小石川植物園 ② 文学散歩

 

 

 アマギヨシノ 小石川植物園にある櫻の中で最も数が多い

 

 

 

 

                 小石川植物園 ②   文学散歩

 

 小石川植物園の歴史は長く、文学者を多く輩出した東京大学の付属であることから、幾多の文人墨客に愛され、小説などにしばしば登場して来た。小石川植物園の前身である小石川養生所を舞台としたものとして、最も有名なのが、山本周五郎「赤ひげ診療譚」(昭和33年=1958)だろう。宝暦年間の診療所と、それを取り巻く社会情勢や、人々の人情の機微を描いたものとして未だに多くの方々から愛されている。昭和40年(1965)に黒澤明監督によって、この小説が映画「赤ひげ」として映画化され、日本人の誰しもに深い感動が伝わったことだろう。

 東京大学の管轄下になってからも、時代ごとに様々な文学者が、小石川植物園を描いている。日本語美学の極致とも言える文体で数多くの名作を残した泉鏡花は、短編「外科室」(明治28年=1895)で、東京帝國大學小石川植物園のツツジが咲き乱れる花の中に、美貌の貴船伯爵夫人を登場させる。その美しさ、気品たるや、居合わせた商人風の壮人、画家志望の学生、医学生など、ことごとくのぼせ上がらせてしまうのである。ことに医学生にとっては、この出逢いが運命の出逢いであり、九年後の凄惨な外科室の結末の発端となるものであった。これも映画化(坂東玉三郎監督 主演吉永小百合『外科室』)され、植物園中央にある赤いツツジの並木が、最後の外科手術の場面を鮮烈に暗示して印象的であった。

 

 

小石川植物園 中央にあるツツジ園 尚一番奥にもツツジ園がある (映画のロケはここで行われた)

 

 同じ時代の植物園であっても、物理学者にして名エッセシトであった寺田寅彦の『団栗』(明治38年=1905)では、しんみりした地味な風情の植物園が描かれている。森鴎外『田楽豆腐』 (大正元年=1912 鴎外全集に収録 鴎外は如何に自然の花々を愛していただろうか)とともに、当時手ごろな散策先として利用されていた落ち着いた様子が窺える。田楽豆腐とは、植物に添えられた名札のことを、そう喩えられていたわけである。鴎外と同時代の夏目漱石も観てそれなりに表現している。珍品揃いで、どうも名前が気になったらしく、植物園について、「本名は 噸とわからず 草の花」(明治32年=1899)という句を残している。

 ただこう言った植物園の雰囲気は、様々な書き手の個性に準拠しているようである。その植物園の様子、特に様々な珍品・奇品や、それを楽しむ様々な人々の様子も、詩人・北原白秋が残した『植物園小品』(大正2年=1913)を見ると、また違ったものに見えてくる。白秋らしく、白秋の手に掛かると小石川植物園もハイカラで、風変わりで、「異国人」とか「年増」とか、何やら色んな人が行き交うことになり、何だか面白そうな場所になるのである。白秋の描写した温室では、戦前の小石川植物園の温室がどんな珍品を見せていたかが分かり興味深いものがある。

 その温室が舞台となった小説で最も有名なのは、安部公房の短編『テンドロカカリヤ』(昭和24年=1949)であろう。うっかり気を許すと植物に変形してしまう癖のある主人公「コモン君」をつけねらうのは「K植物園」の園長。園長の見立てでは、コモン君こそ、小笠原にしか分布しないはずのテンドロカカリヤ・クレビディフォリア(ワダンノキの学名)である。K植物園の園長はコモン君に、「政府の保証」付きの「素晴らしい温室」に植えられるべきだと説得しにかかる。ナイフを懐に、園長と対決しようとするコモン君だが・・・・・・・。小笠原諸島の保護増殖を長らく事業としている小石川植物園には確かにそのワダンノキが植わっている。コモン君がそれなのかどうか別にして、「植物になったたくさんの人が、私のところで一番平穏に暮らしています」という園長の言葉の真偽は、温室の一般公開の時に分かり確かめられるだろう。

 

 

 実際に温室で栽培されている小笠原諸島の固有種 テンドロカカリア(キク科) 一般公開時では見られる

 

 その他、小石川植物園は長谷川如是閑三島由紀夫など多くの作家の作品にも寸描として登場してくるし、井上靖の『あした来る人』(昭和29年=1954)では、精子発見の大イチョウの下のシーンが有名である。小石川植物園は長い歴史の間でも、それほど大きな風景の変化はしていない。そうした色々な作品を片手に、現代の小石川植物園の風景と重ねあわせながら、四季折々に散策してみるのもいいだろう。

 

 

 園内の櫻 もう直ぐ花の乱 今月二十日には開花するだろう

 

 

小石川植物園シリーズは次回 「園内の名物・名所 見所」とし

シリーズ最後は 「日光分園」について詳述し終わりたいと存じます

 

 

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