東アジアの一員としてのプライド

 

 

 生まれかわれし後も 「逢瀬の約束」

 

 

 

 

東アジアの一員としてのプライド

 

 

 

 鳩山由紀夫総理は、県外移設を散々思いこませ信じさせた後、電撃的に沖縄を訪問し、真逆な弁明をした。沖縄の方々にとって、散々振り回され、どんなに迷惑なことだったろう。想像して余りあり、同じ日本人として哀しい。あんなに民主党を応援していたのに、沖縄県民と同じくまさに裏切られた思いでいっぱいである。単に政権をひっくり返せばよかっただけだったことであったろう。彼は宇宙人などではなかった。一流の詐欺師に等しく、悪徳不動産屋顔負けの小澤一郎流政治屋と同等である。傍目に見て幾らいい政策をうって出たとしても、実際はマニフェストと真反対なことばっかりやっていては、アノ発言は選挙用でしたと言う総理はどうかと思う。折角果たした政権交代は薄っぺらな意味となり果て、有権者の政治不信に拍車が掛かっている。アメリカには他国の軍隊が駐留していない。世界各国に800近くの米軍基地を持っている国家が、あんなに狭い島国の沖縄に、実に35箇所もの在日米軍基地がある。アメリカ海兵隊がいなければ、日本の安全保障は担保されないのか。陸海空軍とは別個の特殊部隊であり、有事の際、大統領本人から直接出撃命令が下される謂わば特攻隊の部隊なのである。ノルマンディー上陸作戦の時の海兵隊はカッコよかったが、筆者は大いに疑問を感じている次第である。アメリカ一国だけがいつでもどこからでも海兵隊を出撃出来る全世界の米軍編成こそ不気味であり、どこか間違っているのではないだろうか。民主主義の擁護という正義を振り翳し過ぎていないか。世界の警察を自認しているが、民主主義という名ばかりの恐ろしい帝國主義そのものになっているのである。そもそもアジア各国に、ビタ一銭も賠償金を支払って来なかった日本は、現在の、マッカーサー元帥率いるGHQからの押し付けられた憲法第九条があったからこそ、幸いにもというべきか不幸にというべきか、首の皮一枚で、世界の信用を辛うじて得ているが、親分・アメリカの影響力がなければ済まされることではなかった。そしてそれに明らかにオンブしたままで平和を享受出来たが、アジアの国々は不当で残虐な戦争犯罪の被害の声をギリギリのところで我慢しているのが現状である。

 主権在民、つまり私たち国民は、政府や政権や権力に、決して戦争を起こすことを許さないという確固たる決意と決断を常持していることを鮮明に意味している。これこそ世界一の平和憲法であり稀有の人類の財宝である。戦争を知らない人が圧倒的に多くなった今だからこそ、そのことを強く厳しく再認識すべき時である。日露戦争に勝利した後、中国やベトナムやインドネシアから数多くの留学生を受け入れていたのだが、時の日本政府は、植民地支配され苦しんでいるアジアを切り捨て、世界列強国にだけ目が行ったために、各国の留学生たちは、植民地支配している国家のほうの味方だったのかと愕然とし、留学生たちは憮然と、日本と決別し立ち去っていった。今こそ、あの明治後半の事態を重く受け止めたい。台湾~中国問題や、北朝鮮の核兵器の問題が、喫緊の課題と喧伝され、核抑止力の名の下に、日本国が国家として現実的に核の傘の中に入っているのが現実だ。普天間基地移設を、あんなに「最低でも県外移設」を声高に言ってきておきながら、どのツラしてよく言えたものである。日米安保条約自身を破棄してしまってもいいほどの強い勢いで、対米調整に取り掛かって欲しい一念である。アメリカは私個人的に好きな部類の国家だが、武器利権とオイル利権とマネーゲームが盛んな一面が大嫌いなのである。かくも資本主義と民主主義は違うのだ乖離していると見せ付けられた国家はない。しかも掛けたハシゴを、ヘラヘラと軽く外され、黙っている人間はたった一人もいないのだから。

  アメリカは全世界に軍隊を駐屯させ、植民地主義に代わる核の武力を背景に覇権を握っている。この四日、核拡散防止条約(NPT)再検討会議に参加するため、NYの国連本部を訪れたイランのアハマディネジャド大統領の過激な発言が理解出来ない訳ではない。無論北朝鮮と同様に核開発を放棄することはないとしたことには大反対だが、一方クリントン国務長官が痛烈に反論し熱気を帯びていた。果たしてこれでNPTは合意されるものであろうか。イスラム教徒とみると直ぐテロリストと断定する風潮の濃いアメリカ人が多くいるのも異様で可笑しい。イスラムの教えの優しさを謙虚に学び勉強すべきである。ユダヤ教の聖典・(タルムード)に「唯一の正義は武力である」と書かれた古い教義からしたら、どんなに心優しい素晴らしい教義を持っていることだろう。人類史上すべての戦争は宗教戦争であったと断じてもよいくらいである。北アイルランドと、大英帝国が戦争を始めたのは、正確には、中世のオリバー・クロムウエル軍の大虐殺からではなく、日本の平安時代からついこの間までの永い永い期間であった。未だにくすぶり続けていて驚く。対共産主義や対ナチ(独裁主義)に対する戦争は、ホンの少々でしかないように思えてならない。西洋の宗教は殆どが教条主義であるからだろうか、その種の戦争はなくならないし、今後もあるだろう。アメリカと決別して30年経ったイランの執拗な抵抗は、国連発足時から、第二次世界大戦に勝利した国家だけが拒否権を持つ常任理事国になっているのも不平不満の塊の一端であり、何故アメリカだけがすべての横暴(京都議定書を拒否し地球温暖化問題が本格化していない)が許されるのだろうか。そしてかくも好戦的であるのか。

  私は右翼でもなければ左翼でもない。ましてや私は護憲を言っていても決して社民党とは相容れぬ。北朝鮮労働党と長く友党関係であったことを、土井たか子はしらじらとし、自己批判をして自己総括をしなかったばかりか、日教組の大本であるからだ。本来政治的には中立であるはずの組合員を悪用し選挙活動だけではなく、選挙資金まで堂々と真裏で調達している。山教組事件で明らかなように、輿石東のような民主党参議院会長の如く不埒者が跋扈していて、今でも平気で乱暴なモノ言いをし、小澤一郎幹事長と全く同じ体質だからである。日教組を信用しないのは法人格のない社団法人であって、今後の法人の性格の行方も全く見えていない。不正献金疑惑の温床であり、共産党ではなく社民党が日教組のトップに位置している。決して信用出来ないのが正体で、私は世界を旅し、日本文化の凄さに外で気付き、日本文化を愛する単純な建築屋のオッサンに過ぎないが、今ボロボロになってしまった日本国憲法第九条を、今でも深く愛し信奉している。寧ろ曖昧な判断をしないためにも憲法改正があってもいいだろう。朝鮮戦争の時、アメリカは悔しがったに相違ない。日本に軍隊があったら、直ちに参戦させたかったのだ。常にその同じようなリトマス試験紙に図られるような日米関係であってはならない。ブッシュ政権時は最も酷かった。イラクに自衛隊を派兵した時は、私はどんなにガッカリしたことだろう。善良なイスラムの人たちを落胆させた。これは喩えは大袈裟で適当ではないが、江戸末期に締結した日米修好通商条約(不平等条約)と少しも変わっていないのではないか。このブログでいつかも言ったように、ユーロならぬアーロ(ジョーク)でも作れるように、侵略戦争をして来たアジア各国と、もっと深く丁寧なお付き合いをすることが大切である。そこに資本至上主義が横行してはならぬ。アメリカの顔色ばかり見ている外交戦略こそ、日本にとっては最大の汚点で弱点でしかありえない。

 幸い現在ニューヨークで開かれている日本の原爆展を観たアメリカの初老のご夫人が涙を流し、これはアメリカの全国民が見るべきだわとおっしゃっていたし、アメリカ人も捨てたものではない。知らないだけかも。この原爆投下こそ、ナチのホロコースト以上の戦争犯罪であったのである。だってポツダム宣言の前日に原爆投下が決まっていて、何が何でも原爆は投下されなければならなかったのだ。幸い去年四月に米大統領として歴史的なことであったオバマ大統領のプラハ発言により、今後一層強化して欲しいと念じている。普天間基地が最悪の場合そのままになってしまうような大いなる危惧を感じている。ブッシュ政権時、あの極右のラムズフェルト国防長官が沖縄を視察し、彼から発せられた言葉が「世界一危険な基地だ」と驚くべき評価が下され、全世界の米軍再編成計画の一環として、今度の普天間基地移設が始まっている。9:11同時多発テロ事件とも無縁ではない。だって国家間の約束を一方的に破っておいて(鳩山政権)、ならばこちらも約束を破ると言われたら黙るしかないのだろうか、否!私は希望を捨ててはいない。数年前だったか、米兵(しかも普天間基地の海兵隊員)三人による12歳少女のレイプ事件は決して忘れてはいけないし、ヘリの墜落事故の恐怖も忘れてはならぬ。日米地位協定って余りにも一方的ではないのか。未だに同等の立場にはなく、逮捕権も存在していない。平成天皇が皇太子の時発した言葉が、「日本人には忘れてはならない日が四日ある。沖縄陥落の日と広島・長崎への原爆投下の日と終戦記念日である」と。戦後、一切の賠償を支払わなかった日本の生きるべき道は、憲法第九条を頑なに護持し、非戦の誓いを確約し、ご迷惑を掛けた歴史を持つアジア各国と、一層の密度を増し手を携えて行く道しかない運命にある。アレは正義の戦争などでは絶対になく、日本の関東軍がやったことは、殆どが戦争犯罪であったと断言してもいい。関東軍経理担当の東条英機がアヘンを作り売り、それを戦費に使った証拠もあるのだ。一般人の大量虐殺だって決して許せない。だって私たちも同じアジアの一員なのだから。その戦犯の人らが、何故靖国神社に合祀されているのか、罪の意識が微塵もないのだろうか。恥ずかしくて仕方がない。私たち日本人が共有してるであろう戦争責任への贖罪の意識は永久に持つべきである。アジア人としてのプライドを各国とともに共有し高く持つことこそが、私たち日本人に許された唯一の道であり、辿るべき将来である。選挙を徹底的に意識したバラマキ型予算を一刻も早く止めさせ、国家再建の道を進むべきである。

  そもそも事業仕分けとは、バラマキ型予算を分捕るためではなく、国家再建のためにあるのが本当だ。

  私の大嫌いな明治の元勲・山懸有朋、それ以来明治政府自身に薩長閥があり、今日の官僚組織の遠映として見える。司馬遼太郎作・「坂の上の雲」の文庫本第四巻には、軍神・乃木希典は如何に無能な軍閥の軍人であったかが分かりやすく書かれてある。どんな閥でも何かにつけ弊害しかあり得ないことだろう。GDPは今年うちに、中国に抜かれ、三位になるのは確実だが、こんなにデフレ状況が続いているのなら、既に十位か三十位ぐらいにランクが落ち込んでいるのではないかと、悲痛な予測もつく。政権交代でより一層財政再建が遠のいた観が否めない。国債は外国に売っていないから安心だという輩は阿呆者である。身内の借金は返さないでいいのか。事実、普天間米軍基地の地主に対し、政府は借地料として毎年60数億円も支払っている。国債返済も24兆円以上、毎年黙ってあるのだ。日本の財政赤字は待ったなしの状況であり、明日を担う子供たちに借金返済をさせてはならない。

 夢を持って育てたい明日の子供たちの将来に向け、今こそ踏ん張るべき大切な過渡期である。馬鹿高い納税者として政府のいい加減な舵取りを赦せるものでは絶対にない。普天間基地問題は単なる基地移設問題に留まらない話だ。日本人全体の問題であり、危うい今の政府の迷走ぶりに危機感を感じざるをえない。今回のギリシャ発の深刻な金融危機は他山の石などでは決してない。観光と海運しか国家の利潤を産めない国家がギリシャの正体である。日本の国家の収益をどう担保し取得するのか、それこそが喫緊の課題ではなかろうか?私たちの子供たちへ、大きく素敵な夢を与えるのが、私たちの為すべき義務でありましょう!晴れ上がった青空の、「子供の日」の佳き日にひと言だけ言いたくて。

 

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