美(ちゅ)らの海を汚すな!

 

 

 銘・「九高ぬ島ゆ(イザイホー神事)」 <人間国宝・秋山信子 1979年作出の人形>

 

 

 

                            美(ちゅ)らの海を汚すな!

 

 6月23日、私たち日本人は決して忘れてはならない沖縄終戦の日<他に広島原爆記念日(8月6日) 長崎原爆記念日(8月9日) 太平洋戦争終結の日(8月15日)>で、大切な四つの日の一つであり、常時平和を願った昭和天皇のご意向を充分に尊重されていらっしゃったのだろうか、平成の今上天皇が皇太子時代によくぞ申し上げられていたものであった。現在沖縄では、この日を沖縄慰霊祭とされている。沖縄はかつて琉球王国として一つの独立した国家であったのが、17世紀の初頭、薩摩の島津軍の出兵によって、日本に併合された歴史があった。だからだろうか、どの太平洋戦歴の激戦の記録を紐解いても、日本本土に米兵を一兵たりとも地上戦をやらせてはならぬと、沖縄県民が一致団結し戦った姿はまことに凄まじかったようである。私たちはどこかそのことを呆然として忘れてはいないだろうか。アメリカはペリー提督来日以来、沖縄に当初から目星をつけていた疑いがある。浦賀沖に来て、日米和親条約締結(一方的不平等条約)を迫った経路は琉球経由でもあったからであり、私たちはアメリカが声高に言う「抑止力(軍事力、或いは核抑止力」と言う言葉をまるまる信用してはならぬ。欧米人の論理だけが跋扈するようであってはならぬ。日本人には日本人の誇りと自負があるし、ましてや沖縄には九高島信仰に代表されるように、ニライカナイ信仰である神々との交流が濃蜜な島国である。オジー、オバーを大切に尊重し、何世代後もの来世を信じ、物質的には幾らか貧しくとも、立派過ぎるほどの気風と誇りを持った民人である。一度沖縄に行くと、特に民俗学を勉強する者は誰しもが沖縄病に罹ってしまう程で、私も人後に落ちず沖縄病の重症である。美しい美(ちゅ)らの海、いまだに未開発の原始林、西表山猫(イリオモテヤマネコ)やヤンバルクイナなど、貴重な動植物の生息地、澄み切った天空、などなどである。そこに米軍がいて、物凄い騒音と海兵隊員の女児暴行事件など決して忘れてはならぬものばかりだが、日本復帰後も米軍は半永久的に平然と存在し続けている。冷戦時代の構造があったから日米安保条約は機能していたが、今や私たちは沖縄の方々の思いを真剣に聞かなければならぬ。どれほどの負担と苦痛を一手に引き受けてくれている現実かってことを。

 昭和天皇が終戦をご決意された時に歌われた御製三首がある。

    爆撃に たふれゆく民の 上をおもひ いくさとめけり 身はいかならむとも

    身はいかに なるともいくさ とどめけり ただたふれゆく 民をおもひて

    国がらを ただまもらんと いばら道 すすみゆくとも いくさとめけり (終戦 昭和20年の御製)

 そうして翌年の歌会始で詠われた御製は、

    ふりつもる み雪にたへて いろかえぬ 松ぞををしき 人もかくあれ (終戦の翌正月 昭和21年 歌会始にて)

 それから憲法第九条の非戦の誓いまでの憲法の八つの条項はすべて天皇に関することである。GHQは徹底して神格化された天皇制を否定し、言わば「人間天皇」を標榜させた。男児血統存続を否定させるか如く、宮家の存続も否定させた。昭和天皇は開戦時も猛反対であったと言う。ましてや中国本土での戦争の拡大など予期してもいなかったろう。狡猾なロシアに対する軍拡であったらしいが、一方ダブルスタンダードが伝統的に得意なアメリカ政府にとって我が沖縄は、何が何でも死守しなければならない問題であるのだろう。米国の国債を最も所有する中国には何一つ決定的なことは言えないことだろう。ダライ・ラマ第14世問題や民族問題を抱え持つチベット問題や、中国の最も多く核実験場所(ロプノール核実験場)となった新疆ウィグル自治区の民族問題や、否もしかしたら台湾問題までもか。我が国の日教組はロシアのブントの影響と延長上線でしかなく、今や教壇には存在しない。すっ高い組合員費は、一体どこへ消えてしまうのだろう。それも又GHQの折り紙つきであったのだから、ただただ驚くばかりである。お話しは横道に反れてしまったが、戦後間もなく、日本各地を御巡幸なされた昭和天皇がいた。どれほど昭和天皇は沖縄に思いを残してご崩御されたのだろうか。二度にわたる御巡幸計画は終生果たされることはなかった。昭和天皇こそが沖縄を守った御仁であるとさえ言われているぐらいである。かくして今上天皇が東宮であらせられた時期、皇太子殿下ご夫妻として、沖縄に初訪問をされた際、ひめゆりの塔で火炎ビンが投げ付けられた事件があったが、「私たちは沖縄の苦難の歴史を思い、沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぎ、ともどもに力をあわせて努力していきたいと思います。払われた尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません。」(初の沖縄ご訪問の際、ひめゆりの塔で火炎瓶事件があった夜に、県民に対して発表されたメッセージ・昭和50年7月17日)

 

 

  現在の「ひめゆりの塔」

 

 

 戦争中、ただ一人短波放送を聴き得た人は昭和天皇、その人であった。戦況や、軍拡の情報を恐らく逸早く知っていたのだろう。ポツダム宣言(無条件降伏)を敢然として受諾し、断固たるお覚悟で受け入れられたのである。宣言をしたのをドキュメンタリー・タッチで、玉音放送までの緊迫した瞬間までを描いた映画『日本の一番長い日』(岡本喜八監督)があったぐらいである。まことに孤高の昭和天皇陛下であったのだ。日本に対しポツダム宣言が発せられたのは7月26日。7月16日にはオッペンハイマー率いる原爆実験が成功していたが、その恐ろしい核兵器を、何と実際に広島や長崎への原爆投下命令を、その宣言の直前にトルーマン大統領の決意が既に発せられていて、一切中断されることはなかった。そして運命の8月6日、広島へ人類初の原爆投下、この日絶望的な日に、ロシアが参戦して来た。今でも旧ソ連(ロシア)抑留者問題では、その人数すら明らかにはされていない。但し最新の研究では軍民すべての強制労働の犠牲者は、実に37万人にも上ると言われているから驚く。何て卑怯で卑劣な国家なのだろう。漸くやっとこさ、『戦後強制抑留者に係る問題に関する特別措置法』(シベリア特措法)が、何と65年も経った今年2010年5月20日に参院総務委員会で佐藤泰介委員長により提案され、全会一致で参院本会議への提出を決め、5月21日に本会議で可決・成立する運びとなったばかりである。但しこれは日本の国家が給与というカタチで支給され、問題解決へのホンの入り口に過ぎないのではないだろうか。

 質素にして高潔無比な、第124代・昭和天皇がご崩御なされたのは昭和64年1月7日。祖父・明治天皇から激動の歴史を生き抜いた昭和天皇に、沖縄メッセージと言うのがある。沖縄県民にとって未だに屈辱的な発言と受け取られているかも知れないが、如何なる領土的野心も持たないとするアメリカの開戦前の「太西洋憲章」と、沖縄統治への煩悶し続けていたダグラス・マッカーサー元帥を助けた一言が、この所謂沖縄メッセージであった「主権を日本国に残したまま租借方式と言う擬制」この併合も信託統治も出来ない天皇の案にこそ、沖縄を守ったのではあるまいか。昭和63年8月15日、昭和天皇は前年に受けた手術のため、那須御用邸で静養されていたのを、ヘリコプターにご搭乗され、遠路日本武道館にやって来られ、ヨレヨレのお姿をして一人でご出席なされたのを確かに私も目撃しているが、それが昭和天皇が終戦記念日にご出席された最期の式典となり、翌年に崩御なされたのであった。天皇陛下を第一級の戦犯とするようにとの連合国(特にイギリスの意思)の意向に反し、マッカーサー元帥は次のような印象を残している。「昭和天皇が戦後処理のためマッカーサーを訪問した際に、会談の中で昭和天皇の真摯な対応に感銘を受ける。当時、連合国のソ連とイギリスを中心としたイギリス連邦諸国は天皇を戦犯リストの筆頭に挙げており、マッカーサーはもし天皇を処刑した場合、日本に軍政を布かなくてはならなくなり、ゲリラ戦が始まる可能性を予見していたため、それに反対し、天皇を丁重に扱うつもりだった。とはいえ天皇が、敗戦国の君主がそうするように戦争犯罪者として起訴されないよう訴えるのではないかと不安に思っていたが、昭和天皇は命乞いをするどころか『戦争の全責任は私にある。私は死刑も覚悟しており、私の命はすべて司令部に委ねる。どうか国民が生活に困らぬよう連合国にお願いしたい』と申し述べられた。マッカーサーは、天皇が自らに帰すべきではない責任をも引き受けようとする勇気と誠実な態度に『骨の髄まで』感動し、『日本の最上の紳士』であると敬服した。マッカーサーは玄関まで出ないつもりだったが、会談が終わったときには昭和天皇を車まで見送り、慌てて戻ったといわれる。後にも『あんな誠実な人間は見たことがない』と発言している」、とウィキペディアには紹介されている。そして病にお倒れられ、手術を受ける際、つまりご崩御の二年前の昭和62年には、次の御製を残されている。御製を一読すると余程、沖縄に心を残されて、八王子市にある武蔵野稜(むさしののかかさぎ)にお眠りになられていることだろう。

 昭和天皇 最期の御製

   思はざる 病となりぬ 沖縄を たづねて果さむ つとめありしを  (昭和62年の、最期の御製)

 

 

 美(ちゅ)らの海 伊良部島の海岸風景

 

 

 残念ながら鳩山由紀夫総理は散々ブレた沖縄発言と政治と金の問題で辞職を余儀なくされた。友愛精神」とか大いに曖昧な言動の中、最低でも県外移設だと言って沖縄県民に期待を抱かせるだけ抱かせて、結果日米合意が最優先と言う愕然たる最悪の決断を下された。その後総理大臣を踏襲した民主党・菅総理もまた日米合意を重視するらしい。冷戦時代じゃあるまいし、腹を括ってアメリカと、その根本から議論し交渉し直してみるべきである。本当に日本国を守ってくれるのか、竹島問題や、中国が日本の領海線上のギリギリで油田開発を続行しているのも、尖閣諸島や先島諸島に中国船籍の、数多くの漁船の出没も全く無関心らしい。だったら、日本の何を守ると言うのであろう。海兵隊は四軍の中で最も小さな部隊だが、対応性が甚だ迅速であり、そもそもアメリカ海兵隊とは海外で危険に晒された米国人救出のため、突撃特攻部隊となるのが本筋であり、何処に日本の何を守るのか、ハッキリと規程され書かれてあるのだろうか。無論北朝鮮の核開発も挑発的で、最も怖い存在に違いない。けれども長く北朝鮮労働党と友党関係にあった社民党が何をか況やである。福島党首はその存在そのものが嘘吐きである。日本の安全保障をどう考えるのか一向に明らかにしていない。巨額資金を背景に持ちつつ、社団なのに法人格の未だにない日教組を母体として、こんなにも自信なく疲弊してしまった日本の子供たちの教育現場を委ねるべきではない。北朝鮮による日本人拉致問題を、「日本軍の起こした戦争責任と相殺される」と言ったり、「北朝鮮への敵視」だと一蹴した或る日教組や大会もあった。横田めぐみさんの母親で年老いた横田早紀江さんや、最近滅法年老いて見える父親の横田滋さんに直接そう言えるのだろうか。驚くべきことである。福島党首がブレないのは北朝鮮に対し何一つの意見も持たないことである。いい加減な戦後民主主義をそろそろ総括すべき時期であろう。大国中心の論理の世界にウンザリである。日本共産党にも一言。毎回共産党大会のひな壇を見るとよく理解出来る。化石のような人物がズラリ、何をか言うべけんやである。世界中で共産主義が総破綻しているのに、今更マルクス史観が通用するであろうか。正反合の考え方のシステムは由としても、ここまで能天気な集団であっていい訳がないだろう。その下部組織・民青など、貧困層にヤンワリと入る遣り方はいかにも汚い限りである。イデオロギーだけで生きて行かれれば、こんな楽なことはない。

 

 波上宮 ニライカナイ信仰 崖上遥拝処

 

 

波上宮 ニライカナイ 釈迢空(折口信夫)の碑文

 

 唐突だが、最後に是非申し述べたいことがある。今更言うまでもなく、古事記伝(ふることふみのつたえ)本居宣長の、畢生の労作であり、現在でも大いに評価されている古事記の注釈書であるが、皇統皇宗だけを見ていたのではない。宣長が存在しなかったら古事記を読み解くのに困難であっただろう。漢字の中に、古代における日本の上代仮名遣も宣長によって発見されたので、その最も偉大な発見は「やまとごころ」「もののあはれ」の発見であったろう。これは、超大国などの持つ論理性の破綻を喝破して余りある。日本人は終戦の痛手だけで生きるべきではなく、もうそっと胸を張り、自信に満ちた行動を起こして良さそうであると、私は先日読んだばかりの「文藝春秋」の『一学究の救国論 日本国民に告ぐ』で、藤原正彦御茶の水女子大名誉教授の記事にも触発されてはいるが、それが日頃の鬱憤が晴らされたようで痛快で堪らなかった。先生の仰る通り、ここまで自信を失くした国民が取るべき最終手段は、温故知新ではないけれど、古の多くの事柄に学べば、アレッ!日本人の智慧って凄いものではないのかと、何だか誇らしくなって来るのが本当である。宣長の師・賀茂真淵による万葉集など丹念に読むまでもなく、万葉集そのものを読み解けば、古の万葉人の心がいまでも生き生きとして蘇ってくるのである。きっと古事記は聖武天皇あたりに読み聞かせるためか、魏の国に対し我が国家だってちゃんとした歴史があるのだと主張したものであったに相違ない。何もウヨクの材料とかお手本になるものでは全くないのである。そしてウヨクもサヨクもなく、日本人であれば避けては通れない古事記について考え、そしてそこに今後日本人の実践観が存在しているだろう。旧約聖書の、特に奇想天外な前段の神話の世界に比べたら、実にいとおしくなるような、大らかで可愛い神話の世界ではあるまいか。そして潔く簡潔で美しい。こうしてこの沖縄問題を、アホらしく低俗で魑魅魍魎たる政争の具にしてはならない。それこそ日本民族の、宿望で喫緊たる課題であり、決して等閑には出来っこないのである。沖縄問題は、我が国家の、これからの国家として政治的存在の根源に関わる一大重大事なのである。沖縄の方々と共に生きてこそ、明日の大いなる日本の姿があるだろう。威儀を正し、姿を美しくして、日本人の原風景を生きるべき時である。西洋型論理の一つ・資本主義の行き着く果ては今回のリーマン・ショックであり、海運と観光資源しかなく、国民の4人に1人は国家公務員であるギリシャ型国家破産何よりの西洋型論理の劣化の証拠だろう。財政は借金(日本の場合GNPに対比する過剰で多額の国債発行)で成り立ってあるべきではなく、現在涙ぐましく再建途上の、北海道の夕張市にようになってはならない。子々孫々に借金のツケを廻してはならぬ。兎に角日本人よ若者よ、下をうつむいていないで前を向き、世界に誇れる特異な伝統と美意識を元来持っているのだから、自信を持ち奮いたって欲しい祈りだけである。明治ご維新当時の高揚した向学心をもう一度想起し発奮されたく。

 

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