清明 そして「タラの丘」へ

 

 

 落葉樹盆栽の剪定の真っ盛り 父は作業小屋内で大忙し

 

 

 

清明 そして「タラの丘」へ

 

このところ父は山にも行かず、黙々と盆栽の剪定をしている。今朝は朝から冷たい雨。

さすがの父も盆栽を作業小屋内に入れて手入れ中。

本日は先の冬至から106日目にあたり、四月二十日の「穀雨」までを、二十四節気で「清明」という。

暦便覧には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と記され、様々なお花の到来を告げているのだろう。

沖縄ではこれを「シーミー」と呼び、ご先祖さまのお墓の前で皆で会食をして楽しまれている。

中国では、日本のお盆に当たるようなもので、ご先祖さまのお墓参りをするか、

草むしりなどをしてお墓を掃除する日で、「掃墓節」とも呼ばれているようだ。

 

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              我が家の池と櫻             我が家の小さな池の瀧         マンサクの花が終わると、こんな具合

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               我が家の椿寒櫻             終わろうとしている山櫻               小彼岸櫻の天高く

 

櫻塾生の入塾を記念し、何か祝辞を述べて欲しいと懇願され、已む無く講演で話す中身を書いている。

塾長もいるし、講師も皆職員(全職員の半分)で占めているものだから、取り立てて私が口出しするつもりはないが、ならばとなった。

何をどう喋ろうか、あれやこれやと悩んでいる。読了したばかりのマーガレット・ミッチェル原作の長編小説「風と共に去りぬ」が気掛かりだ。

最後に、あの勝気で美しいケイティ・スカーレット・オハラが、生まれ育ったタラの地へ目指そうとして終わるのだが、このタラという言葉の重みには、

小説ではアメリカ南部の地がタラとして描かれているが、スカーレットもアイリッシュ一世、無論作家自身がそうであったが、実はタラとはアイルランドにあり、

私たち日本人に想像を絶するものが、そこにはあるからだ。本来の「タラの丘」とは移民の国家、迫害と虐殺を受け続けたアイルランドの国民にとって、

民族的で象徴的絶対的な聖地のことであるからだ。世界史の中でこれほどまでに過酷な歴史を強いられた悲劇の国家はそう多くない。

アイルランドに住むケルト族の歴史は古く、新石器時代にまで遡ることが出来るが、イギリスからのおぞましい苛烈な迫害は、

カトリック信仰を土俗の信仰と混交させ、アイリッシュ・カトリックとして信じられていたものの、その信仰さえも苛烈な迫撃を受け続けた。

1640年に起きた清教徒革命で、議会派として頭角をあらわしたオリバー・クロムウェルのアイルランド弾圧は過酷を極めた。女子供とて、

決して容赦のしない大虐殺で、イングランド共和国の初代護国卿になった人物だが、まるでヴァンパイアのような悪魔であったのだろう。

 

50   56   63

 

           震災にも耐えた樹齢150年の黒松       梨の花 咲けりて        名は知らぬが、父の大事な盆栽

 

 今から150年前、アイルランドには未曾有のジャガ芋飢饉があった。仕方なく種芋まで食べ尽くしたらしい。

特にアラン島は岩盤の島であり、岩を削っては土にするために、土を逃すまいと石垣で覆うが、

僅かな土で年間三度も採れるジャガ芋が人々を救った。泥炭とジャガ芋だけで生き延びていたのである。

19世紀、次々にNYに渡航したアイリッシュの民族だが、渡航民から偉大なケネディ大統領とレーガン大統領を産んだ。

渡航しきれず、諦めてリバプールに残った移民断念組みの中(リバプール住民の40%が移民)から、かの有名なビートルズが生まれた。

大爆発的に人気者になった彼らに女王陛下が、MDE勲章を贈られたが、それまで戦陣で活躍した受賞者の多くは、その勲章を返上したらしい。

様々な批判の嵐の中で、ジョン・レノンは「あなた方のように人を殺して勲章を貰ったのではない」と辛辣な反論をしている。

この辛辣さこそアイリッシュのステイタスであり、因みにジョンはリバプールの貧民窟(スラム街)の中から出ている。

 

106   101   75

          皇居の土手に咲く菫の群生    染井吉野ひこばえ 生命の限界を訴えている   関東でも見られる白花蒲公英

 

 NYの中心・五番街に、聖パトリック教会がある。3月17日に彼の命日だから、盛大な祭典が行われる。この聖パトリック教会こそ、

アメリカ人の3割にもなろうとするアイリッシュの人たちの魂の拠り所である。アイルランドの首都にも、聖パトリック教会があるが、

三位一体として、ミツバのクローバーの証なのか、すべてが緑色になって、如何にも今日の清明の日の話題に相応しい。

不撓不屈、それがアイリッシュ精神の根源である。百敗の民は、実は不敗の民人であったのだろう。

塾生に対する祝辞の中身は書いているが、確かにはまだ決まっていない。

でも私たちは日本人の「タラの丘」とは何だろうかと問い掛けつつ、その感銘を話す内容になることだろう。

 

 

 

 老松 私たちの「タラの丘」が、父の背中に見えるような気がしてならない 日本は一面恵まれ過ぎている

 

 今日のBGMは 多夢さん作曲の 『櫻舞風』

 

 

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