ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート 2010

 

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                  ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート 2010

 

 

 今年も楽しみにしてるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤーコンサートが元旦に開かれた。日本時間元旦の夕刻7時、NHK教育テレビで(ウィーン時間は冬時間なので8時間バック=午前11時から 所謂マチネーの公演である)。世界70ヶ国に衛星中継され配信されるクラシック界でもビッグなイヴェントで、私が妻と付き合い始めてから、二人で必ず一緒に観るか、ビデオで観るかしている。小澤征爾が指揮者として登場した年からだから、既に8年も前からの習慣だろうか。このコンサートでは毎年驚くばかりの特殊演出や仕掛けが隠されていて、華やいだ中にドッと笑いを取る場面があっりして、如何にもお正月の祭典らしい。今回はどうか、更にバレエなど現地では観られない場面がテレビ中継の中に挿入されているから楽しみは一層高い。今回の指揮者はフランス人のジョルジュ・プレートル(85歳)さんで、二年前に初登場してから再度の登場である。コンサート会場はウィーンにあるウィーン楽友協会の中で一番華やかな「黄金の間」からの中継。立見席も入れて聴衆は約3000人。毎年ここから世界70ヶ国へ発信され、世界中の人たちと新年を祝うコンサートとなっている。1941年クレメンツ・クラウスの指揮によって始められたこのコンサートは、ウィリー・ボスコフスキー、フルベルト・フォン・カラヤン、カルロス・クライバー、リッカルド・ムーティー、ダニエル・バレンボイムなど、時代を代表する一流の錚々たる指揮者によって引き継がれてきた。その評価は厭がうえにも高まり、クラシック音楽を象徴する名イヴェントとなっている。今年の指揮者のプレートルさんは登場指揮者最高年齢を自らが更新することに。縹渺として洒脱、如何にもフランス人らしい茶目っ気たっぷりで楽しみでならない。前回2008年は、ユーロカップのサッカーのため真っ赤なタオルを楽団員全員がして合奏し会場を沸かせた。1924年フランス北部フランドル地方のドゥエに生まれて、パリ国立音楽院に学ぶ。パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座などで活躍し、あのマリア・カラスが絶大な信頼を寄せていたと聞く。また1986年から5年間ウィーン交響楽団で主席客員指揮者として勤めたこともあり、ウィーンの人たちに深く愛されている指揮者のひとりである。85歳と到底思えないようなエネルギッシュで瑞々しい指揮ぶりはプレートルさんならではのこと。フランス人がウィーン・フィル ニューイヤーコンサートで指揮を執るのは彼だけである。選曲は全15曲で、例年の通り定番のヨハン・シュトラウスと、未だ聞いたことがない曲と交互に演奏される仕組みになっている。フランス人の指揮者によって選ばれたのは、「パリの謝肉祭」やフランス人作曲家で、ヨハン・シュトラウスと人気を二分していたオッフェンバックの曲「ラインの妖精」も入っている。更に「シャンペン・ポルカ」や「シャンペン・ギャロップ」などシャンペンの名がつく名曲も入っている。当時オーストリアとフランスでは盛んに良き交流があったことを思わせるに充分だ。会場では一種独特な熱気と高揚感と臨場感と華やかさに満ちていた。会場を埋め尽くす花々は何と30000本、北イタリアのサンレモから直送され、花屋さんがコンサートの直前に飾り付ける。今年は「オレンジ」をテーマカラーとして選別されたようだ。客席と演奏者の距離が近いのも有名なことだ。

 

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     第一部

   1 喜歌劇 「こうもり」 序曲 (ヨハン・シュトラウス)

 ワルツ王ヨハン・シュトラウスの代表作 喜歌劇「こうもり」の序曲は物語に登場する多彩で華やかなメロディーが見事にコラージュされ、単独のコンサートピースとしても広く親しまれている。先ずは出だしは快調な音楽が躍動していた。

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   2 ポルカ・マズルカ 「女心」 (ヨーゼフ・シュトラウス)

 ポーランドの民族舞踊「マズルカ」をもとにしたポルカ・マズルカは三拍子で構成された優雅で弾むようなポルカ・マズルカであった。シュトラウス兄弟の次男はこうした楽曲を好んで作曲した。

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   3 ポルカ 「クラップフェンの森で」 (ヨハン・シュトラウス)

 クラップフェンはウィーンの北部にある小高い丘で、カッコーや小鳥たちのさえずりが絶え間なく聞こえる場所で、その平和な佇まいが緩やかなテンポで描かれている。カッコーやモズや小鳥達の声専用の楽器が登場し、しかも泣き声もも強弱があって大変面白かったし、会場に一陣の爽やかな風を送っていた。曲の最後はカッコーの泣き声で終わる。

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   4 ポルカ 「恋と踊りに夢中」 (ヨハン・シュトラウス)

 オペレッタ「女王のレースのハンカチ」で使われたメロディーをもとにして描かれたポルカ・オペレッタの初演は失敗に終わったが、シュトラウスはその後手を加え、このポルカを作曲し、ウィーンのジャーナリスト協会に献呈した。

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   5 ワルツ 「酒、女、歌」 (ヨハン・シュトラウス)

 ヨハン・シュトラウスの代表作の一つ「酒、女、歌」は男性合唱つきの作品として作曲され、1869年に初演された。ブラームスやワーグナーも、このワルツを大変好んだと言われている。但し今回の演奏ではコーラスはつかなかった。

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   6 常動曲 (ヨハン・シュトラウス)

 産業革命によって普及し始めた「機械」をヒントに作曲された「常動曲」。8小節のテーマが形を変えながら繰り返し登場する。同じテーマが余りにも繰り返されるので、曲の途中指揮者は音楽が終わらないうちに下壇し帰ろうとするが、途中で思いなおし戻って登壇してから、この曲を終わらせる。楽譜の終わりには「あとは自由」と書かれているが、プレートルさんが選んだ今回の締め方は「素晴らしい、もうそれで充分だ」とドイツ語で叫んで万雷の拍手を受けていた。

   INSIDE (25分間の休憩)

 でもテレビ画面はひと時の休みもなく、色々な映像を流し続ける。ウィーン少年合唱団や馬の調教や市民マラソンや菓子職人のことや教会やウィーンの町全部をワンショットで放映していた。中でも興味深かったのは今回のバレエのコスチューム・デザインを担当するヴァレンチノさんの映像だ。工房でデザインを起し、雛形を刻み、一人一人のバレエダンサーのイメージに完全に仕上げてゆく過程が写し出されていた。後半バレエの場面があると思うと、一層躍動感と期待感が膨らむのだった。それにしても会場の切符はなかなか取れないものだが、毎年和装の女性が如何に多いことだろう。今年は多分50人ぐらい和装の方がいらっしゃったのではないだろうか。オーストリアと日本との親近感が切符を齎せているのだろう。いつだったかテレビ朝日で櫻の実況中継をやっていた櫻の小父さんは毎年見掛ける。今年は奥さまやご子息夫妻もご一緒のようだ。この場にいたいのが、私たち夫婦のかねてからの念願で夢である。

 

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      第二部

   7 歌劇 「ウィンザーの陽気な女房たち」 序曲 (オットー・ニコライ)

 ウィーンフィル創始者の一人であるオットー・ニコライの代表作の一つ。僅か38歳で夭折した200年前の歴史に名を留めるオットー。シェイクスピアの喜劇を題材にしたこの作品は、38歳で夭折した時の最期のオペラとなったが、彼の名前はこの作品とともに、ウィーンフィルの栄光とともに歴史に刻まれている。

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   8 ワルツ 「ウィーンのボンボン」 (ヨハン・シュトラウス)

 当時流行していた砂糖菓子に由来するワルツ。「ウィーンのボンボン」のこの曲は、パリ駐在オートスリア大使夫人で社交界の花形だったメッテルニヒ侯爵夫人に献呈されている。曲の途中で盛んにウィーン市内の様子が鮮やかに挟まれ映し出されていた。焼き菓子やチョコレートムースや飴細工など、如何にもウィーンらしい光景だった。可笑しかったのはチョコレートケーキに細かい細工をしている映像から突然会場の装飾が映って、アレッ、これお菓子かなと勘違いするほどであった。パウダーシュガーも見事な菓子職人の腕だったと思う。

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   9 シャンペン・ポルカ (ヨハン・シュトラウス)

 この作品の作曲当時ウィーンではフランスからもたらされた高級酒「シャンペン」が大流行。軽快でコミカルな音楽が、当時の陽気な気分をよく伝えている。この曲で、日本の木魚のような楽器が登場しポコポコと鳴ったのも面白かった。最後に楽団員がシャンペンを開けてグラスに注ぐ場面があって、指揮者は私にもくれよというような顔をしていたのが爆笑を誘った。

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   10 ポルカ・マズルカ 「心と魂」 (ヨハン・シュトラウス)

 普墺戦争で敗北したオーストリア。国家の大きな変化や転機であっても、国民の心が一丸となるようにという思いを籠めて「心と魂」は作曲されたと言われている。真紅のドレスに身に纏ったプリマドンナと礼装の男性バレリーナが、ウィーン美術史美術館の中で優雅に踊られる。貴重な美術品の中をまるで蝶が飛ぶように華麗に舞うのだ。つい音楽もさることながら、バレエの妙味に我らが心を奪われていた。パリ・オペラ座バレエ団の、ニコラ・ル・リッシュ(プリマ)とエレオノーラ・アバニャートで、振り付けはレナート・ツァネラ。プリマが着ている衣装はすべてヴァレンチノの作品で新品の素晴らしい衣装だった。

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   11 ギャロップ 「パリの謝肉祭」 (ヨハン・シュトラウス)

 ワルツ王ヨハン・シュトラウスの父であるシュトラウス一世、彼は自ら楽団を率いてヨーロッパ中を旅し、パリでも熱狂的に迎えられた。「パリの謝肉祭」には、「美しいパリの女性たちへ」という副題がついていた。この時、曲に合わせて妻とワルツを踊ったが、杏が自分も一緒に踊りたいと言い出し三人で仲良く踊った。たどたどしい足つきながら杏もいつかはこんな瞬間が来るのだろうと思えて愛しかった。

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   12 喜歌劇 「ラインの妖精」 (ジャック・オッフェンバック)

 ヨーロッパ音楽界の人気を二分していたフランス人作曲家のオッフェンバックの、喜歌劇「ラインの妖精」は1864年に初演された。序曲のメロディーを歌劇「ホフマン物語」の「舟歌」に転用した。ヨハンに負けず劣らぬ素晴らしい楽曲であったが、余りの名曲ゆえ、調べにのって杏はスウスウ寝込んでしまった。大風はギョロ目を開けて茫然と見ているばかりで、京都の義父母に懐いてすっかりご機嫌の様子。

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   13 「美しいエレーヌのカドリーユ」 (エドゥアルト・シュトラウス)

 好敵手だったシュトラウス兄弟とオッフェンバック兄弟、シュトラウス兄弟の三男エドゥアルトは、オッフェンバックのオペレッタ「美しいエレーヌ」のメロディーをモチーフにして、このカドリーユを創った。

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   14 ワルツ 「朝の新聞」 (ヨハン・シュトラウス)

 1864年ライバルだったシュトラウスとオッフェンバックは同じ舞踏会のためにともにワルツを作曲。「夕刊」をオッフェンバックが、「朝刊」をシュトラウスが作曲し、シュトラウスの代表作の一つになった。やはりライバルは何時の時も必要なのかも知れない。この曲では華麗なバレエの群舞を魅せてくれるが、ウィーン国立歌劇場バレエ団で、ウィーンフォルクスオーバーバレエ団による最初二人一組で三組が登場するが、徐々に多くなり、最後の群舞は総勢16人によるウィーン美術史美術館をいっぱいに使った素晴らしい演技であった。最後にバレンチノが段上高い位置にいて、プリマの舞踊家とともにご挨拶していた。何とウィーンのこのバレエ団に、一人の日本人女性が入っていた。思えば去年のニューイヤーコンサートでコンサートマスターを勤めたのは日本人ヴァオリニストであったが、今回は演奏者に日本人はいなかった。でも彼女の鮮やかなバレエはきっと忘れ得ぬことだろう。

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   15 シャンペン・ギャロップ (ハンス・クリスチャン・ルンビー)

 デンマークの作曲家でトランペット奏者でもあったルンビーは1839年コペンハーゲンで、シュトラウスの演奏会を聴いて深い感銘を受け、シュトラウスのスタイルで「シャンペン・ギャロップ」を作曲したと言う。所々でシャンペンを抜く時に出る音の楽器があって痛快であった。途中から手の空いた楽団員の合唱が入るのも珍しかった。最後シャンペン音がなり花吹雪で終了する。そして指揮者の

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         アンコール 

 万雷の拍手鳴り止まず、再び登場した指揮者のプレートルさん。アンコールの声に応えて再び演奏

   16 ポルカ 「狩り」 (ヨハン・シュトラウス)

 短い曲だが、シュトラウスの特徴を最も備えている曲で、お正月に相応しい軽快でテンポアップした素晴らしい楽曲。曲の最後で指揮者に何やら物騒な銃器。演奏が終わると、その散弾銃を発射する。すると何てことでしょう。散弾銃の先っぽから花が飛び出したではありませんか。これには満場の人々が大爆笑。してやったりのプレートルさんでした。

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   17 最後の曲 「美しき青きドナウ」 (ヨハン・シュトラウス)

 言わずと知れたシュトラウス最大の名曲の登場です。最初小さな音のヴァイオリンから始まるが、その次ホルンが出て来る直前に、いったん中止し、全員で「新年明けましておめでとう」と大連呼!心憎いばかりの演出から始まり演奏に入った。そうして画面はドイツ南西部シュバルツバルトの水源地から発し、ほぼ東へ流れ、オーストリアからハンガリーを経て、ルーマニアに至りて黒海に注いでいる風景を繊細に豪放に映し出される。ボルガ川につぐヨーロッパ第2の大河のドナウ川は、全長は約2850km。その所々の美しい風景を写し観るものにこれでもかと徹底したサービスぶりである。名曲につられ、父と妻が舞う。義父はわしとは一度もあらへんかったなぁと苦笑し出す。優雅に舞う父と娘、いつしか妻は父と手を取りうっとりとしていた。こうして新しき年を迎えた。大音響で大興奮の170分。今年もいいことがありそうな。

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 昨日は賀詞交換会に出掛けた。経済同友会の顔ぶれからすると、錚々たる方ばかりだが、何処となく元気がない。二番底をうちそうな雰囲気だからだろうか。一向に先行きの大所・高所が指し示されることがない。政局めいた雰囲気ばっかりで、新年早々から光が見えていない。根本理念や高邁な精神や理想が言われることがなく、かくして日本はあっちに向いて進むぞと言った断固たる決意のある指導者が決定的に欠落している。根源にまで追求し、底辺からチエンジしチャレンジすることを心から望んでいる。だからこそ反面ではヨハン・シュトラウスの、大人然たる優雅な精神世界を決して忘れずにいたいものである。

 2009年版 ダニエル・バレンボイム指揮の「美しき青きドナウ」が視聴出来ます クリックして下さりたく

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