朝から炎天下の広島によせて

 

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 エビヅル三態 スケッチ帖とコーヒーミル 田辺聖子さんの現代語訳「竹取物語・伊勢物語」に置く 筆立てに添える

 

 

 

          朝から炎天下の広島によせて

 

 母がよく愛読していた「レイモン・ラディッゲ」の全集を取り出して、緑の木陰で読んでいました。「燃える頬」、「肉体の悪魔」、「ドルジェル伯の舞踏会」(ジャン・コクトーの序文あり この本だけはラディッゲの死後に出版されたラディッゲ畢生の名作)や、詩篇の幾つか。皮膚細胞の隅々まで沁み込んでくるような不思議な詩歌。どこかシュールで、それでいて鋭敏で、1964年(昭和39年)に雪華社から刊行された訳本もありますが、原文で読むことのほうが楽しい。だって作家の瑞々しい感受性が溢れ出てくるんだもの。ラデイッゲは1903年に生まれて、1923年に亡くなり、我が『櫻忌』に入っている夭折された若き天才詩人で小説家です。たった20年しか生きなかったのが悔しく、彼には彼の寿命があったのかなぁとも思われます。早くからその才能がずば抜けて抜きん出ていたのでしょう。日本では堀辰雄に深い影響を与えたようですが、あのジャン・コクトーから絶賛されていたように欧州では極めて評価が高い作家の一人です。私の母はチェホフも大好きな作家の一人でしたから、この作家の生の吐息の、魅力を感じ取っていたのでしょう、如何にも母らしいなぁと読みながら思えました。

 我が家の庭にはささやか自然が溢れていますが、宇津木の垣根の更にその外に高い鋼鉄製の塀囲いがしてあって、セキュリティは万全。でも何だかとっても窮屈で鬱陶しいのです。こんな時代だから仕方がないのでしょうか。涼風一つも吹かない蒸し暑い日々。庭に簡易ビニール製の、小さなプールを膨らませ、子供たちとお水遊びが日常ですが、奥日光以外何処にも行っておりません。がら~んとした東京もいいものです。気分転換で近所にはみんなでお出掛けしますが、緑が多い自宅のほうが遥かに涼しいんですもの。でも常に子供たちの汗疹には気をつけていて、パフパフと大声をあげながら特段に嬉しいイクメンの毎日を過ごしています。最早イクメンの領域を遥かにはみ出しているかも。あんなに旅好きだった私が殆ど何処にも行かず、ただひたすら子供たちと静かに向きあって暮らしているのですが、もう直ぐ満一歳になる大風も、姉の杏も、共にとても元気いっぱいです。相変わらず妻は文机に向かったままで、真夏でもえらく逞しいです。さすがに東京は情報の中心地だと感想を漏らし、こんな都会暮らしにもスッカリ慣れたようで、向上心にいささかの変化もありません。私は子供たちにそれぞれにあった本を読んで聞かせています。杏の誕生に、高柳佐知子先生から頂戴しました『エルフさんの店』に、今、杏は夢中です。この本、何度読んでも色んな仕掛けがありますから、読んでいる私もつい夢中になってしまい、エルフさんの世界に迷い込み楽しんでいます。杏はどのお店にも興味津々で、これなぁにとか、あれって何なのとか、色んな反応や空想があって楽しく、高柳先生(Hayakawaさま経由)にどんなに感謝していることでしょう。きっとお釣りがくるぐらいに杏に親しんでほしいものです。そのうち「『赤毛のアン』ノート」や、「モンゴメリーの『夢の国』ノート」など、いずれも高柳佐知子先生のご著書(大和出版刊)を読んでくれる年頃になったらいいなぁ。でも杏の自主性に極力任せようと思いますが、父親からの押し付けにならないように少し気をつけながら、それとなく煽動したりして。ぷぷっ。尤も杏も完全には乗らないことでしょう。高柳佐知子先生のご本も、見えるところに偶々置いておいたら、読んでとせがまれたのが最初でした。そのとき、私は夢見るような素晴らしい心地がしました。どんなに嬉しかったことでしょう。一方大風ほうは『100万回生きたねこ』(佐野洋子著)や『スーホの白い馬』(大塚勇三再話 赤羽末吉画)などを読んであげると少しは静かにして聞き入っていますが、大抵直ぐ眠ってしまいます。まだまだオムツ君です。立秋を過ぎもう直ぐしたら、越中おはらの風の盆。その三日目が大風の誕生日で、満一歳になるところです。この子たちはどのような成長をしてくれるのでしょう。楽しみでなりません。多分子供は子供で、一人でに大きくなっていくのでしょうか。親子の絆を最も重視して、共に生きて行ければと乞い願っています。

 今日は日本人にとって、とっても大切な日で、我が家のお佛壇と神棚にお参りしてから、65回目の、広島の原爆忌のテレビ映像で観ていました。すべての核廃絶は大賛成ですが、この問題は至極リアリティを持って考えるべきでしょう。戦後65年経った今でも、約60%以上のアメリカ人は原爆投下の責任はない、アレは日本人が降伏しなかったからで、戦争を終わらせるためには必要・当然の帰結であったと。でも今夕ニュース番組を見ていたら、ニューヨーカーもアメリカ代表としてルース駐日アメリカ大使が初参加されたことに歓迎する市民が多かったようです。フランスもイギリスも核保有国家代表として式典に参加されていました。何よりも国連の事務総長バン・ギムン(潘基文 韓国選出の国連事務総長)氏が初参加され、哀悼の言葉を述べられました。私の若い頃に、こんな光景がくるなんて、まったく考えられなかったことです。オバマ大統領のプラハ発言以来、世界の情勢が核廃絶に向かっている何よりの真摯な証拠なのでしょう。秋葉市長の演説にある通り、日本は積極的に核廃絶の先頭に立つべきだと思いました。広島の平和記念公園の、あの鐘は実にいい音がするものですね。黙祷を捧げながら、改めて胸にググッと迫り来るものが御座いました。また一方では核廃絶どころか、核拡散が一般常識の現状のようで、より一層リアリティを持った対応が必要なことでしょう。ならずもの国家や不当な核開発をする独裁国家が現に存在する以上、理想主義だけでは到底解決しえないのかも。

 今夜テレビで、青森ネブタの実況があり、私たち親子はそれを見て楽しみました。鉦や笛や小さな太鼓を出して、画面に出てくる跳人のリズムに合わせて大騒ぎしました。夕食後、妻も輪の中に入り、つい「ラッセラッセラッセイラ」と跳ねてしまいました。大風はいい加減に太鼓をドドンドドンドドと、妻は私仕込みの篠笛で何とか音を出していました。ヒーラリヒーラリラと。すると杏はヴァイオリンを持ち出してギコギコ始めたり、父も叔母もお手伝いさんもみんな加わり、心の底から大きな笑い声を出して騒ぎました。ネブタの正面は豪壮な絵が多いのですが、ネブタの裏側の絵を「送り絵」と言いまして、一種のカタルシスでしょうか、どこか哀愁漂うものが多いものです。初秋の香りさえ感じられるようです。恰も原爆の熱気から救われようと、天空の故人さまたちが哀愁の送り絵を描かせているかのように。遊び疲れた子ら二人はグッスリ寝込んでいます。妻と二人で、クミコさんの「INORI~祈り~」を聴きながら、寝酒で冷酒一献。ひたすら学問に克己奮励努力しているせいでしょうか、年齢とともに益々ピュアに美しくなる妻の瞳に乾杯、有り難う爽やかな味の「米の芯」!

 

 

 

 エビヅルは日本古来の葡萄の仲間 秋には紫色の実がなります 

この仲間の山葡萄も食料になりますが 野葡萄は食用には致しません

その代わり野葡萄は漢方薬として広く使われています 葡萄の原産地は西アジア 

日本の葡萄はそれと北アメリカ原産との葡萄を配合することによって作られています 

あちこちに置いたエビヅルの葉 花は見落としがちになるほど小さく 地味に咲いていました

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