仲秋の名月に 『楊貴妃』が夢を観た

 uemura shouen  楊貴妃

上村松園の絵 「楊貴妃」

 

 

 

             仲秋の名月に 『楊貴妃』が夢を観た

 

 

 久し振りに、妻と観能。雲が低く垂れ込め、夜半の名月を見ることが出来るだろうかと不安気に水道橋・宝生会館に向かう。秋の名曲で能・楊貴妃だ。春の能は88番、秋は78番、夏は4番、冬は7番、四季を問わない能が4番と圧倒的に春と秋の能が多い。取り分け秋の能には風情のいい能が多いが、今日の能は少々変わっている。言わずと知れた世界一の美人の誉れ高い楊貴妃で、「傾城(けいせい)」の語源ともなっているが、あまりの皇帝のご寵愛ぶりに、遂に玄宗皇帝が家臣によって「安禄山之叛乱」が起こり、楊貴妃は馬嵬(まかい)が原で惨殺されてしまう。38歳の女盛りであった。天に召された楊貴妃に、皇帝は方士(ほうし=仙人が使う神通力を兼ね備えた人)を差し向け探させる。漸く蓬莱宮にいる嘗ての楊貴妃と出逢えるのだが、皇帝との秘話を語り、「会者定離」を説き、羽衣(うい)の舞を舞い、所詮人間界の者ではなかったからと諦めるように語ると言う劇的な謡が本命の能である。白楽天の『長恨歌』を題材にされたこの能は、世阿弥の女婿であった金春禅竹によって創られた能で、「定家」と「小原御幸」と並びこの三番を、三婦人の名曲としてつとに有名で、特別シテの動きが極端に少ないこの能は、難曲の一つとされている。謡が特に素晴らしい宝生流で、今日は宝生流シテ方・當山孝道師(當山能の会)が演ずる。當山師は宝生流の今後を担う中心的な中堅(確か60半ばの方)で、今日は恐らく相当に気合が入って臨むことだろうと推測された。観能の前、会館内には色んな方がいらっしゃっていて、三枝成彰さんの実弟で映画監督の三枝健起氏としばらくぶりに出逢い歓談、我が妻を紹介などして待ち時間を楽しんだ。ところが今日の席は指定席が買えなかったので一般自由席。それでもいいと妻が言い張ったからだが、それが何と初体験の嬉しさ。妻が選んだ観客席は、目付け柱の直ぐ前、脇正面の一番前の席だった。ってな訳で、ワクワク!

 

   ≪梗概 その他≫

 唐の玄宗皇帝は方士に言いつけ、帝の尋常ではない魂魄嘆きの原因を調べるべく、上は天上界から地下の黄泉の国まで楊貴妃の居場所を必死になって探すことになる。探しても見つからない。だが唯一探してなかった蓬莱宮に気付く。源氏物語に、「尋ねゆくまぼろしもがな伝(つて)にても魂のありかをそこと知るべく」と出ているように、永久不滅の常世の国・蓬莱宮にやっとの思いで着いた。住人(アイ=間狂言)に、彼女の居場所を訪ねると、そんな方はいないが王妃と申し、日ごと「漢朝恋しや越しかたや」と仰っていると言う。方士は太真殿と言う額を掲げた宮のことを教えられ、再び探し始めた。宮殿は幾つも連なっていて果てしなく、七宝を散りばめた無数の建物が大きく聳え、漢朝の宮、長生(ちょうせい)殿や驪山(りさん)宮など比べ物にならないと、その美しさに呆然とする。だが聞いた通り太真殿を見つけ、辺りを探ることに。

 すると、「昔は驪山宮の庭で一緒に春の花を楽しみましたのに、移れば変わるのが世の常とは言いながら、今は蓬莱宮で一人寂しく秋の月影を眺め、ただ涙のわたし。ああ昔が恋しい。ここでシオリ(=泣く所作)が入り、嘆く哀しみを表現し宮(作り物)の中で泣いていた。唐帝の使者と名乗るのだが、「何です、帝のお使いですか、何故こんなとこに来たの?」と、幾重にも重ねた綺麗な幕を押しのけ、またまた素晴らしい御簾を掻き揚げて姿を見せる。方士に、ただただ美しく雲のようで、花のようで、淋しそうな眼に涙を浮かべ、雨に煙った梨の白い花のよう、太液(たいえき)の池の蓮の紅や、未央宮(びおうきゅう)の柳の緑の全部を合わせてもとても及ばない、その昔、宮殿の女婿たちが幾ら着飾っても適わなかったのは道理で、まことにその通りだと言う。方士は、「申し上げます。貴妃さまが人の世におわしました時でさえ、政務に怠けがちでいらっしゃいました。ましてそのようになってしまわれ、只管嘆かれてばかりではお命さえも危なくなって来ています。それでご命令の通りここまで尋ねて参りました。今、お姿を拝見出来るのも、我が君の深い御心のお陰と思うと、愈々お気の毒と思われます」と述べる。

 「まことに、そなたの言うように、今は人の世から消えてしまい、在るともないともつかない儚い魂をここまで尋ね来られるのは有難い愛情と感謝申し上げます。返ってわたしの辛さは増すばかりで、『吹く風も訪ふつらさのまさるかななぐさめかぬる秋の山里』(続古今集・藤原定雅)の歌のように、中途半端なお尋ねは恨めしいことです。今更前世が恋しく、恋慕の涙に耐え切れません。この世のことを思うと気も失いそうです」と応じる。

 「その通りと思いますが、急ぎ帰って報告申しましょう。印しに形見の物をお与え下さい!」と方士。

 「ではこれこそわたしの簪(かんざし)だ」と、王妃は美しい簪(舞台では冠だった)を取り出し、方士にそれを手渡す。

 「いやいやこれでは同じ物があります。どうしても我が君は満足いたしますまい。御身と君とで約束された秘密の言葉、それを頂戴して、貴女の御印しといたしましょう!」

 「なるほどそなたの言う通り。思い出されるのは七夕の夜、帝と二人で空を仰いで二星に誓いました。『天にあらば願わくは比翼の鳥とならん、地にあらば願わくは連理の枝とならん』と誓った言葉を密かにお伝え下さい」。そして王妃は、皇帝との秘密の会話を、今始めて明かして涙を流す。「だけど世の中はままなりません。自分の身体は馬嵬が原に留まって、魂はこの仙宮まで来てしまいました。そして比翼は片方だけで友を恋ながら独り寝、連理の枝も朽ち果て色が変わってしまいました。同じ御心で居られるなら、いつかきっと逢うことを心頼みにしておりますとお伝え下さい」と伝える。

 「それではお暇を申し上げましょう。で、一緒にお連れすることが出来たら、どんなに嬉しいことでしょうか」。

 「わたしも、何時お逢い出来るか分かりません。恋しさや懐かしさで身も細ってしまいました。しばらくお待ち下さい。昔の夜遊を再現しましょう」と言うと、方士は「そうそう驪山宮で、月の夜毎に舞われた羽衣(うい)の曲でしたね」。「では、そなたに託した簪を付けて舞いまする」と、先ほど与えた簪を再び貰って、王妃の頭に付け、静かに舞い出す。思えばすべては夢・幻。哀れ果敢な胡蝶の舞のようなものと静かに吟詠しつつ舞いだすのだ。「遠い、遠い過去を思うと、いつ人間の始まりと、いつからか定めることも出来ません。未来を考えると、先の、先の遥か遠い来世、人は生まれ変わり、死に変わりして終わりと言うものはありません。この流転に二十五の世界があって、いずれも生者必滅の理に漏れることはない。先ず天上界に五衰(ごすい)と言う衰えの相がある。世界の中心に須弥山(しゅみせん)があり、その周りに四州のうちで、特に長寿の北州でさえ千年で終わるのです。ましてやこの人間界は老少不定、嘆きの大なること言うに及びませぬ。前世の縁(えにし)によって、わたしも元は天上界の人間でした。仮にも楊家に生まれ大事に育てられたのです。誰も知られなかったのに、帝に召されて忽ち妃の位に据えられ永遠のお約束を戴いたのです。しかし人間界の縁が薄く、又一人でこのように元の身に帰りました。それにしても、思い起こすのは恨めしい」。

 「かの七月七日の七夕の夜にお誓いした『比翼連理』の言葉の空しいこと。たとえ一夜の契りを結んだとしてもお名残は惜しまれるのに、長い年月馴れ親しんだものを。この世に死別がなければ、千年も万年も我が君と添い遂げるのに、『会者定離(えしゃじょうり)』の道理、即ち、逢うこととは別れがあるのみです」。

 更に羽衣の舞を舞い続ける。但し宮殿にいた時の若々しさは取り去られ、天上の御方らしくヨロヨロと静かに静かに舞いつがれる。やがて方士は再び簪を持って、暇乞いをして都へ去って行く。最後の謡、「さるにても、さるにても」と、ああ何と言う美しきや。「我が君にこの世で再びお逢いすることもない。浮世だけれど、昔が恋しい」。別れは辛いと常世の国の宮殿で泣き伏して留まる。

 長々と書いたが、楊貴妃が今ひと度は、浮世に戻れない。せめて逢った証拠の簪をと、帝との秘話を持って帰ってくれと言う極めて単純なストーリーでも、謡の聞かせどころや、静かに舞う瞬時の美しさの裏側に、非情にまで計算された鋭利な刃物のような裂帛の気合が潜む。この曲のシオリは通常5~6回あるが、何と今日はたった三度のみ。その気迫たるや想像を絶する。ひと呼吸でも観逃さすまいと、息を飲んで観客の私たちの見守る中、美しい舞が胡蝶のように舞われるのだ。しばらく大鼓と小鼓とが裂帛の気合とともに叩かれ、ノドを利かせた音曲高らかな笛の音が館内中に鳴り響く。羽衣(うい)の舞の時は地謡も何もない。舞の衣擦れの音と囃子のみ。演者に特段な裂帛の気合が伝わって来るが、何故か軽ろやかにヒラヒラと舞う。これはかの「羽衣(はごろも)」でも舞われる『霓裳羽衣(げいしょううい)』の美しい舞、重厚さを一層晴れやかに鮮明にしていた。気合の籠もった當山孝道師!今日も有難う御座いました。

 

 若女143

 若女面 手描きにて

 

  羽衣(うい)の舞の時、金地に緋色で、唐織の美しい装束に描かれていた桔梗の花々の色、綾錦の七変化の、見事なまでの多彩な彩り。多分桔梗の花びらだけでも十種以上の色があったろうか。鬘(かつら)帯の結び目の美、緋袴の衣の摩り音、静寂な能楽堂に、あの世の人がさっさっと意欲して、静かに舞われる気合と、刃先の鋭さと非情にも近い危ういまでの美。まさに禅竹の追求した美とは如何にも奥深いものであったろうと。そして演者と客席との間で、真剣勝負でハッシと遣り取りされる臨場感と緊迫感!言葉や形では分かり得ない寂び寂びとした中に、華やかに咲き開く華麗で静かな舞、僕たちは、この舞台上の美の空気感に酔い痴れた。今回の面は小面だったが、若女か増でもよかったろうか、流派や演者によって解釈が違うらしい。蓬莱宮の小さな作り物は、屋根の勾配が幾らか彎曲していて、如何にもこの曲が「唐物(からもの)」と呼ばれる美しい夢幻(むげん)能の所以である。妻の歓びようったら、帰り道の、寡黙さによく現れていた。妻も又いつになく美しく輝いていたが、儚い美こそきっと永遠なのではないだろうか。妻の横顔を観ながら、「比翼連理」と内心深く心強く思えた。付き合って最早10年近く経っていようとも、日々新しく美しさを発見出来る妻、年齢を重ね、年齢ごとに女の美しさは瞬間瞬間によって変化し研ぎ澄まされ、日々別個な新しき生命の蠢きの発見に繋がって行くだろう。今生における我が最大の歓びか。泡沫の如き儚き人生にも、鋼のように天上を突き抜け、光沢輝く無機質無一物である天界の宝物。永遠に続き給へかし!夢幻能の美と、月影と、紅葉を重ね合わせ、秋本番、愈々今宵仲秋の名月とかや。櫻灯路に 「観月考」があったのを思い出したが、はっと思わせるほどの名月、深い雲の天空の果てに、恐ろしく清やけく照っているのだろうか。あたかも儚きかな楊貴妃が如くに。

 

 紅葉し~1

 

 

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