何故京都なのか

法然院の沙壇

                      法然院の沙壇 銀杏と紅葉の砂絵はその時をこころ待ちにしているかのようだ

 

 

        何故京都なのか

 

 何かにつけ、ついぞ京都に目が行ってしまうことが多く、特に関東にいる人達の多くは驚くほどの京都通で、その次元の高さには驚かされるばかりだが、何故京都なのか。私は妻が京都の人間なので、本来この議論には埒外であるかも知れないが、一度考えてみたいと常々思って来た。今から2年前、亡き主人が自身のBlog『櫻灯路』(2005・09・22号)に「京都の秋へ気もそぞろ」と題して書かせて戴いたことがあった。それは昔からの学友や友人から依頼された紅葉の京都への旅行設計書であったが、これを検索されて数多くの方々が殺到して来られた。これで充分にお分かりになられる通り、全国には数多くの京都ファンが存在する何よりの証拠ではないかと感じている。

 個人的に、私は春の奈良、秋の京都とずっとそうして過ごして来たようである。国家鎮護の奈良佛教に対して、京都の佛教は個人的救済の佛教であり、多くの神社もその傾向が強く、私の年間のこころ移り模様もそうであったように思う。関東人にとって多くの修学旅行の傾向がそうであるように、春は奈良、秋は京都と、その傾向が強くインプットされてあるからに相違ない。春、繚乱と咲く櫻花を尋ねて吉野山。法隆寺・夢殿脇に咲く大輪の枝垂れ櫻。そうして又兵衛櫻のように多くの古木・名木が奈良に集中し、旅人のこころを弥が上にも昂揚させてくれたものだ。漆黒の中宮尼寺参道に咲く山吹の花。花あしびの点在。奈良公演の櫻吹雪。長谷寺の牡丹。室生寺の石楠花と花ずおうと山櫻。古代の香り高い知足院の奈良八重櫻。無論京都も負けず劣らず百花繚乱の春であるが、古都・奈良の春の風情は一個人から大きく離脱し、のっぴきならないものがある。

 屋号『植藤』の佐野籐右衛門さんが頑張っておられる円山公園の枝垂れ櫻に見られる通り、京都の櫻は何処か人の手を強く意識させるもので、そうかと言って魅力のないものでは決してないのだが、こと櫻に関して言えば奈良の方が圧倒するパワーがあるように思う。成人するにつれ、秋の紅葉を観たい時、奈良・櫻井の多武峰の談山神社周辺の紅葉や斑鳩の里の紅葉や吉野山の紅葉には、比較的山紅葉が少なく櫻の紅葉が目立ち、秋、都会のビル群に挟まれた乾いたこころを、しっとりとさせたい時、今度は決まって京都になってしまうことのおかしさ。旅人の真情は移ろいやすいものであるのかも知れない。黒谷の真如堂、南禅寺から哲学の道周辺と永観堂、東福寺周辺、曼珠院・詩仙堂・赤山禅院などの北山一帯、嵯峨野一帯、三千院や寂光院の大原周辺、光明寺・勝持寺などの大原野周辺、三尾の山紅葉、どこもかしこも繊細な山紅葉が圧倒し、場合によっては私の隠れ宿にも山紅葉があるのである。

石塀小路

                   高台寺そば 石塀小路の旅館 片泊まりにすべきであろう

 

 ふらりと旅に出る者にとって、季節は違えども奈良と京都はそれぞれ拮抗しているのであって、何処にその差をつけたらいいのか、愚問でさえあるのだ。だがよく見ると、愛憎劇の坩堝のような喧騒の京都には、奈良ではとても敵わないものがあるのだった。ひと言で申し上げれば、創造性と言うところだろうか。観光資源だけに頼っていないパワフルなエネルギーが、どこでも満ち溢れているからだ。お料理にしても、学術・文化の先進性にしても、京都の喧騒こそが、その豊かな創造性の意味で、遥かに京都からの刺激の方が膨大に感じられてならない。古い佇まいの中に、営々と、或いは堂々と受け継がれ流れているのは、新しきモノに対する芳醇でピュアな創造性であろうと言うことだろう。古き良き時代のチンチン電車がなくなり、背の高いビルが建ち始め、祇園乙部の風俗店街にはあまりにもがっかりさせられる。真夜中の暴走族の喧騒も我慢ならない。然しその喧騒は何時の時代にもあったもので、和気清麻呂が築き始めたその瞬間からずっと続いて来たものであったのではなかろうか。戦乱に明け暮れた時代も、飢餓や都往事の政治の舞台でもそうだろう。天皇が京都にいなかった時代すらあった。清盛の栄華と衰退。木曽殿の横暴。鎌倉佛教発生の前夜。南北朝時代。足利時代の華麗なる繁栄と衰退。信長の焼き討ち。幕末憂国の志士達の跋扈。短期間に次々に代わる為政者のげんなりするほどの多さ。ただ単に古い佇まいだけではなかったはずである。そこにしっかりと明日への創造性を見出していなかったなら、今の京都は存在し得なかったかも。更にもう一つ言わせて戴ければ、関東のような歴史の浅い地域に住み馴れ親しんだ者にとって、矢鱈にある古い歴史の只中にあると、それだけでアドレナリンが噴出して来ると言うものである。都内では現在も尚大規模開発が続いているが、又ぞろこんなものを創って、行き着く最終地点まで来たかと思う存念だけで辟易して来るだけである。煌びやかな誇らしさは皆無と言っても過言ではなかろう。物質文明の浅はかさはあるが、古都・京都のど真ん中で炸裂する創造性への感覚とは明らかに違うのである。もしやそこに微塵も精神性も計画性をも感じられないからではなかろうか。

 十数年前だったか、四月櫻爛漫と咲く期間、その年は異常な寒さで、染井吉野の満開が三週間ももったことがあった。又或る時は台風のような酷い低気圧に耐えながら窺った時の仁和寺、御室櫻(=お多福櫻)の櫻吹雪!足許からブワァ~~ッと湧き上がる花びらに息を詰まらせた。大好きな仙洞御所の春秋、日本一と信じて止まない常照皇寺の九重櫻、大田神社の杜若、落葉神社や日向神社の佇まい、MOAグループの嵯峨野と萱葺き農家、蒼然とした花背の三本松、有名な名所より次第に目覚めて行くひっそりとした旧跡や神社・佛閣を前に静かにしていると、何と言うのだろうか、こうモリモリと創造の意欲に掻き立てられて来るのである。勿論どうあっても敵わないものだと分かり切っていても、だからこそ創造性を刺激して余りあるのだ。我が尊敬する白洲次郎が常宿にして片泊まりしていた祇園の小さな旅館にじっと閉じ籠って、湧き上がる勇気をくれる京都を、私はこよなく愛して止まないのである。

 四畳半通り(四条通りと五条通りの中間にある通りの意味=松原通り)は、秀吉以前は京の五条の大橋通りであった。そこの一画に古くから店舗を構え、別に住居は四条大宮の近くに妻の実家があるが、その愛着にはこの際一線を画しておこう。本Blogで、大変なお世話を戴いている道草先生は伏見近辺で、「カフェで・・・」のHayakawaさんは北白川辺りだろうか、Mfujinoさんは京北町で田舎暮らしを実践しておられる。特別に真面目なご性格のYoupvさんも京都在住の写真家で、Hoshino Yukaさんは大変な感性の持ち主の写真家で、十河田鶴子さんは美人画の名手である。これだけ豪華な京都在住の方々とお仲間としてお付き合いをさせて戴いて、私は何と言う幸せ者だろうか。本紙面を借りて、普段の御礼を深く申し述べたい!

岩戸落葉神社

                                  昨年の落葉神社

 

一年は早いもので、本日は早くも『立冬』である。これからは一段と寒さが厳しくなって行くであろう。

又今日は世界都市計画の日で、いつか次は京都とよく似たパリ市内を比較対照しながら書いてみたいものである。

このところ京都の方々で火祭りが行われているはずであり、全国的には「ふいご祭り」が盛んに行われている。

火伏せの行事でもあり、火の神様への感謝の日でもある。特に刀鍛冶家にとっては重要なお祭りであろう。

京都の善男善女は、本日、京都・伏見稲荷大社の火焚き祭りの日で、大勢で賑わっていることであろう。

 

【お断り】 石塀小路の写真と落葉神社の写真はYoupvさんの写真です 著作権はYoupvさんにあります

 

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何故京都なのか への4件のフィードバック

  1. 道草 より:

    「ここが美しいそれは」   安永稔和
     
    ここが、美しい。それは。
    ここが、美しい。だから。
    古い。そして、美しい。
    だから。すぐに。
    古い。だから。美しいと。
    考えるか。あなた。
    美しく。若い。あなた。
    あなたが。美しい。それは。
    あなたが。あなた。だから。
    新しい。だから。美しい。
    だから。すぐに。
    新しい。だから。美しいと。
    考えるか。あなた。
    美しく。若い。あなた。
    あなたが。美しい。それは。
    あなたが。あなた。だから。
     
    『京都組曲』の中の一つです。お二人の京都。この歌こそふさわしく。

  2. Minoru Higuchi より:

    あなたのブログの完成度は高いですね。写真はよい質のものを使っていますしセンスもよい、記事も季節や人間の考え方をこと細かく書かれています。私の先祖もあなたのように繊細だったことでしょう。私もそうありたいと思っています。

  3. 文殊 より:

           道草先生
     
     素晴らしい詩を有難う御座いました。小説はそこそこ読んでいるのですが、詩はこれからです。本来詩こそ、若い感性で読むべきでありましょう。ところが私は、皆様が書かれて大切な詩を、どうしても簡単に読むことはありませんでした。そのかわりになるのかどうか怪しいのですが、西行だけは16歳の時から肌身離さずに読んでいます。もう30年近くになりましょう。高村光太郎や立原道造や中原中也や室生犀星も長いかも知れません。本当に少ないので恥ずかしいです。先生とお付き合いをさせて頂くようになってから、本屋さんで詩集を購入することが多くなりました。どこかに埋もれている私自身の感性を発見出来るかもと、淡い期待を抱いております。幅がうんと狭い私を、どうかこれからもよろしくご指導下さりませ。
     
     今夜いささか不埒でありますが、酒を飲みつつ、この詩篇を大きな和紙に何度も墨書致しました。書けば書くだけ、しみじみとしてくるものが御座います。先生のご厚意を感じざるを得ませぬ。そのお心が嬉しくて、本当に有難いと感謝申し上げます。有難う御座いました!
     

  4. 文殊 より:

           Minoru Higuchiさま
     
     初めまして!このような拙い文章のBlogをお褒め頂き、まぁ何て幸せなのでしょうか。
    本当に有難う御座います。益々精進し、今失われつつある『和』について、歳時記を通して
    追求しながら、これからも書いて行ければいいかなぁと思っております。グローバル化されたら
    尚一層正直に自国の歴史と習慣・習俗を知らなければ、他国の方と仲良く出来るものではありません。
    勇気を持って、頑張って行きたいと存じています。これからもよろしくご指導を御願い申し上げます!
     

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