春着 小正月 女正月

 

 

 三岸節子絵 「さいたさいた櫻がさいた」 油彩(キャンバス 110,3×110,3cm)

 

 

 

                    春着 小正月 女正月

 

 昨日は東京もすっかり冷えて霙交じりの初雪を観測しました。又夜分には霰のような音が屋根を駆け抜けて参りました。平年より10日遅い初雪の観測ということです。愈々オフィスに出るに際して、大風は叔母の手許に。杏に、「ダディは出掛けるからいい子で待ってるんだよ」と言ったっきり、杏は黙りこくって下を向いたり後ろになったり、決して声に出さないのですが、精一杯私がいないことに抵抗をしている按排で、きっといっぱい淋しいと思っていたことでありましょう。妻は私より先にさっさと自分の勉強部屋に出掛けていったものだから、子供たちのことは私が処理することに。何とも後ろ髪を引かれる思いが致しました。想像を絶する杏の沈黙だったのです。でもそうも言っておられないので、家人にあれこれ言い伝え、自宅を後に致しました。そして仕事始め。全員を招集し今年の訓示。至って簡単なもの。「皆が健康でいること、櫻道を真っ直ぐ共に進むこと、コツコツ出来ることを確実に実行すること、謙虚でいること」等々あっさりしたものです。そして各部署に分かれ、冬休みの間も地道に苗場で働いて頂いた方々からの報告を元に本年度補植の計画実行の再確認や林業へ意欲ある者を新規募集する「櫻塾(さくらじゅく)」開設のための立案計画も。意欲的に動き始めました。そして午後早めに茶話会に。簡単な新年会へと。真っ黒に日焼けした顔をして元気そうな職員ばかり、一層華やいだひと時となり、お陰さまで楽しみました。(ところで早めに帰宅すると、杏のヤツ、特段にツンケンとしていました。年端の行かない子でも意地というものが既にあるのでしょうか。いじらしく可愛かったです)

 この正月元旦はお墓参りと菩提寺への初詣。二日の日は朝から接客で大忙し。妻はこの日のために、父からプレゼントをされた春着(正月に新調した晴れ着のことで、初詣や年賀の挨拶に、新年を祝って着る)を着て立派に務めてくれました。何と父はどうしても着させたいと言って購入した妻の春着は、櫻文様の丹後縮緬の振袖でした。恥ずかしそうに、そして嬉しそうに振袖を着ていた妻が印象的です。7日に七草粥を終え、11日に鏡開きをしてお汁粉を全員で食べましたが、毎朝のお粥さんの支度は私の担当です。お粥さんを炊いている時が最も貴重な時間で、五感がほわぁ~~っと開いてくる感じがしていい感じ、とても大事な日課なのです。お仏壇にもお粥さんをあげるのですが、その時は第六感まで開花してくるようで、日々の生活の中で朝は特別に大切な時間ではないでしょうか。明後日15日には赤小豆粥を炊いたお粥さんを頂く日で小正月です。小正月には当家のお庭で左義長(さぎちょう=どんど焼き)の真似事をして、お正月のお飾りの処分を致します。今年は私が自ら書いた祝詞を奏上してから、お火焚きをする予定であります。翌16日からお手伝いさんの薮入りで、しばらく休暇となります。お正月は何かと女性が忙しいので、この時期は一休みの「女正月」になる習わしなのですが、皆さまのお宅でもさぞやのんびりとされることでしょう。私の叔母だって女正月で休みたいのだろうけれど、何を言っても平常の生活が一番いいと言い、どこにも出掛ける気配はありません。だから叔母には他のことを考えてあげようと思っています。父は月末から四国の石鎚山へ登頂するようで、その準備を始めました。

 妻は三が日を過ぎると、直ぐ勉強を始め、そんな彼女を私は誇りに思っています。でも先日不図した時に、ウチは母親として失格やねという妻に、そんなことを決して言ってはいけないよ、皆で協力して頑張るのが、私たちには大事なことなんだからと諭しました。三月の論文発表の後、再び子供が欲しいなどと言ってくれておりますが、自分のお腹に子供を抱えながら勉強しているほうが彼女は母親としての、ただならぬ実感が持てるらしく、それはそれでいいのではないでしょうか。私たち二人の問題です。彼女は彼女らしく少しの時間があればちゃんと母親をしています。但し自分の決めたことに特別に厳しい人ですから、始終子供とともにいることは出来ないのが当たり前です。「女正月」もなく、厳しく自分を律し励んでいる姿は美しささえ感じられることがあります。今もそうですけれど、いずれ立派な学者になってゆくことでしょう。お互いの目的を尊重し尊敬し助け合って行くのが夫婦だと信じます。今年も走り始めました。どうやら京都の実家には帰らない心づもりの家内で、実家から義父母が東京へやって来たので多分、帰る目的は達成しているのでしょう。義父母も、その辺をよく理解してくれているらしく、二日には、ご夫婦の永年の憧れだった厳冬の秋田・乳頭温泉に出掛けてしまいました。実家の長男が責任を持って、その後を取り仕切っていることでしょう。

 今年は、万葉の歌人・山上憶良が詠んだ「言魂(ことだま)の 幸(さき)はふ国」を目途に、やまとことばの魂と響きを大切に仕事して参る所存です。

 

 

 染分縮緬櫻振袖 一領 江戸時代 国立歴史民族博物館所蔵 

 

 

 

 約千通以上に及ぶ届けられた年賀状の一部 やっとおっつけお返事の葉書を出しました 

これにて お正月気分も一新!さぁ仕事だぞぉ!!

 

 

 <お正月直後の季語>

 春着~はるぎ 春衣・正月小袖・春小袖・春服・初衣裳・初がさねとも 正月のために新調した衣裳のことをいう。お年賀の挨拶廻りに着る振袖や、訪問着などの晴れ着である。晴れやかな場所に着て行くというより、新年のトシ神さまを意識した衣裳なのでしょう。「春著の妓(こ)石の袂(たもと)に左の手 虚子」、「母が見る春著の道の野の曲がり 汀女」

 小正月~こしょうがつ 望正月・望年・若年・若正月・二番正月・小年・花正月・女正月と同じ 元旦の大正月に対して、正月15日を言う。この日をもって正月は終わり、注連縄や門松や飾り餅を取り去り、赤小豆粥を炊いてお祝いをしました。「松とりて世ごころ楽し小正月 几薫」、「日を浴びてさざめく棹や小正月 静二」

 女正月~おんなしょうがつ 女(め)正月とも 元旦から来客が多く、どうしても家長(オトコ)中心となるために、それを男正月とも言った。15日にもなると繁忙期も終わり、主婦も落ち着いた生活に戻り、やっと女性にとっては本来の正月らしさを感じることから、小正月を女正月と呼ばれた。「五指の爪(つめ)玉の如くに女正月 蛇笏」、「八十の媼(をうな)と遊ぶ女正月 美智」

 三浦市の小正月には可愛い「チャッキラコ」の行事が晴れやかに行われることでしょう

 今日のBGMは レミオロメンの楽曲 『粉雪』

 

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