長谷川等伯 讃

 

 

 没後400年記念 長谷川等伯展 国博・平成館会場

 

 

 

長谷川等伯 讃

 

 

久し振りにフリーになったので、妻と連れ立ち、国立博物館・平成館で開催されている「長谷川等伯展」に行ってきた。

子供たちはお留守番。妻はロングヘアーを後ろで束ね、その上から薄緑色のリボンを結び、春用の白いカーディガンと、スラックスにローヒール。

僕も散歩に出掛ける時のような軽装でジーンズ、ピンクのシャツに、Ⅴネックのグレーのベスト、スポーツシューズ。

散歩がてらJR恵比寿駅まで歩いて行き、そこから山手線で上野駅へ。すっかり春、だが風が強い。妻のヘアーが風に大きく棚引く。

凄い人ごみ、何故かというと上野動物園が開園された記念日(20日)で、本日は入園無料らしく大勢の親子連れがゾロゾロ。

 

僕たちは一路東京国立博物館へ向かう。門前にて平成館への待ち時間は一時間半とか。ニヤリと笑って入館。

平成館へ、混雑している時の入り方は、本館から入場し、一階直ぐ左から回り込むと、

左手奥から平成館に通じている回廊あり (並ばずに済む 内緒!)

 

ヒヤァ~凄い!今回の等伯展は一同に約80点も集められた一大イヴェントだ。特に能登時代の若き等伯に出逢うことが出来る。

圧倒する筆力、細密な描写、思い切りのいい筆捌き。展示の仕方も時代を追って、人間・長谷川等伯の真実に触れられていた。

 

「能登絵仏師・長谷川信春」、「転機のとき~上洛、等伯誕生まで」、「等伯をめぐる人々~肖像画」、「桃山謳歌~金碧画」、

「信仰のあかし~本法寺と等伯」、「墨の魔術師~水墨画への傾倒」、そして最後は「松林図の世界」と第七章に分けられ分かり易い。

 

若き天才画家、能登時代の佛画は圧倒する筆致。今まで見たことがない絵の数々。肖像画の確かさ。先妻に死なれた等伯。

そして最も期待し愛していた息子・九蔵の若くしての死。その前後の名画。「萩と薄」の屏風図が僕をしたたかに打つ。

当時全盛を誇った狩野派一派に、一人敢然と立ち向かった等伯の気力と、

生きる孤独性と、多くの凄い人たちとの交流は、この展示に余すことなく表現されているではないか。

 

去年、京都・智積院国宝館で見た時は仄暗い中での鑑賞であったが、今回は鮮やかな照明のもと輝くばかりの「楓図」。

そして代表作「松林図屏風」。僕たちは立ち尽くし、じっと手を繋いで観ていた。そして日本画の最高峰だろうと確信された。

応挙や宗達も、きっと等伯の多くの絵を見たに違いない。琳派の尾形光琳だって、多大な影響を受けていたに違いない。

妻は「海棠と雀」の絵が特に気に入っていた。こんなお彼岸中に、僕たちはどんなに素敵な時間を過ごしたことだろう。

 

国博始まって以来だろうか、天井から下げても下げきれない巨大な絵は。

京都・本法寺の「佛涅槃図」は、僕たちを圧倒し、ついはらりと涙を零した。

 

 

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等伯展パンフ(松林図)    等伯筆「利休図」     等伯筆「枯木猿猴図」     国宝「楓図」一部

 

 

 約二時間半の観覧時間で出館。まだ芽吹いたばかりのユリノキのもとのベンチに二人で座り、静かに時を過ごした。向こう側には三島にある

国立遺伝子学研究所作のアマギヨシノの枝垂れ櫻の老木がある。この花は小石川植物園に最も多い櫻だが、エドヒガンを父とし、オオシマザクラを母として

創出されたもので、イズアマギも、一般の染井吉野とは違い、実生でも生育するところが違う。蕾は既に赤く、開花するのも数日のうちだろう。

 

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 アメリカから贈呈され根付いたユリノキ もう芽吹いていたが 去年の花芽がまだ残っていた

 

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国博名物ユリノキとアマギヨシノの老枝垂れ櫻 もう直ぐ開花 藪椿の咲き

 

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 寒緋櫻 盛りは過ぎ 散り寒緋など

 

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 満開になったら この花見通りに大勢の方々がどっと押し寄せることだろう 染井吉野はもう一歩 満開を過ぎた江戸彼岸

 

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国立西洋美術館 その他 ロダンの「カレーの市民」や、ハクモクレンの向こうに「考える人」が

 

18日にお彼岸の入り、本日はお中日 24日にお彼岸の明けである。

お中日の春分の日は祖先に感謝する日で、後の六日間は六波羅蜜を修する日である。

春と秋のお彼岸に各一週間。元旦と、亡き方の誕生日と忌日、さらにはお盆の三日間。己の誕生日など、

最低でも20日以上もあるべき墓参の日に、どうして人はお墓参りをしないのだろう。せめて年に一度ぐらいはお参りしたいもので、

「墓」と「暮」の字は、現在お天道様が当たっている場所にいるかどうか、ホンの少々違うだけなのに。

 

関連記事 『お彼岸の入り』 (硯水亭歳時記 Ⅱ より)

 

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