主人から頂戴しボロボロに近いドルチェのネクタイをしてオフィスにきた。タイの裏に美女、何と裸女。パンツは家内が青参道で買って来てくれた真っ赤なショーツ。これだけでもチョイ悪親爺になったってもんで、雨の日ながらも気分は至極爽快!オトコ衆は露骨に見える部分にお洒落なんざぁするもんじゃないって。それ、主人の哲学だった。彼は特別に背広の裏地にも凝っていた。その癖を、僕が引き継ぎ、今日の背広にはちょっと細工が施されている。表地は紺の縞柄(織)で、地味な伊勢木綿をわざわざ使って裏地を貼らせたものだ。表地のスーツの柄は3着はいつも同じ柄を作る。但し裏地や、チェンジポケットを付けたり、センターベンツやサイドベンツにしてみたり、よくよく観ると必ず何処かが違う。いつも同じものを着ているなぁと思われる諸氏は正解だ。だがちゃう。

 ところでチョイ悪親爺になってどうするんかと言えば、何もしない。ただ飄々として仕事をこなしサラリと家路へと着くだけだ。神無月になって結構仕事に焦りがないことはない。でもチョイ悪親爺は仕事の最中でもこうしてちゃんとブログを更新をする。ただ今列島を紅葉前線が南下中で、日光の紅葉など特段に想像され、秋の風情を想起する。西行はんの「心なき身にもあはれは知られけり 鴫たつ沢の秋の夕暮」を筆頭に、折に触れあれこれ西行の世界にボケッとすることが多い。春、櫻爛漫と咲きし折、「吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき」、「あくがるる心はさてもやま桜ちりなむのちや身にかへるべき」、「花に染む心のいかでのこりけむ捨て果ててきと思ふわが身に」、「願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」、「仏には桜の花をたてまつれ我がのちの世を人とぶらはば」、「吉野山こぞのしをりの道かへてまだ見ぬかたの花をたづねむ」、「いかで我この世のほかの思ひいでに風をいとはで花をながめむ」、「もろともに我をも具して散りね花うき世をいとふ心ある身ぞ」、「風さそふ花のゆくへは知らねども惜しむ心は身にとまりけり」、「空はるる雲なりけりな吉野山花もてわたる風と見たれば」と、幾らでも思い出される特技。そりゃそうだ、『山家集』と『梁塵秘抄』の二冊は殆ど手放したことがない。何処へ行くにも徹底してだ。だからこそか今まで西行のことをブログに全く書いたことがない。西行には四季折々の歌が詠まれているからで、何時なんどき思い出せるようにしてあるだけのこと。ただ、「願はくは・・・・・」の歌は、西行の辞世の歌なんかじゃない。学者によって千差万別だが、僕は、西行はん32歳頃の歌だと信じて疑っていない。弘川寺には、西行はん、即身成仏するつもりだったかも知れんと仮設を持って只管信じている。だってあんなに見事に釈迦入滅の2月15日と時を違わん日になくならはったからで、普通考えてもピタリと死ねることなんかあらへんと考える。巨大な人物だが、仏道に阿闍梨はんのように精進しなかった西行はんでもやっぱり河内に憧れ、遍照金剛(空海)はんの許で亡くならはったなんてねぇ。即身成仏、ねぇちゃうかなぁ?

 「心なき身にも」を始めとし秋にも仰山名歌がある。「うちつけにまた来む秋の今宵まで月ゆゑ惜しくなる命かな」、「あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原」、「雲かかる遠山畑(とほやまばた)の秋されば思ひやるだにかなしきものを」、「おほかたの露にはなにのなるならむ袂におくは涙なりけり」、「月を見て心浮かれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる」、「なにごとも変はりのみゆく世の中におなじかげにてすめる月かな」、「ゆくへなく月に心のすみすみて果てはいかにかならむとすらむ」、いやはや西行はんはどないな方やったんかなぁと、その度量と、生きて行く気合を思う。白洲正子は極端に近過ぎる。正子にやられた一人で悔しさがないことはない。でもまぁチョイ悪親爺はそないなことをし、オフィスで飄々と過ごしておる。それじゃ今夜、誰が待ってなくても、京の奥深さを感じさせ、どう日本の四季と折り合いをつけはるんか、そないな興味を持てる素敵なベニシアさんの記事をまたアップしますよってに!でもなぁ、僕にとって母が音読してくれはったんで懐っかしい『万葉集』も、そろそろ必携の本にしようっかなぁ!ほな、お気ばりやすぅ!!

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チョイ悪親爺の気分とや への4件のフィードバック

  1. 良枝 より:

    んー!可愛いネクタイ。流石ドルガバ。表の柄がいかにもいい人そうな柄にしてあるのもなかなか憎いですね。カブキでパンクなビートルズって感じですね 笑正子にやられたって 笑やられた時って、悔しさが先に立つんですよね。その中に、尊敬と反骨心と、嫉妬とか喜びとか。いろいろ混じってるの。今日は雨ですけど私も家の中で遊ぼうと思います。今日も一日楽しみましょう!

  2. 寄道 より:

    午後から雨がやや激しくなり出しました。待望の雨なのですが、明日の名月には止んでほしいものです。それにしても、中々イキなネクタイではないですか。誰にでも持てる(似合う)デザインではありません。櫻師はやはりご慧眼だったのでしょう。ちょい悪硯水亭氏のキャラを見抜いておられたようです。私事ながら、若い頃は殆んど黒か濃紺系の無地かそれに近い物ばかり選んでおりました(センスが無かったのです)。結婚後はもっぱら家内の選択に任せ切りでした。今は滅多にネクタイをする機会がありませんので、恐らくカビが生えているかも。たまには首が絞まっても宜しいのですが、そんなチャンスは訪れそうにもありません。ちょい悪オヤジと言えば、私にはハンフリー・ボガードが浮びます。日本では、そんなイキなタイプはどうでしようか。いずれも帯襷状態です。硯水亭さんがデビューされたら如何ですか。「怪しげな京言葉を操るちょい悪オヤジ」のキャラで案外受けるかも(悪受け?)。それもそうとして、明日明後日は晴れてほしいものです。私はウブだったはるゝかなる昔を忍んで(笑ってはいけませんゾ)、一杯やる予定ですので。東方よりお祈りくだされませ。「逸題」  井伏鱒ニ      けふは仲秋名月初恋を偲ぶ夜われら万障くりあはせよしの屋で独り酒をのむ 春さん 蛸のぶつ切れをくれえそれも塩でくれえ酒はあついのがよいそれから枝豆を一皿 ああ 蛸のぶつ切れは臍みたいだわれら先ず腰かけに座りなおし静かに酒をつぐ枝豆から湯気が立つ けふは仲秋名月初恋を偲ぶ夜われら万障くりあはせよしの屋で独り酒をのむ

  3. 文殊 より:

          りんこしゃん こんなの出してええかなぁと思ったんですが、トホホです。あまりブランド品は好みませんけれど、貰い物には糸目がありません。あはははは!こんなんのが8~9本あるんでですよ、色気はほどほどがええと、ウチ的には思ってます。でもまぁ許される範囲はあるでしょうねぇ。御免ね! そんなにブランドはありませんが、好みでジョルジョ・アルマーニかエルメネジルド・ゼニヤか後は銀座の生地屋さんから生地を直接買って、英国屋さんで仕立てて貰うほうが多いかなぁ。スーツはワン・シーズン2着だけ新調しています。それより凝っているのはワイシャツでしょうね。ネクタイは数えたことがありません。中には頂き物あり、色んな機会がありましたから。 正子さんは余りにも好みが似ていますから、どうも厄介です。まぁそこそこに批判したり、或いは逆にそうだそうだと頷いてみたりで、大変です。でも旦那しゃまの次郎さんが大好きやから、何度鶴川の武相荘に行ったことでしょう。でもさぁ、正子って勝手なんだけど、あの魅力はどうも参っちゃうなぁ。実にねぇ。交友関係がいいね、西行を書けないのは正子がいるからかなぁ。グスン!!りんこしゃんもチャリの事故に気をつけて遊んでくださいねぇ。じゃ又ねぇ!

  4. 文殊 より:

       道草先生 あははは、あまり褒められたものではありませんが、イタリア物かフランス製か、海外物はあれこれ結構洒落ているように思われます。でもどんなんでしょう。これって許される範囲でしょうかねぇ。ネクタイは渋めの日本の着物の生地を生かした特製のタイが好きです。まだまだスーツを着なければなりません。シーズンごとの新調はいい加減にしたいところですが、僕、身長が高すぎますから、仕方なく誂えにしています。 あはははは!すっかりばれましたね。僕の、京言葉はなってないって、妻の実家では特に大うけをされてしまいます。そのうち上手くなるかなぁとは思ってるんですけどなぁ。妻は標準語で話しません。わざと京言葉を駆使してるようでなりません。僕は主人と遊んだ東京以外の国内では、やっぱり京都が一番あったものですから、ついしゃべりたくなったりして、京都の方には申し訳ありません。祇園でも何度もお座敷で遊びましたが、何か京でも場所場所によって多少の差異がありそうですね。ひたすら勉強中です。どうか今後ともよろしくご指導下さりませ。 家内は僕のお洒落に、あまり関心がないようです。何故って一度聞いたんですけど、お兄ちゃんたちのを見てて嫌になるとか、何か派手好みだとかでね。だから裏地に凝るしかないでしょうか。殆ど背丈の関係で誂えです。高橋で買って英国屋で仕立てるというのが普通です。一番安心出来るからですが、いわば僕たちにとっては作業着のようなものですから、まだ新調しています。仕方なくです。釈迦力になって頑張ろうとは全く思っておりません。一応のお遊びのようなものですから。 それにしても家内は京言葉が小憎らしいほどカックいいんです。勝とうと思ってもこればっかりはどうしようもありません。ほぼ諦めながら、ささやかな抵抗を続けているような始末であります。明日の名月に、晴れたらいいなぁと思ってますが、やっと子供たちが落ち着いてきたようで、ほっとしています。「サヨナラダケが人生ダ」の大先生らしいお酒が恋しくなるような素敵な詩句ですねぇ。ついヨダレが出そうに!! 明日は家内と久し振りの二人で外に出ます。家内のお母さんが来てくれていますから。それで行くのが能楽堂。明日は宝生流の『楊貴妃』を観て参ります。家内も、久し振りなので、今日から楽しみにしています。叔母は、僕たち二人の関係を完全に理解してくれていますから、大変助かっています。京都の実家でも喜んでくれているようで安心しています。いつも有難う御座いました。今夜もTさんの応援しようかと思っていたのですが、残念ながら試合がないんですね。京都の実家でもまだまだと張り切っているようです。やっぱりTさんが強くなってもらわないとつまらないですね。春先、何故ダッシュできなかったのか、しみじみと真弓監督ではあかんなぁと感じていたりしながら、まさに僕も応援しています。頑張りましょう!!

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